踏みしめるのはアスファルト
ヴィエイナの隊が発艦する五時間ほど前、補給部隊より武器弾薬・食糧及び医療品の補給と人員の補充を受けた同盟軍は一気に攻勢をかけた。AL部隊を前に押し出しつつ、砲撃隊と爆撃機隊による火力支援でALの侵攻の障害となりうる敵を破壊して部隊は押し進められて行く。基地守備隊による巧みな反撃によって連携を阻害されていた同盟軍も、ようやく連携を取り戻し始め増援戦力の到着などもあって押し込みつつあった。
対して連合軍側は陸を抑えられ海側からの補給線も海上から海辺周辺を同盟軍によって抑えられているために補給もままならず戦力も兵士たちの気力もすり減らされていくばかりであった。
〈敵Gラインを突破!Iラインも維持できそうにありません!!〉
前線で防衛線を張っている守備隊からの最期の連絡であった。これでIライン、つまり基地六分の一近くを抑えられたことになる。まだ六分の一と思うかもしれないが、それだけ敵の手に落ちればもはやこれまでとしか言いようがないのである。しかし不幸中の幸いにも同盟軍側が占拠した箇所は訓練所や空き地、一部の建物であるため基地の主要な施設はまだまだ彼らの手にあった。
基地守備隊は戦力を集結させてより強固且つ頑強に抵抗の意思を見せる、耐え続ければ連合軍の増援が海を占拠する同盟軍の艦隊を蹴散らして支援に駆け付けてくれる、そう信じていたからだった。
デターシア大尉は機体に乗り込むと、まずモニタを拡大して前線の様子を望遠する。同盟軍はALを横に並べて弾幕で牽制・制圧しつつ戦車隊と歩兵・装甲車などでその隙間を埋めていくように前線を押し上げていく。ALは足元の部隊から突出しすぎないようにゆっくりとした歩みで前進している、それを可能にしたのが補給部隊の持ってきたAL用の盾であった。全高十二mもあるこの巨大な盾は重ヴァルと同じくらいの装甲強度を持つAL用シールドである。本来これは始めから持ち込まれるはずだったが物流の混乱による遅延が生じ降下時に間に合わなかったのだ。それをジェイゲルグにしこたま積んで降下コンテナで後方に落としたのである。これさえあれば安全に身を隠しつつ安定した射撃が可能となる。
頭上から降り注ぐちょっとした戦車砲ほどもある無数の砲弾は人間やソフトスキン、建物には非常に脅威となり、反撃しようともちょっとやそっとじゃALの持つ盾を抜くことはできず代わりに射点を特定されて集中砲火を浴びてしまう。そうやっていくつもの野砲隊が壊滅せしめられてしまった。おかげでマルーツス基地の野戦砲砲兵隊はほぼ壊滅状態に陥ってしまった。
それでも、守備隊は果敢な抵抗を続けており、双方に更なる損失を出しつつ戦線は動いていた。
「デターシア隊は俺について来い、そろそろ敵も随分踏み込んできた。ベルデス小隊は第十資材置場から回り込んで支援を、ヒルヒーミス小隊は第三観測所付近で支援。かかれ!」
頃合いを見計らって、デターシアはAL隊を一気に前に出す。他の守備隊の指揮は完全に基地司令部に任せ自分はALの操縦と指揮に専念する気のようだ。彼の指示の元、各小隊は指示された場所へと向かいデターシア隊の援護を行い、彼の隊は中心となって同盟軍のAL部隊を撃破するつもりなのだ。
アンダルヴァは優れた走行性能を存分に発揮し穴だらけとなった基地の舗装路を走る。いくらしっかりと整備されていたとしても、超重量物のALが本気で走行すればたちまち路面は抉られ、砕かれていく。アスファルト片が何mもたかだかと舞い上げられるのは、ALが全速力で走行している時によくみられる光景であった。
