希望の星(2)
リンドはマルーツス基地に到着する直前、基地近くの河川を渡河していた。水深が十mちょっともあるこの河はパパト河といい古代より運河としてこの地の発展を助けてきた大河である。そんな河を彼は慎重に機を進めていた。
「深いな……」
カメラを通してコックピットの半分ほどまで水位があるのが見え、気密性はまだ大丈夫だろうかと不安がっていたアルグヴァル自体は高高度まで露出した状態で懸架されて運ばれることもあったことから気密性については随一の性能を誇るため、こういった深い水深の渡河は得意としており、二十m程度までなら潜ったまま移動することも出来るほどだった。しかし、今はあちらこちらにダメージを負っており、外部装甲だけでなく内部の殻まで一部損傷を受けてしまっている状態にある。そのため、もしコックピット付近や重要区画、特に動力炉付近にそういった隙間や破孔などが生じていたら、このくらいの深さの河でも水が浸入してきて溺死しかねない。少なくともシェーゲンツァート帝国の空軍AL用パイロットスーツは密閉式ではないことは自分が良く知っていることだ。
数枚の壁を通して聞こえる水音に懐疑心を抱きつつ、彼はペダルを踏みこんでいく。ただでさえ損傷により動きの鈍くなってぎこちない歩みが、水の抵抗によりより一層重く感じられペダルもどことなく重たい気がする。その上さらに損傷した脚部に負荷をかけつつ無理矢理にここまで踏破したものだから、状態はより悪化している。先ほど直前に機体の様子を直接見て回ったがまさか膝から火花が散り続けているほどだとは思いもよらなかった。
「もうすぐ、もうすぐだろう?」
不安げにそう一人呟く彼は、何度もしきりにマップに眼をやって現在位置と目的地であるマルーツス基地の座標との距離を見て憂慮していた。もし既にみんなが全滅していたらどうしよう、と。
いや、いや、そんなわけがない。皆ベテランだ、死ぬわけがない。フルーは違ったが。
そう自分に無理やり言い聞かせているうちに、河から少しずつ出始めすぐにかかとまで上がってしまったことを確認すると、リンドは機体状況のチェックをして異常や浸水してはならない場所に浸水がないかを確認すると、改めて機体を進ませていく。
「ん?」
それから数十mもしないうちに、機体の収音マイクが近くから銃撃戦のような音を拾ったことに気づいたリンドはそのファイルを再生させる。
「……聞こえない」
重ヴァルの歩行音でかき消されてしまうため音量つまみをグイと捻ると明らかに銃撃戦と判断できる銃声が絶えない、しかも小規模なものではなく砲撃や爆発といった大規模な戦闘の音が。この地点でこんな大規模戦闘があるとしたらそれは間違いなくマルーツス基地で戦闘が行われているに違いない。
(まだ間に合うんだ!よし!よし!よし!!)
全身に鳥肌の立つのを覚えたリンドは、レーダーを最大感度にまで引き上げ基地のあるポイントに多数のALや戦車などの熱反応があることを確認しその場所に急行する。眼の前にALでは駆け上がることの出来ない段差を見かけ、リンドは少し手前で両足を揃えて急停止すると倒れこむよりも前にスラスターをスタンバイ状態から最大出力まで噴かした。百八十ガトン近い重量の鉄の塊が一瞬とはいえ跳躍する様はなかなかに圧巻というもので、巨大な影を地上に落とし辺り一面に六基のスラスターノズルから噴射剤が燃焼したものを吹きつける暴風というのは、人間が近くにいれば確実に吹き飛ばされているかでもしただろうと言えるほどに。
高さにして重ヴァル弱ほどの崖ではあったがそれをどうにか飛び越えると軽い地震を起こしつつ重ヴァルはどっしり着地する。
「よし……」
彼は背後を振り返り人間が隠れられるほどの深く抉り取られた二本の跡を一瞥し、一か八かの大ジャンプが成功してよかったと胸を撫でおろすと機体を進ませる。基地はもうすぐそこで、この小高い丘を越えれば見えるはずだ、現に流れ弾らしきものが稜線の向こうから散見しているのだ。方角から察するにこれは敵が同盟軍に向かって撃っている攻撃だろう。
これはもっと急がねばならないと逸った直後、すぐ目の前、二百m程前方で稜線越しにすら見えるほどの大きな火柱が上がったのが見えた。一瞬ALの反応炉が誘爆でも起こしたのかと身構えたが、規模が違う。これは通常弾薬の類の誘爆に違いない。核エンジンの誘爆はこんなものでは済まないからだ。リンドはそれを直接見たことがあるわけではなく資料映像を軍学校時代に見たことがあるだけだが、あの時見ていた訓練生全員が恐ろし気に画面を見つめたまま生唾を飲みこんでいたのをいまもまだ鮮明にお覚えている。何せ自分も恐怖を抱いたその一人だったからだ。
同期はどれだけ今生存しているのだろうかと儚い思いを馳せつつ丘を登っていくと、頭部カメラが敵と思しきALが東側の山から下りてきているのを確認した。その手に抱えられている銃は何やら地面を掃射しているため人間か車両を撃っていることは確かだが一体何を……
それはすぐに明らかとなった。敵ALは味方の砲兵陣地を側面から奇襲、掃討していたのだ。
「や……ろーーーおっ!!!」
味方を救わねばならない、本能でガトリングシステムを展開したリンドはそのままガトリングのみを一斉射する。ほんの一瞬の発射ではあったがALを撃破するには十分な時間であった。大量の徹甲榴弾を浴びた敵ALは被弾箇所周辺を原形をとどめないまでにつぶされると、軋みながら倒れていった。
「はあっ、はあっ……よし!」
味方のALが突如として現れたALに撃破されたことに狼狽えているうちに、敵ALを始末しにかかるリンド、それに敵は慄いて後退していく。
自信を取り戻したリンドは、正面にマルーツス基地が広がっているのが見えた。基地はあちらこちらから黒煙を上げており、望遠からでも見てわかるほどにあちらこちらが損壊しているのが認められる。だが、そんなことよりもまずこの長い孤独の旅路にようやく終止符が打たれた喜びの方が大きかった彼は、歓声を上げる。
「やった!隊長、やった!やっと着いた!やったぞーー!!」
彼の歓声は距離が近づいたために自動的にリンクされた小隊用通信周波数に乗って仲間へと届いており、その声はノイズ混じりながらも小隊の仲間を安心させるには十分なものとなった。
「あ?」
ふと、レーダーに自分を呼ぶように自己主張をするピンが打たれたことに気づき、その方向を拡大するとそこには三機のアルグヴァルがいるではないか。指揮官型一機と中装型一機、そして砲撃型が一機。一機足りないが肩に四の文字のあるあれはまさに第四小隊の面々の乗るALだ。
リンドは機体の向きを変えると仲間の下へと進行方向を曲げた。




