シェーゲンツァート帝国空軍第一機械化混成空挺師団第一AL連隊バルマニエ大隊所属第一AL小隊(2)
「な、なんだってんだ!!」
リンドはノイズの残るモニターに映る、二機のレーアルツァスの残骸を眼に焼き付けられながら目に涙をためていた。何が起きたのかわからない、しかし少なくともたった今彼は降下すらしていないのに二人の部下を失った。
〈被弾!被弾!陸地で何か光った!!これ以上持たない!強制降下させる!〉
「なん、ちょっと待ってくれ!部下たちが混乱して」
〈みんな死ぬぞ!!〉
通信機に何が起きたのか理解していない部下たちの阿鼻叫喚を聞かされながらも訴えるリンドの声を待たずして、シムシュカのパイロットは残った八機のALの降下を敢行した。辛うじて動いた降下システムによってレーアルツァスは機体を空中にさらすと数秒後に接続が切り離され、空中に放り出される。
が、その前に更に右翼の第一格納庫からぶら下がっていた五番機が砲撃の直撃を受け炎上、その余波を受けた六番機の降下システムに異常が発生し切り離しができなくなったが皮肉にも撃破された五番機のシステムは正常であった。
〈た、隊長!自分はまだ降下できておりません!!隊長!!隊長!!助けて!!お母さあああん!!〉
六機のレーアルツァスと一機の残骸がまだ降下するには遠い場所に放り出されると、六番機をぶら下げたままのシムシュカは直後に海面に墜落、沈む。その六番機断末魔の声が生き残った六機に否応なしに届き、全員に恐怖を落としこんだ。だが、彼らは止まるわけにはいかない、この場所はレーアルツァスが行動可能な深度ギリギリの深度三十mで、それでも完全に水中での行動を想定していない陸上機はさっさと上がらなければ次々と異常を起こし始めてしまう。
「……クソ!!」
リンドは座席に思い切り拳を振り下ろすと、部下に集合を命じる。
「全機、陸地を目指すぞ……」
〈……ハイ!〉
〈死にたくない!!〉
〈いやだ!家に帰るんだ!俺は家に帰る!〉
当然ながら、一連の出来事でパニックを起こした部下たちの内二機が戦列を離れあらぬ方向へと進んでいく。
「三番機!七番機!戻れ!どこに行くんだ!」
こんな場所で、どこに逃げられるというのだろう。リンドはすぐに二人を捕まえるよう指示すると三番機はすぐ隣にいた十番機に取り押さえられその後さらに二番機もそれに加勢したことで捕まえられたが、
七番機はすぐ手の届く範囲に僚機がいなかったことと水中であったことで皆の動きが鈍重であったために捕まえられずにいた。
〈俺は!帰るんだ!じいちゃんと母ちゃんと、メレベルのいる家に帰るんだ!〉
その悲痛な音声が、小隊員の心に突き刺さる。彼を自由にしてあげたい気持ちはリンドにも痛いほどわかり、出来ることなら戦わせたくはない。だが、だからこそ連れ戻さなければならない。
連れ戻して、家に帰してやれるよう生き残らせなければいけないからだ。
「十、いや四番機追うんだ!」
〈ハイ!〉
一番距離の近く中装型かつ軽量装備であった四番機に追うように指示すると、リンドは改めて部隊を集結させようとコンソールに視線を向けたところでその奥にあるレーダー画面に気づき反射的に叫んだ。
「止まれ!!止まれーーっ!!」
彼のいきなりの絶叫に何事かと四番機を含めて全機がその場に停止したが、正気を失った七番機のパイロットには届かなかった。
〈隊長何が〉
副隊長のエンレルルー兵長が声をかけたとほぼ同時だった、水中に巨大な白い花が咲いた。いや、それは撃墜されたシムシュカであった。シムシュカ二番機はリンド達を乗せた一番機とは異なり
見事に全機を無事に降下させ帰還をしようとした矢先にあの謎の光に撃ち落されたようだ。
〈え?〉
辺りが暗くなったことでようやく七番機は正気を取り戻したらしいが時すでに遅し、目前にシムシュカの巨大な残骸が迫っていた。
