七機目
ひとまず三百mほど後退した第一小隊、彼らは現在の混乱が落ち着くのをやきもきして待ちつつまた同時にエンレルルーの安否も待っていた。何せ被害はコックピットの真上あたりにまで浸透しているため、コックピット周りには厚い防弾板が施されているとはいえ最悪の場合も想定する必要があった。
そんなリンドの不安は、的中してしまう。
〈うわっ!〉
通信機越しにレッケの悲鳴が上がる。何事かとそちらに視線を移すと開いたコックピットハッチからは黒煙があがっており火災が内部にまで至っているらしい。中には当然コックピット内での火災や有毒ガスの発生に備えて生命維持装置につながった防毒マスクが備えられているがマスクでは火を防ぐことは出来ない。
「どうだ?」
〈消火します!〉
携帯消火器から白い粉末がコックピット内に吹きつけられすぐに煙も殆どが消え内部の様子がわかるようになった。消火剤は人体に影響の少ない材質ではあるものの内部に座っているエンレルルーにも思い切り噴射してしまっていたレッケは携帯用防毒マスクをしたまま恐る恐る中に入っていくと再び悲鳴を上げた。
〈わあああーーっ!!〉
今度は絶叫に近いそれに体ごとそちらを向いたリンドは何が起きたのかを報告するように求めると、コックピットから腰が抜けた様子のレッケが必死に這い出てくる様子が見え、背中に悪寒が走る。しかもその上這い出た彼は急いでマスクを脱ぎ捨てると、まだエンレルルー機の上にいるにも関わらず盛大に嘔吐しているではないか。何度も吐いてすっかり胃の中のものを吐き出した彼は泣いていた、すすり泣く声が通信機から聞こえてきたのだ。
「……レッケ」
自分が行くべきだった、今更後悔の念が湧き出てくる。他に選択肢がなかったとはいえ初陣の彼に嫌なものを見せてしまったようだ。
「すまない、レッケ。戻っていいぞ」
〈……はい、すみません……うう。あれは……多分もう駄目です〉
「わかった……司令部」
エンレルルー兵長の死を司令部に伝えようと無線のチャンネルのつまみに手を伸ばしかけたところで通じないのを思い出し止めた。いつになったら復旧するのかはわからないが、今は生き延びることが先決である。そのためリンドは一旦残った上陸部隊と合流することにした。現状彼らは上陸部隊が現在どのような状況か、どれほどの被害を被ったのかを知らなかったがある程度上陸しているのは確認していたため、それを頼りに戦力の集結を図ろうとしたようだが、上陸部隊が壊滅的被害を受けているとまでは知らなかった。
「上陸地点まで後退するぞ」
彼の言葉に、ポロはエンレルルー機に目を落としながら尋ねる。
〈兵長はどうするんです?〉
「おいていくしかないだろう」
〈で、でも〉
「他の六人も誰一人死体の回収すらしてないだろう!」
〈すっ、すみません!〉
「……はあ、下がるぞ」
こう強く言い跳ね除けたが、彼自身とてせめて遺体の埋葬くらいはしてやりたい。しかし戦場が混乱し安全が確保できない以上、そんな悠長なことをしていられないのだから仕方がなかった。彼は心を鬼にして自分を含め皆が少しでも生き残れる術を求めていた。
こうしてリンドは司令部との連絡が取れないのをいいことに部隊を後退させる、勿論この言い訳は考えているので大丈夫、と彼は思うようにしていた。そう、思うようにしていたのだった……
先にも述べたように上陸部隊はほぼ壊滅状態にあり残されているのは一番乗りで上陸した僅かな部隊に過ぎず、もはやこの基地の攻略は不可能に近かった。多くの兵士がそう判断したものの、撤退の可否は司令部が決めることで彼らが首を縦に振らなければ、上陸し陸地に取り残されている僅かな空挺部隊と上陸部隊は逃げ場もなくこのまま殲滅されてしまうだろう。リンドたちの上陸した地点に上陸した一陣も多くの者が爆風により直接または溺れるなどして死に、僅かに生き残った者も大半が重傷で動ける者はわずかに二十名そこらであった。
