海の男と
誤字報告いつもありがとうございます。意外と自分では気づかないので助かります。
出撃まであと二日ある、その間に急ピッチでALには耐水及びより強力な防錆の改修が施されていたため、彼らのALは皆関節部のシーリングと防錆塗装のため一様に深緑色の塗装色に染まっていた(この星の防錆塗料は一般的に深緑かベージュ)。
リンドの新機体も同じく改修が行われていたが、彼の心配は自分の機体のことであった。彼の目の前に聳え立つのはFRALL-S/09-2 レーアルツァス という新型空挺用ALである。空挺用ALとしては傑作とされているアルグヴァルをベースに開発されたこの機体はシンプルな構造で生産性と整備性をアルグヴァルよりも高めており、輸送時の変形機構もより簡易化されたためフレームの耐久性も改善されている。
またアルグヴァルのものと同じ換装装備を使用できるため装備の新開発の手間が省かれているため早期量産に取り掛かることが出来たらしく、中でもリンドの部隊に配備されたのは初期ロットの機体であるというが、リンドにとってそんなことは些末事に過ぎなかった。重要なのはより強く、より硬くなっているか、だけである。強ければ生き残ることが出来る、硬ければ生き残ることができる、その思いで新たな機体を信じるほかなかった。
(だけど)
リンドの不安は今の機体に施されている装備にあった。今までは重装型乗りとしてただ追従していくだけであったが、今は重装パックに加え指揮官パックまで無理矢理組み込まれておりあちらこちらから飛び出した固定装備や機銃、そして追加された数本のアンテナなどのせいでさながらボータロッサ(※1)のようになっており、何が何やら滅茶苦茶な見た目になっていた。
そしてその分重量は嵩んでおりより操作性が鈍重になることを危惧したリンドは整備班に尋ねてみる。
「すみません」
曹長の襟章を付けた作業着の男性に声をかけると、彼はタブレットをの覗きこんでいた顔を上げ険しいままの表情で砕けた礼をする。
「少尉の機体ですね」
「はい、ありがとうございます、整備……それで操作性は重いでしょうかアルグヴァルと比べて。だってほら、こんなに」
と、手でもじゃもじゃとしたジェスチャーをしながら話す彼に、曹長は彼の言いたいことを読んで口をへの字に曲げてこう言った。
「ああ、まあ確かに重装に加え指揮装備までつけちゃってますからねえ、そりゃまあ結局わざわざ向上した機動性も完全に死んでますよ」
「ああ……」
もとより重装型乗りのため機動性自体は以前からあまり欲したことは無いが、やはり指揮官という立場上どうしてもキリルム中尉やボルトラロール少尉のような転換の速い動きをしなければならないという思いがあったため、彼は落胆の色を見せる。
「仕方ないですね。こんだけ盛ればそうなりますよ。あとは今まで生き残り続け何機もAL潰して腕を上げてきた少尉の腕の見せ所ってもんですよ」
「皮肉ですか」
「いいええ」
二人はフッと笑うとこれ以上整備の邪魔をしては悪いと思ったリンドが格納庫の外に出て別れる。
「……何機帰ってくるかねえ」
と、曹長は格納庫に並んだ十機のALを一通り眺めて、誰と無しにそう呟いた……
格納庫から出たリンドは、まだ肌寒い風を浴びて体を縮こませながらバーの方へと向かった。ここはそれなりに大きい基地のため、食堂や酒保だけでなくバーや遊技場、スポーツコートといった施設も充実しており、寒さはともかく居心地はとてもよい場所のためまた暖かくなったら来てみたいものだと思う兵士は彼だけではなかった。
彼はスポーツコートでベダという西の方の国で盛んな球技をやっている他国の兵士の横を通り過ぎながら、バーのある古い倉庫を改造して作られたペンキがまだ塗られてさほど経たぬ建物の入り口をくぐった。
すでに入り口前で漏れ聞こえてきていた異国のノリのいい音楽がワッと耳に入り、中では男たちの賑やかな喧噪が同じようにBGMと化し、軍隊特有の荒々しい雰囲気を醸し出しており、以前スライ曹長やジュードル軍曹なんかに連れられて来たバーのことを思い出していた。あの時は、飲みなれぬ酒を飲まされて随分と酔わされたものだ。
彼は空いているカウンター席に座るとお勧めの酒をマスターをやっている主計科の軍曹に尋ねると、アルベーという土地の酒を出してくれた。グラスに注がれたクリアグリーンの液体の底からはふつふつと炭酸が上がっており、持ち上げて鼻に近づけると嗅いだことのない薬草の香りがする。
「……苦いなあ」
独特の薬草味の強い酒は、微炭酸が口内を程よく刺激し飲みこめば食道も胃も途端にあったかくしてくれる。なるほど、北国ならではの酒ということだろう。滅多に自分からは飲まない故に、酒のことなどこれっぽっちもわからぬが、癖になる味だとチビチビと何度も口にしている姿を見て、横に座っていた男がキラロル語で話しかけてきた。
「へえ、アルベーがイケる口かい?物好きだね、俺は……あんまりだなあ!」
「そうですか?」
と、リンドが声をかけてきた男の方を振り返ると、鼻の下に口ひげをたくわえた年上の、酒で紅潮した面白げのある男の顔が映った。軍服は今まで軍事演習などで何度か見覚えのあるタライラス王国というシェーゲンツァートの少し北にある小さな大陸の南側にある国の、確か海軍の軍服であった。タライラス王国はシェーゲンツァートとおなじキラロル語を話すミレース人で八割が形成されているため、第一公用語がキラロル語となっており、アクセントや訛りなどで違いがあるものの、こうして同じ言葉で会話ができるのだ。遠い異国の地でこうして同じ言葉で話せる相手がいるというのは、とても心強いものであったので、リンドもすぐに微笑んで応対する。
「ピーペス(曹長)だ」
「オーセス少尉であります、よろしく」
「おっと階級が上だったかい。しっつ礼しました!」
と、酒瓶片手に既に出来上がってしまっている彼はふらふらとした礼を声を張り上げて飛ばすが、いかんせんその様子では礼に欠けている。
「はは、いえいえ」
「中尉殿はAL乗りで?」
少尉っていったばかりなんだけどなあ、と彼は口には出さない。こんなに酔っている人間に何言っても無駄だということは良く知っているからだ。
「そうです。あなたは」
「俺はね、上陸艇の艇長さあ!」
「へえ!上陸艇かあ」
上陸艇というと海からの上陸作戦で人間や物資やらを満載して集団で海岸に乗りつけて積荷を降ろすあれである。映画で見たことがあるし、実際の作戦の記録映像なんかでも良く見てきた。そう言った場合大概スポットが当てられるのは上陸艇にのっている兵士たちで、彼のようなその上陸艇の乗組員が映ることは滅多にない。裏方も裏方という役割だが、上陸作戦という非常に危険な作戦に従事する彼らはとても勇敢であるのだろう、今のピーペスからは想像できないがきっと作戦時は険しい眼で舵輪を握っているに違いない。
※1 ボータロッサ:シェーゲンツァート他各地に生息する小動物。全身に針の生えた草食動物で、普段は落ちた木の実や下草を食べている。細長く大きいもので三十センチ程の長さになるが、通常は大体十五センチ程。おとなしく他の動物に対しても面倒見が良くペットとして飼う者も少なくない。




