ジルメリデス大断崖の戦い
陰暦1996年6月30日、シェーゲンツァート帝国率いる同盟軍がイングレ王国の港湾基地攻略作戦を実行しているのと同時刻、南半球にあるプルーツ大陸の内陸部にあるネメニーア首長国という国の領土内にて侵攻作戦が行われていた。
連合軍に所属する同国は国土の八割が標高千m以上にある高地という特殊な山岳国家で国民は僅かな平地や傾斜地、或いは自然の台地や斜面を削り取り人工的に造成された平地に都市を築き暮らしていた。こういった環境から発展途上国に思われるかもしれないこの国であるが意外と実は先進国の一つで、先進国内では当然下位の部類にははいるものの、自前のALを生産するくらいには発展した国であった。ただし、完全に一から設計されたわけではなく、プルーツ大陸最大の国であるエルトゥールラ公国製のALを改良、地形に合わせた改良を行っての生産ではあったのだが。
ともかく、そういった生産であっても一応自前のALを自国内で生産できるだけの力はある国力の国がこの戦いの舞台ということである。
ジルメリデス大断崖、それがより詳しく示す地名である。ネメニーア首長国の南から西北西にかけて大きく貫くこの断崖はこの国を象徴するといっても過言ではない地形で、底は地下八十m標高は最大九百五十mという実に標高差約千mにも達する巨大な断崖で、この星でも最大級とされている。
この断崖は一万年前に計測不能なレベルの大地震がこの星を襲った際に一つの大陸プレートが破壊されずれたことで出来た、というのが通説であった。
この特殊な地形ゆえにその壁面は幾重もの地層の積み重なりが表面に露出しているためこの星の成り立ちの歴史を教えてくれることから、地学、古生物学その他諸々の学問における聖地ともされ戦前は世界中から沢山の学者たちが訪れていた。
また、この断崖の底は平たい道が自然に形成されており古来より人々はこの地域の南から西北西に向かう道として使用しており、自然にできた道だけでなくより交通の便を図るため長い年月をかけて切りひらかれてきたので、ところどころに町が形成されているほどである。
ただ、かといって非常に便利というわけではなく左右に途方もない壁が聳え立つことの脅威というものは拭えなかった。遥か上空から落ちてくる落石、途中で別の方向に曲がることも出来ない一本道、数百年に一度レベルではあったものの訪れる過剰な雨期による一時的な大河の出現とその大洪水によって流される町、そういった苦労をしてまでもこの道を人々が使い続けたのはやはり、地上を行くよりはよっぽどまし、という理由にある。
その理由とはこの断崖に沿った地表付近、は酷い荒れ地なのである。m単位で上下左右に角ばった荒れ地が何百kmも続いているのだ、それならばその周囲を他の場所と同様に整地すればいいではないかと思う者もいるだろう。実際にそれは幾度となくこの地域の長い歴史において試みられてきた。しかしここまでくるまでの地形が険しいため人員も重機も運び込めないということと、この断崖含めあまりにも硬い岩が覆っているということである。
この地域特産の老成超硬岩という鉄も通さぬ岩と、とてつもない力で押し固められた地層とで機械もつるはしも通らず、人々はどうにかそれらの岩のないところや比較的柔らかいところに苦労して町を開き道を広げた辛い歴史があった。
そんなこの国だけでなく周辺国にも重要な交通の要衝が戦争に利用されないわけもなく、この地を進みネメニーア包囲網を敷こうと画策している同盟軍を食い止めるべく、ネメニーア軍が展開していた。
大断崖南部、メレティアイアにAL中隊と整備部隊、歩兵師団と工兵師団、山岳師団が主だって展開していた。また少数ではあるが砲兵も展開しており、南部に砲を向けてこの谷底を北上してくる同盟軍を今か今かと待ち受けている。
「センサーに引っかかってもう五日ですね」
若い女兵士が頬を掻きながら横にいるこれまた女の上官にそう話しかける。上官の方もパワーバーを噛み砕いてその飲みこみづらい粉っぽさを水で流し込むとそうだな、と頷いた。
「ま、そんなもんだろ。何せこの狭さだからなあ、特に奴らのいる国境付近は狭い。マニト軍曹!見えたか!」
〈まだ見えないでーす〉
通信機から聞こえた声も女である。この部隊は女性のみで編成された部隊なのだろうか、そう思うかもしれないが違う。きちんと男性兵士も編成されている。しかし部隊全体を見渡してもやはり女性の方が多いのはこの国の人口比率にあった。
この国では元々女性がなぜか男性よりも若干ではあるが出生の割合が高く、また建設やインフラに男性が多くついているのだがこの地形であるために死傷する者も後を絶たず、必然的に女性が多くなり今まで男性が受け持っていた危険な仕事をにも女性が回されるようになった。その一つが兵士であった。
女性の社会進出問題というのはこの星にもあることにはあった、しかしこの国ではそういうものはあまりなく、綺麗汚い安全危険問わず男女が入り混じって働いていたが、この国の男性としてはあまりこういった兵士の仕事には女性はつかせたくなかったのが本音であった。
理由は簡単である、捕虜になった女がどうなるかなどこの星でも変わらない。無論、逆もあるのだが事例が少なすぎた。
「よーし、ネバスター隊、ボリネ隊は警戒を続けろ!お前たちの目が私たちの命を握ってるんだぞ!」
〈ハイ!〉
〈了解!〉
ネバスター隊、ボリネ隊とはAL小隊の名前である。が、見えるのはわずかに三機のALである上にその部隊はシャッカー隊で先の二つの隊とは別の部隊である。ではその二つはどこにいるのだろうか、それは見上げてみると誰にでも理解できた……
〈やれやれ……〉
ネバスター隊所属の男性パイロットがコックピット内でため息交じりにそう零す。
〈アルピーどうしたんだい?振られた?〉
〈黙ってろゼガシエス!振られてない、ラペニャイとは今もうまくやってる!〉
ゼガシエスと呼ばれた女性パイロットはケタケタと笑い声を上げると水を一口飲みレーダーのつまみを捻った。これで感度を少し上げられる。
〈しっかし……慣れたとはいえやっぱり怖いね、こんな場所で戦うって〉
また別の女性パイロットが愚痴りアルピーとは別の男性が半ばあきらめたように笑って返した。
〈それが俺たちの国だからなっ……ハハ〉
ネバスター隊、そしてボリネ隊がいる場所それは断崖であった。ジルメリデス大断崖という意味ではない、文字通り断崖の上にいたのだ。
ネバスター隊が前面に、それから五百m下がってボリネ隊のALがそれぞれ四機ずつ谷底から数えて高度二百~六百の間に展開しておりどの機体もみな例外なく足を壁につけ地面と水平に立っていたのだ。
四脚ALア・レドーニィ、エルトゥールラ製ALナガジエンメを元に再設計されたこの多脚ALはメリエシェー型小型核融合炉二基を備え岸壁にそれぞれの足に一本ずつ備わっているアンカーを用いて壁に固定されているのだ。こういった四脚ALはこの国特有ではなく山岳地帯で用いられるALではよく見られる局地使用であるが、この国以外で九十度の絶壁にALを用いる頭のネジの外れた国はない。
彼らア・レドーニィのパイロットはヘリや輸送機で地表に降下したあとワイヤーなどを用いて上からゆっくりと壁を伝って降りてきて、定められた高度に達するとそこでアンカーを深く撃ち込み固定砲台化する。移動する際は、またいくつかの方法があるのだがそれはまた後程。




