白い鳥、再飛翔(2)
このままでは敵弾ではなく自らの機動で機体が破壊されてしまう、そう危惧したリンドは身を隠せる場所を求めて逃げ回る。だが既に爆撃と自分たちの行った破壊によって前線のあらかたの建物が破壊されている現状では、ALが姿を隠しつつ戦えるような密集地など微塵も残されてはいなかった。
「クソクソクソクソクソ!!」
焦りが増していき、全身にじっとりとした汗が噴き出てきたので滑らないようにと操縦桿を握る手に込めた力をより強くする。リンドはいつしか再び港の方に出てきていたが皆を乗せて出たところではなく少し北の方にずれた別の港であった。
「畜生が!」
悪態をつきながらリンドは一旦機体を停止させると姿勢を安定させた状態でガトリングシステムの照準を合わせに入る。残り十二発、この一斉射を行えばコンマ五秒すら持たないほんの一瞬の花しか咲かないだろうが、飛行型ALであればその半分でも撃破は十分だろう、そう信じノイズの走るモニタを睨みつけた。だが、当然ながらあのヴィエイナがそう親切に照準を合わせるまで待ってくれているはずもない、一体何Gがかかっているのか計り知れない到底人体が耐えきれる動きではない機動で飛行姿勢を変えてくるので、一向に照準内に捉えることすら出来ない。コンピュータの補助が入っているのに、重ヴァルのものよりも若干アップデートされた重レーアの射撃特化の火器管制システムとソフトウェアがインストールされているというのに、あれは以前よりもはるかにイカれた動きをしてくるのだ。
自分とあれとの操縦技術の差を思い知らされるリンド。あの時あいつを撃退できたのは偶然で操縦技術で肩を並べることが出来たわけではないのだと理解したとき、彼は涙を流していた。勝ちたいだとか、ライバル心を燃やしているだとかそんなヒロイックな心境が原因ではない、ただ憎い、仲間を皆殺しにされた仇を討ちたいという純粋な願いだけだった。
あいつを仕留めなければ仲間が浮かばれない、自分の心も晴れやかにはなることが出来ない、それにあのオースノーツでも恐らく最強のはずのALパイロットを殺せばきっといや必ずオースノーツの兵士や国民ひいてはその同調国の戦意を大幅に削げるはずだ。未だその存在が神秘のヴェールに包まれており性別どころか名前すらわからないそのパイロットを殺して、出来ればその顔を拝んでやりたい。
そんな余計なことを考えてしまったのが失敗であった、意識を復讐心に割いてしまったばかりにヴィエイナのライフルが自分に向けられていることに気が付くのに数秒遅れてしまい気づいたときには数十発の弾が正確に重レーアに叩きつけられ、頭部と腹部に酷く被弾し頭部の大破と腹部装甲に破孔を生じさせられてしまい重大な損傷を受けてしまう。
「ぐあああっ!!」
油圧用オイルと冷却液の経路が破壊されたために機体の冷却効率とパワーが著しく低下、腹部辺りから茶色と透明な液体を流しつつもどうにかシェーゲンツァートならではの機体の頑丈さのお陰で重レーアは走り続けていた。
「クソ!クソ!クソ!ミスった!」
リンドは火花の散るコックピットの中で声を張り上げる。死闘の中に身を置いているというのにあまつさえその中心であるというのについ気を逸らしてしまった。
もう機体も持ちそうにない、このままでは撃破されるのが先か機体の方がダウンするのが先か。リンドはALを隠すのは諦めてとにかく自分が身を隠せるようなこまごまとしたものがあるところを探していると、運の悪いことに新手が現れてしまう。
警報と共にレーダーに映ったのはイングレ軍のALであった。三機のALはマシンガンを構え姿勢を安定させた状態でリンドに向かって斉射を行う。
「ぐううっ!!」
