飛び越えて嵐(2)
〈アンノニウ!……軍曹無事か!軍曹状況を知らせろ!〉
アンノニウ機に被弾があったことを知ったデターシア大尉は、部下の無事を確かめるべく付近に待機している基地の守備隊に連絡を取り向かわせる。
駆け付けた数名の守備隊は既に消火を始めていた消火班を手伝いつつ機体のエマージェンシーシステムを外部から作動、強制的にハッチを開くと運よく開閉装置は生きていたため半分ほどであったがハッチが開きその隙間から一人が潜り込むと、中で気を失っているアンノニウ軍曹を発見し怪我の有無の確認をすると機外へと搬出する。
「大尉、軍曹は気を失っているようですが目立った外傷はありませんね」
〈……ふう、そうか。ご苦労助かった〉
ひとまず人間が無事であったことに胸を撫でおろすと、彼は再び戦闘に意識を戻しモニタを睨みつける。敵の勢いは未だ衰えず、この戦いにそうとう力を入れていることが見て取れた。ならばここで敵の侵攻を止め切ってしまえば敵の戦意は大幅に削がれることにもなるはずだ。まだまだ勝利の兆しは目の前から消えてはいない、そう確信したデターシア大尉は操縦桿を握る手を強めた。
それからさらに三日経過した。
戦線は中々進まない。天候も徐々に悪化し始めこれから文字通り泥沼になるのではないかという懸念が覆い始めていた。
「榴弾あと十発です」
戦車第一小隊所属の空挺戦車ミスティルアス一号車の砲手が車長に伝える。
「補給を要請するしかないが……」
車長はもうここにはあらかじめ持ち込まれた予備の榴弾がないことを今朝聞かされており、これ以上の補給は基地から空輸を頼まざるを得ない。弾薬のほかにも食料品や医薬品といった物の補給も必要であるため、定期的に大型輸送機が物資を後方に投下してくれるが飛行機では一度に運べる量も限られておりまた輸送機が撃墜されてしまう恐れもある。
「せめて他の国のが到着してくれれば……」
先にも言及したがこの作戦はシェーゲンツァート軍だけでなく他の同盟軍も参加しており現在シェーゲンツァート軍と共に進行しているのがエンジウ王国陸軍の歩兵師団と機械化混成旅団、AA二個小隊で彼らも彼らなりに頑張ってくれているがいかんせん戦力の不足は否めない。この基地の侵攻には本来あとキサナデア帝国軍と“フェイル・フェル・ミッケン及びマストルマ州連合共和国”という長ったらしい名前だが一つの国が参加するはずだったのだがキサナデア帝国は海が荒れているため輸送を阻まれておりフェイルは輸送機の半分がオースノーツ海軍に撃墜されてしまい壊滅的状況にあり侵攻作戦への参加が不可能となっていたのだった。
その他の国はと言うと、他の作戦や陽動に参加していたためこれ以上の参加は望めずにいる。兵力もほんの少しずつ補充されることにはなってはいたものの、正直言って期待しないほうがいいかもしれない。
「敵の反撃弱まってます……」
「ふうん……まあ夜だからな」
連戦連夜故に、敵も味方も疲れていく。それでもまだ一週間と経過していないので基地を攻め落とすにしてはまだまだ序盤も序盤といえる短い期間に過ぎないのは、今まで最前線で戦車隊を率いて戦ってきた車長だからよく理解していた。とはいえ、この程度の人数での作戦、そこまでひどく長くはかかるまい。
「交代で睡眠をとる。お前たちが先に寝ておけよ」
「どうも、大尉。それでは」
砲手は疲れた微笑みを浮かべると、座席を降りて床に体を折り曲げて寝ころんだ。ここからでは見えないが、操縦手も座席に座ったまま眠りについたようだ。車長は双眼鏡が首からかかっていることを確かめると頭上のハッチを開けて頭を外に出し様子を窺う。夜も更け始めてきたことから両軍ともに交える砲火がほぼないことは、夜闇にマズルフラッシュが瞬かないことから判断できる。前方のトーチカも沈黙しているが死んだようではなく、単に休んでいるだけだろう。そのまま後方に体を回し暗視装置のスイッチを入れて双眼鏡を覗くと、三百mほど向こうの森の中に微かにだがしゃがんでいるALの姿が複数確認できることからAL隊はそこで体を休めているに違いない。戦車や歩兵よりもはるかに後方に下がるのは決して不公平なことではなく、その巨体故に壕を掘ることなど出来ないしそこら辺にしゃがんだり倒したところでいい的に過ぎない。そのためああいった場所などで機体を隠さねばならないのだ。強力な兵器の意外な欠点が垣間見える興味深い姿であった。
「でだ……」
再び彼は前方に視線を戻すと左前方、距離はおよそこれもまた三百といったところに四機のALが敵基地に建設されている巨大な壁状遮蔽物に身を潜めている。あれは空軍所属のAL第四小隊の面々だろう。三日前に一人やられて野戦病院に担ぎ込まれたが、幸い体のどこにも異常が見られなかったため病院を抜け出すようにして復帰しあそこで四人まとめて前線を張っているようだが……
(敵のALがどうもなあ)
敵のAL部隊がかなり手ごわいらしく、彼らだけでなく戦車隊や歩兵も攻めあぐねておりじれったい前進と後退の繰り返しに、兵士たちのストレスは爆発的に溜まってしまっていた。彼ら第四小隊はもはや数少ないシェーゲンツァート軍の生き残った空挺AL部隊で幾多の激戦を繰り広げていたため今作戦でも司令部は期待をしていたらしいが流石の彼らでも攻めあぐねるとなると、これは嫌な予感しかない。
(そう言えば、一人落ちたって言ってたな)
実際にその目で見たわけではないが、輸送中に輸送機が被弾して機体ごと落とされたのが第四小隊にいると彼が聞いたのは、主計科からだった。サスペンションの修理中に弾薬を運んできていた若い兵がそんなことを口にしていた。
彼は敵地で飛行機から落とされた名も知らぬ仲間に同情の念を抱きながら、上着のポケットの中から小さな缶を取り出して蓋を開けると、逆さに振って手のひらにマルカマナー(※1)を二かけ落とし口に放り込んで咀嚼する。
気に入っている銘柄ではなく官給品のためまあ大した質ではないが、無いよりはましだと言わんばかりに片眉を吊り上げてしかめっ面で一心に噛み続けていた。夜が更けていく、聞いたことのない鳥の鳴き声の中に、時折夜の帳を貫くように銃声が鳴るがそれはどれも遠く遠くの音。何せここから敵の一番前のトーチカまではまだ千mもあるのだから。
明日はせめて百m以上は前進したいが、どうなるかわからないのが世の中の常である。もしかしたら敵も増援を呼んでおり、海から空を埋め尽くすほどの爆撃機の大軍がやってくるかもしれない。何かもかもしれないだが、そのかもしれないを自分たちのいいように操るのが指揮官としての役目だ。
車長は手帳にそれぞれ現在の敵の布陣や移動など些細なことでも書き留めていった。いずれは役に立つかもしれないと。
※1 マルカマナー:世界的に広がっている一般的な嗜好品。マルカムムという植物の葉を乾燥させて細切りにして丸めたもので、噛んで服用するが一部地域ではお香として焚くところもある。噛めば苦みと甘みの混じった味が、焚けばしつこくない甘い香りが漂う。中毒性は低く健康には害はない。子供から大人まで愛用する安価な嗜好品。シェーゲンツァートでは噛み終わった葉を道端に吐くと罰金二十万ベルゲル(首都の三十代の平均月収二月分)。