〈えっ何〉
まるで寝ていたところを突然叩き起こされ状況をつかめていないような、そんな調子の言葉を最後に七番機はシムシュカの重量に押しつぶされ識別信号がレーダーから消失した。
五機、僅か二分ほどで失った部下の数だ。既にもう甚大な被害を被っている第一小隊の現状にリンドは全身から血の気が引いていくのがわかるとすぐ今度は全身が厚く燃え上がるのを感じていた。戦闘意欲だとかそういうものではない、ありとあらゆるものに対する憎しみによるものであった。三人の部下を一瞬で葬った敵だけではない、こんな作戦をこの程度の戦力で計画立案した無能な参謀、それを敢行した上層部、碌に対空砲を潰せていない先遣爆撃隊、こんな碌に戦力にもならないヒヨッコたちを育てた軍学校、教官その他何もかもだ。
だが、とにかくここでは生き残らなければいけない。そのためには進み続け、敵を蹂躙しこの基地を制圧する必要がある。ALという力をもってして、敵のゴミどもをけちらしてやらねばならないのだから。
「……全機、第三陣形。さっきも言った通り、俺が一番に行くからお前たちは俺の少し後ろからついて来い。盾を構えておけば大丈夫だからな」
そういうと、彼は機体を前進させ始める。それに従って残った部下たちも重たい足取りで彼を中心とした矢印の陣形に展開すると、海底を進み始めた。リンドはレーダーを見て後方に敵の反応がないことを確認する。
「水中の敵は味方が引き付けてくれているはずだが、注意は怠るな」
「は、はい!」
徐々に、海面が近づいて来るのがわかる。今もレーアルツァスの足取りは水の重さと海底の砂のために非常に不自由な足取りを取らざるを得ない。やはり、シェーゲンツァート帝国人としては例にもれず彼だけでなく小隊員の殆どが海のことが好きであったが、こうしてALという仮の体があまりにも不自由にさせられることに関して考えると、どうにも忌々しくさえ思えてしまい、ずっと好きだった海に対して抱く初めての感情に、どう自分を納得させればよいのかがわからず、顔をしかめるばかりであった。
そら、そんなことを考えているうちにとうとう海面に到達した彼らは、ようやく好ましくも好ましくない海から脱出し空気を取り込めるようになった。
「全機、前進!!俺の合図で前進と停止をするんだ!!」
「はい!!」
「了解です!」
リンドは大きく息を吸い込むと、一番に進んでいく。指揮重レーアの頭部よりも先に、非展開状態にあるガトリングシステムの一部が露出し、次いで頭部が露わになったところ辺りで敵も迎撃に出始めた。まだ水上に出たのはほんの一部であるため、命中弾はないが沿岸からは膨大な量の火線が投射されており、その一部が彼ら水中から露わになった降下部隊へと向けられる。
リンドの機体が上半身を海中から現し終わりそうという頃くらいに、ようやく部下たち補給型を除く三機が続けて水中から現れ、それを確認したリンドは部下たちにそれぞれ大きいものから連携して攻撃するように命じる。各自の判断で隙にやれと言われても、恐らく迷ってしまい隙が生じるだろうという考えからの簡潔な指示であった。
部下たちが発砲を始めたので、彼も両腕に一丁ずつ抱えた百十㎜機関砲で沿岸砲台を中心に攻撃していく。この機関砲は以前リンドが第四小隊になって初めて出撃したクラーム平原での戦闘にて使用した試作百二十八㎜機関砲を改良したものだ。弾の口径を一回り小さくしたことで装弾数と射撃時のブレを大幅に改善し、さらに一応通常型のALでも持てるように軽量化と反動も改良されている。それを、重装型というキャパシティの大きさに無理やり両手に抱えるという力技で押し通しているのだ。
滅茶苦茶な戦法ではあるが、これによってより重装型としての火力が底上げされており、完全に単騎要塞と化していた。