機体が激しい振動に揺られたかと思うと、ひときわ大きな破壊音が聞こえると同時に機体はゆっくりと傾き始める。倒れ行く視界の端に映ったのは右ひざが破壊されたという警告表示で、リンドは目を見張った表情のまま地面に叩きつけられた。
「チッ……余計なことをしてくれる」
不要な援軍の手出しに彼女は舌打ちすると、速度を落としてゆっくりと撃破された重レーアの周りを旋回し始める。機体はうつぶせに倒れこんでおり右ひざが完全に切断されあちらこちらからオイルや流体アクチュエータゲルといった物を垂れ流して機体が完全に力尽きたことを示していた。
「チューフ、反応炉は」
〈正常にセーフティが働いたようです、対象の核反応が収まっていくのを確認しています〉
モニタの端に表示されたグラフを一瞥する彼女は出撃の直前この場所でALの反応炉の誘爆によるものと思われる爆発が起きたことを知っていたためである。
(リヴェンツもかなり武装が剥がれてるから弾も殆どないだろうとは思うけど)
そう簡単に誘爆を引き起こすものではないことを今までの経験から彼女もよくわかってはいたものの実際につい先ほどここでそれが起きたことを知れば、エースパイロットの彼女とて少しは恐怖を覚えるのも当然である。ただし、恐れているのは放射能ではなく核爆発、何故ならこの星の殆どの生物は放射能の悪影響を全く受け付けないのだ。それもある程度の距離なら、などではなく例えるなら核燃料棒を抱き枕にして寝たとしても細胞一つ崩れることもない。だからこそ、この星では広く原子力が普及しALにも主動力源として搭載することが出来ている。
それはともかく、彼女はゆっくりと機体を重レーアの近くに着陸させるとシートベルトを外し下に降りる準備をする。が、手をベルトの留め具にかけたところでカメラが瓦礫の隙間に動くものを捉えて反応したので手を止めすぐにその映像を拡大する。
するとどうだろうか、シェーゲンツァート帝国空軍のALパイロットスーツの人物が一人すぐ目の前の港に向かって走っていくではないか。もう海も十メートルとない、まさか泳いで逃げるつもりかそれとも先ほどのように船でも奪って味方艦隊と合流でもするつもりか。
いずれにせよ逃がすものかと彼女はリジェースを歩かせて瓦礫をまたぎつつ彼を追ったがあっという間に海に飛び込んでしまうとそのまま浮上することなく姿を消してしまった。
〈ヴィエイナ様、シェーグ人は泳ぎが達者で十歳でも三kmは泳ぐとされています〉
「そんなに……」
彼女もkm単位で泳ぐことは出来たものの、流石に海洋国家育ちの海が遺伝子に刻まれた根っからの海の民と内陸部で生まれ育った自身とではどう考えても向こうに分があると顔をしかめると、生体レーダーとサーモカメラの感度を最大限に上げて彼の飛び込んだ辺りを中心にスキャンし続けた。
だが、まだ核爆発の影響が残っているのと周りのまだ出来立てほやほやの残骸とのためにそのどちらともが大して使い物にならないことがわかると早々に元のカメラに切り替えてしまった。
「もう十分?」
〈九分二十八秒です。いずれにせよかなりの潜水能力をシェーグ人は持っているようですね〉
「……はあ」
もしかしたら既に陸地に上がって逃げおおせているかもしれない、ようやく顔を拝めるかと思った矢先のこれでヴィエイナは失望の色を隠せないまま捜索を打ち切ろうと後方に向き直ったその時であった、突如として警報が鳴り彼女は周囲を見回すが敵影はなくロケットが飛来しているわけでもないではどこだとレーダーに視線を落とした時であった、
〈海中です!〉
チューフの声とほぼ同時に、海中から一機のレーアルツァスが飛び出しリジェースの右腕をつかんだ。
「おらああーっ!!」
びしょ濡れのリンドの雄叫びがコックピットに迸った。




