束の間(2)
チャッカンマの小さな農村に、一機の巨大人型兵器ALがその威圧的な姿を現す。重ヴァルはわざとらしくゆっくりと、そして圧力を相手に与えるように振る舞っている。一歩一歩踏み出すたびに地面はへこみ、時折ダクトから大きく廃熱させて白い水蒸気を巻き上げる姿に、ゲリラたちは一層恐怖心を煽られて及び腰になってしまっている。それでも、ゲリラのリーダーは現地の言葉で何やら叫びながら応戦を部下たちに強いると、彼らは物陰に隠れつつ応戦を開始するのだがやはりゲリラはゲリラに過ぎない。訓練された正規の軍人たちと比べると射撃精度も火力の集中もまるでなっておらず、投げられたグレネードはまるで届いていない。リンドはコックピット内で高らかに笑うと足元のゲリラたちを足先で蹴り飛ばした。これは彼の、土地を汚さぬようにという配慮によるもので、一度農地に沢山の銃弾や砲弾が撃ち込まれればその土壌は汚染されてしまいその浄化にはかなりの時間と労力、そして費用を要することを彼は近所の農家から聞いて知っていた。例え一杯の茶だけでも小さな恩義はそこにある。シェーゲンツァート帝国臣民として外国で恩を仇で返すわけにはいかない。
とはいえ、やはりALのような巨大質量物で生身の人間を蹴り飛ばせばひとたまりもなく、薙ぎ払われた者たちは皆粉砕されてほとんどが即死という惨状を描いていた。
次々と数を減らされゲリラたちは散り散りに逃走を始めたのをみて、彼はほくそ笑んだ。
「敵前逃亡は銃殺刑だぜ……つってもゲリラにそんな法ねえよな」
リンドは遂にこの部隊を率いていたリーダー格と思わしき男を納屋へと追い詰めた。男は納屋の戸を背に一人の少女を人質に怯えきった表情でこちらを見上げており、何やら現地語で叫んでいるがまったく理解できない。収音マイクで拾ってALに搭載されている翻訳システムを使っても、かなり訛っているらしく翻訳された文章はまるで体を為していなかったので理解は諦めた。
さて、どうするか。そんな悩む隙さえ無いのだが困ったことになった。ALは大雑把な攻撃は得意とするが密着した人間の内片方だけをもう片方に被害を与えずに殺すことはまったくの不得意とする作業である。悩んだリンドはふと思いついたらしく、一か八かの賭けに出ることにした。
リンドは一旦コックピットから降りると寝床に放っていたライフルを取り出しスコープの倍率を上げる。さらにストックを手早く外してモードをマニュアルに変えると、機体横にある緊急脱出ハッチの位置を確認し、一瞬だけコックピットシートに戻ると機体をゆっくりと十歩ほど後退させた。それを見た男は自分のペースにリンドを巻き込むことが出来たと思ったらしく、勝ち誇った顔で何かを言ってきたが、リンドはそもそんな戯言に聞く耳など持っていなかった。
彼は機体が停止したのを確認すると慎重にハッチをほんの少しだけ開けて銃口を出した。敵は幸運にもそのことに気づいていないらしい。狭苦しい通路であるため、ストックを外して居なければこうしてライフルをよこにすることも出来なかっただろう。必要な安定性が失われるのは痛いが、自分の腕を信じるしかない。
彼は気づかれぬよう祈りつつライフルに顔を押し当てスコープを覗き込む。ALパイロット故に彼はあまり射撃の訓練など受けていないため、こんな狙撃自体が初めての経験で、何を頼りにしたかというと前に見たスナイパーものの映画であった。そんなものを参考にするのもばかげているかもしれないが、そんなものを参考にせざるを得ないような状態に彼はあったのだ。
スコープの中心に男の頭を捉えるとその横に見えるいまだに人質となっている少女は、幾分か彼より幼いように見える。どうか彼女に当たりませんように、一心に祈りつつ引き金を引いた。
一発の銃声が鳴り、沈黙が訪れる。少女の栗色の髪が血しぶきと共に散らばり両者は倒れた。そこに少女の両親が慌てて駆け寄り抱き起すと、少女は気を失ってはいたが怪我はなく無事であるようで、リンドはホッと胸を撫でおろした。
放たれた弾丸は風になびいた少女の髪の中を突き進み、まっすぐ男の顔面ど真ん中を突き進んで後頭部から抜けたらしく、散った髪はそれによるもののようだ。残りの数名のゲリラも恐れをなして皆いずこかへ去っており、村に再び平和が訪れる。
「ああ~……」
リンドは全身にドッと疲労感が押し寄せるのを感じてその場に臥せった。だがそんなことしている場合ではない。彼は後退してコックピットに戻ると重ヴァルの操縦に戻る。ゲリラたちの死体をかたずけ始めていた村人たちは重ヴァルに進路を開けるとリンドは機を屈ませてマニピュレータで山の一角を掘り始める。何をしているのだろうと村人たちが眺めているとほどなくして五m程の穴を掘り終えたリンドは、村へと戻ると次々と死体を拾い上げ始める。片手に十体合わせて二十ほど集めると穴へと持っていきその中へ放り込み、それをもう一度繰り返す。二往復分で死体を集め終えた彼は掘り返した土を埋め戻してしまうと近くの大きな岩を引き抜き、斜面を覆い隠すように埋め込んで墓石の代わりと為した。この国の埋葬方法は知らないが、シェーゲンツァート式の方法で済まさせてもらうという考えからだった。
シェーゲンツァートでは古来より死体を丁重に扱う。それが例え敵だとしても。死体を損壊したり汚すことは侮辱することにつながりとても重いタブーとされているのだ。故にリンドはその風習に従ってゲリラどもを埋葬した。シェーゲンツァートでは合同埋葬が基本だ。村ごとに大きな墓石が立てられており、その中に死者たちの遺骨や縁の物を埋葬することになっている。これはかつての宗教からきているという説や、土地を節約するためという説もあり定かではないが少なくともはるか昔からやっていることなので疑問などない。
埋葬を終えたリンドは、村人たちの方を振り返る。皆、まだ恐怖心をこちらに向けてきてはいるが、それも仕方のないことだろう。深くため息をつくと、彼はその場を後にする。これ以上この村に迷惑をかけられない、彼の視界の端にあの老人が映り、一瞥するとそのまま村を出た。
この後、村にゲリラが報復に来ないといいのだが。そんな余念で彼の胸は押しつぶされそうになっていた……