何日ものあいだ絶えず戦いに投入されていたというのに、こんな全速走行を行っても関節などに支障を及ぼしていないのは、ひとえに整備士たちのおかげだろう。彼らは休む間もなく次から次へとALを修理しては前線へと帰していく。彼らには感謝してもしきれないとデターシアは彼らをねぎらう方法を頭の中で巡らせていた。
〈大尉、前方に敵AL二機、百八十m先に確認〉
司令部から敵の観測情報が送られてくる、マップ上で示されたところはこの先の第一・第二車両格納庫の付近だ。
「ヘルベッツ、回り込め!」
〈了解!〉
彼は部下の一人にそう指示すると、彼とミンデーリンでまっすぐそのまま突撃を敢行する。それに気づいた同盟軍側の二機のルスフェイラは八割ほど飛び出してその迎撃に当たろうと試みた。突撃してきたのがそこらへんの一般的なALパイロットであればこれで二機を撃破できていたかもしれない、だが不幸にもデターシアはハシューミカでも生え抜きのALパイロット、普通にやられるようなタマではなかった。
「甘い!!」
彼は機体のブースターを最大限吹かすとルスフェイラの懐に飛び込んだ。時速にして瞬間的に百二十kmを超える速度で体当たりを食らったルスフェイラの内の一機は後方の崩れかけた通信塔の一つに叩きつけられその中に埋もれる。そこに自身もショックを受けつつも素早く後退しながら尚且つそこに搭載機関銃でその周りを撃つ。至近距離とは言え対人程度の機銃ではALの装甲は破れない。それくらい彼とてわかっている、彼が狙ったのはその周りであった。
「ああーっ!!」
ルスフェイラのパイロットは咳き込みつつも瓦礫から脱出しようとペダルを踏みこもうとしたところで不意に影が落ちたことに気づき頭上を見上げた。そして上部モニタに映ったのは崩れ落ちてくる通信塔の大部分であった。
パイロットの叫び声は一瞬で瓦礫の崩れる音と機体の圧壊する破砕音に飲みこまれて消える。その上、塔が崩れ落ちきる前には既にもう一機もその場に崩れ落ちオイルをぶちまけていた。
ゆっくりと通信塔が崩れ落ちる間に、ミンデーリンがライフルの斉射でルスフェイラの腕を破壊し攻撃能力を奪う、さらに回り込んでいたヘルベッツが頭部付近に右腕にマウントされていた小型ロケットを吹き飛ばし視界を奪う。そこに塔から離れたデターシアの乗るアンダルヴァがのびてきたルスフェイラのレーザートーチ付サブアームを左手で握りつぶしつつ、ライフルを接射したのだ。三mと離れていない距離で放たれたニ十発前後の徹甲弾はあっという間にルスフェイラの正面装甲を貫徹、更に中の柔らかなコックピットを押しつぶし引き裂いていた。
巧みな連携とアンダルヴァの誇る機動力を最大限発揮した目覚ましい戦法を目にした同盟軍は、その場所に集中して火力を投射したがその頃には既に彼らは一度下がり残骸をより細かく砕くに過ぎなかった。
〈こいつら小隊全体がベテランだってのかよ〉
その一部始終をドローンが捉えた映像をモニタで見たジュードルが眉間に皺を寄せながらぼやく。
〈こんなの、む、無理ですよ〉
同じくそれを見ていたテルペヴィラはかなりおびえた様子で砲撃を続けていたが、同様のためか砲撃の精度があからさま落ちていたに気づき、ボルトラロールが叱咤する。
「フルー、砲撃精度が落ちてる!集中しないか!」
〈あっ、すみません!〉
とは言うものの、ボルトラロールもこれをみて背筋を冷や汗が伝っていくのを感じていたのは誰にも言わない。指揮能力に優れているだけでなく、ALの腕もこれほどまでとは嫌な奴を相手にしなければならないものだと悪態をついた。




