起動
それから長く感じた少しの時が過ぎ、降下地点に近づいていた。
ジェイゲルグの格納庫内にアラームが警告灯の点灯と共になり始めた。リンドの脳裏に前回の出撃の光景がフラッシュバックする。もしもう一度撃墜されたら、ヘリと違って高速で投げ出されるかあるいは機体と共に地面に叩きつけられ体は跡形も残るまい。
〈降下まであと五分。降下用意。降下用意〉
パイロットから、降下までの時間が知らされる。もうすぐ真後ろにあるハッチが開き、リフトと共に空中に放り出され、空中で格納状態である脚部を折り曲げた状態から変形、パラシュートを展開すると各所にボルトオン装着された減速ブースターで安全な速度まで急減速すると地面に落着し次第、戦闘に入ることとなる、まだ二度目の出撃である、新兵の域を出ない彼にはまだまだ戦闘は恐怖であった。
〈ハッチ開放、降下用意〉
輸送機が減速していくのが、体の血が後方に一斉に引いていくのでわかる。ALパイロットは専用のスーツやスーツないし戦車兵のような軍装をまとう。また降下兵は専用の多機能パイロットスーツをまとわなければならない。しかし慣れていくと場所によっては上半身裸で乗り込む者も少なくないという。勿論規定違反ではあるが、現場でそれをとやかく指摘する者はいない。いたとしてもそれは新兵くらいで、そんな彼らもすぐに迎合してしまう。
コックピット内からもわかるほどの空気が吸い出される気流の音で実際にハッチが開いたことがわかる。カメラを後方に動かすと、果たしてハッチが開いており、明るみ始めた空の光がモニターに映っていた。
「落ち着け……落ち着いて、焦らず……フウー」
手を開いて閉じてを繰り返し、深く呼吸を行う。
〈降下五、四、三、二……降下!降下!〉
パイロットの声と共に、火花を上げながらリンドの乗った重装型アルグヴァルを載せたリフトが滑り出し、数秒後には180ガトンもの鉄塊が空中にあった。
「うううううーー!!!」
恐怖で声にならない唸り声をあげてしまう。リフトが離れると自動的に変形し、重AL用のパラシュートが放出され、急減速がなされる。さらにブースターが激しく燃焼し、機体の速度を落としなるべく地面に垂直に降下させようとする。
「はあーっ!!」
一気に息を吐き出し、地上の様子を急いで確認する。既に地上では砲火が交えられており、小さな赤や黄色の爆炎がいたるところで吹き上がっているのが見えた。次に上を見上げると、前方で隊長のアルグヴァルがパラシュートを展開している様子が確認できた。
〈こちらシェーゲンツァート帝国第2機械化混成空挺師団所属第4第6遊撃小隊。シュクスム軍、援護に来た〉
キリルム中尉の声が通信機を通して耳に入る。すると興奮した声で聞いたことのない言語が聞こえてきた。
《ああ、神よ!感謝します。我々はまだ戦える!》
地上で戦っているシュクスム陸軍の指揮官はこう叫んでいたのだが、シュクスム語がわからないシェーゲンツァート人には、彼らが恐らく喜びの雄たけびを上げているらしいということくらいしかわからなかった。だが、悪い気はしないし、自分たちは歓迎されているとわかり新兵たちの心に自信を与えた。
〈第4小隊はこの地点に降下次第集結、リンド機を中心に敵陣地を右翼より叩く。いいなあ?〉
小さなモニターに、隊長機より送られてきた座標にマーカーがセットされる。
〈イエッサー!〉
〈おう!〉
「は、ハイ!」
どうやら曹長たちも無事に降下できたらしい。レーダーにはそのほか第6小隊のALや多数の物資の入ったコンテナ、それに工兵部隊の降下も映っており、今回の降下は無事成功しそうだった。
そう安堵した矢先のことであった。ALの降下に気づいた敵の対空機銃がリンドを狙い、機体には当たらなかったものの、パラシュートのワイヤーを切り裂き、バランスを崩したリンドのALは加速しながら地表に吸い込まれていった。
「うわあああ!!」
残念なことに増設ブースターはもう燃焼しきっていた。しかしそこは精密機械といったところか、こういった場合に備えてのプログラムも入っており、機体のブースターで適切に減速が行われ、可能な限り安全にALは着地した。
「うっ……」
重たい音を上げて鋼鉄の巨人は再び地上に舞い降りた。まるで要塞のように堅牢かつ膨大な火力を擁したアルグヴァルはまさに空より舞い降りた機動要塞であった。