残されたのは歩兵が六名に装甲車一両、その乗員三名、戦闘工兵が八名、機関銃手が三人、揚陸艇の乗員が二名、そして衛生兵が一人、という有様だった。その衛生兵は上記の無事な兵士の手を借りつつトリアージを行い比較的助かる見込みのあるもの三十三名をより分けあとは見捨てるほかなかった。せめて他にも衛生兵が残ってくれていればどうにかなったかもしれないが、彼一人では最早手の尽くしようがなかった。
「クソ……薬も包帯も見当たらない!」
衛生兵の代わりに他の兵士達が破壊された物資の中から衣料品をあさっているが多くのそういった物資は後から運び込む予定であったためにそのほとんどがまだ海上にあった。そこに先ほどの爆風が襲ってきて医療品含め大量の物資が海の底に沈んだのである。一部は陸に揚げてあったもののそれらも大概が燃えてしまっていた。
「こっちもダメだ……」
一人がその場にへたりこむが、それを奮い立たせられるほど気力のある者はいない。先ほどまで沢山いた上陸部隊の仲間が一瞬で殆ど死に絶えてしまったのだ。まだそこら中に転がる戦友の死体や燃えて悪臭を漂わせている焼け焦げた仲間に囲まれていては、無理もないだろう。寧ろこうして現状をどうにかしようと動けているだけでも大した者なのだ。
「これからどうなる?海の方はかなり混乱してるみたいだぞ」
「こっちに救援を寄こす気配もねえ」
「そりゃそうだろ……」
「畜生!俺たちどうなんだ?見殺しかよ!」
「わからない!上だって混乱してんだよ!」
兵士達の間に混乱と死という二つの大きな不安の種が芽生えて仲間割れという芽が顔を出す。それを仲裁するために別の階級の比較的高い兵士が痛む体をおして立ち上がり近づいていく途中で、彼らは近づいて来る振動を感じ動きを止めた。
「……なんだ?」
「こりゃあ……ALだぞ」
「向こうから来る!」
敵陣の方から徐々に近づいて来る複数のAL特有の揺れを伴った足音にパニックに陥る。救護をしていた衛生兵と協力していた他の兵士達も急いで避難しようとすぐ近くの壁に身を寄せて祈った。どうか皆死体だと思って見逃してくれますように、と。近づいてきた足音はすぐ目の前までくると足を止めどうやら周りの様子を確認しているらしい、反撃手段を持たない彼らは息を止めた。しかし、どうも敵が攻撃してくる気配も去る気配も感じられず、じれったくなった一人が恐る恐る目を開けてみると、立っていたのは三機のレーアルツァスであった。それだけでは味方のALとは気づかなかったものの、肩と足に塗られた識別の国籍マークによりシェーゲンツァート所属のALということがわかるとホッと安心し近づいていった。
「皆!友軍だ!空軍の降下部隊のALだぞ!」
彼の声に皆も目を開けて確認してみると確かにそれはシェーゲンツァート空軍所属ということがわかり彼らはぞろぞろと顔を出した。
三機ともボロボロでかなりの激戦を潜り抜けてきたことは想像に易く、指揮官機と思しき最も損傷の激しい機体がしゃがむと中から一人の青年が現れた。
「空軍降下部隊第一小隊所属のリンド・オーセス少尉であります」
リンドの差し出した手に、その場で最も階級の高かった兵士が握手に応じる。
「海軍第二陸戦大隊第三〇三歩兵連隊所属のマーレー中尉だ、よろしく。よくぞ合流してくれた。見ての通り、最早壊滅だよ」
リンドは手を離すと苦々しい顔で死屍累々の様を一瞥し頷く。
「ええ、まさかここまで酷いものとは。こちらも壊滅的被害を受けて少しでも戦力の集結をとおもったのですが……」
当ての外れ、視線を落とす。




