束の間
名も知らぬ異国の老人の後を追ったリンドは、小さな村にたどり着いた。山間に忽然と姿を現したこの村はまるで俗世とは隔絶されているかのような雰囲気を彼に感じさせていたが、流石にそんなことはないだろうと笑う。
変わった出で立ちで武器を持った外人が訪れたのを見て村人たちは不思議そうな目で彼を見つめていたが、不思議と敵意や警戒心というものはほぼほぼ感じられることは無かった。
老人は一軒の家の前に立つとドアを開け中に入るよう促したので彼は小さく頷いて促されるままお邪魔することにした。焼き土のレンガ造りのその家は、初めてみる外国の家の内装とはいえ実に生活感のある家で、どことなく落ち着かせてくれる。
リンドは居間に通されるとニ十センチくらいの高さのある小さな座椅子に腰かけて老人が現れるのを待った。荷物を降ろすが、拳銃のホルスターだけは外さない。いつでも素早く抜けるように留め金をつけたり外したりを繰り返しつつ抜いてすぐに引き金を引くシミュレーションを脳内で繰り返した。
やがて老人はお盆に小さなカップを乗せて現れると彼と自分の側にそれぞれ一つずつ、そして何か干した木の実のような小さい物体が複数乗った皿を中央に置くと、リンドの向かいに腰を下ろす。
リンドは恐る恐るカップに手を伸ばして熱を感じるそれをゆっくりと口元に持っていくと、老人も同じように口元へと持っていき静かに啜っていた。
「ふう……」
薄黄色をした透明感のあるその液体は、まるで飲んだことのない風味のある飲み物で彼は何度か口の中で転がしてその独特の風味に困惑しつつも飲みこんだ。次に皿に盛られた木の実を手に取るがどう食べたものかがわからない。そのまま食べるのかそれともこのヘタのようなものを取ればいいのか。はたまた飲み物に浸すためのものだったりするのか。同じようなものをシェーゲンツァートでは見たことがさっぱりで図鑑ですら見たこともない。もしかすると干す前のものを見たことがあるのかもしれないが。
木の実を摘まんで戸惑っている彼に気づいた老人は自分も一つ摘まむとヘタを取り除き皿の横、机に直に置くと丸ごと口の中に放り込んで笑って見せる。
「なるほど……」
彼も同じようにヘタを取り思い切って口の中に放り込んで硬く小さな実を噛み締めた。するとこれまた独特の甘みが口内にじんわりと広がっていき、彼は味わうように何度も噛み締めた。癖になるこの風味と程よい弾力に、この木がシェーゲンツァートにもあればいいのにとすら思うほどに。
それから飲み物を飲み、木の実を噛みそしてまた飲みを繰り返しカップが空になるとリンドはお礼を述べた。
「ありがとうございます。どこの国ともわからない人間を招いていただいて」
勿論言葉など通じるわけもない。だが、せめてこの伝えんとする気持ちさえ理解してもらえれば。そんな彼の思い通じてか老人はまた微笑んで会釈をするとここの言葉で何かを言い始めた。
「エジュ バルッチェ イノ ライライ ギルーミ。エバス イノ ピークパウ レン」
リンドはそれに対し礼で返すとそろそろ行かねばと立ち上がる。すると老人はちょっと待っててくれというようなジェスチャーをするとお盆をもって奥に引っ込んだ。なんだろうかとその場で待っていると老人はパンパンにつまった小さなバッグを彼に手渡してきたので、それは受け取れないと申し訳なさそうに首をよこに振ったが、それでも老人は渡そうとしてきたので迷った挙句仕方なく受け取ると礼をつげ家を後にしようとドアを開けたその時であった、突然老人が彼を制止して少しだけ開けられたドアの隙間から外の様子を睨みつけていたので、彼もその視線の先を追った。するとそこにいたのは武装をした現地人たちの姿であった。恐らくゲリラ、まさか後をまだ付けられていたのか!リンドは自分の迂闊さを後悔したが時すでに遅し。村の代表者らしき別の老人が宥めようとしているようだが、ゲリラたちは気が昂っており話になっていないようだ。
自分のせいだ、しかしここで出ていってゲリラに掴まるわけにもいかない。何故助けに来たのに逆に追われなければいけないんだ、そんな理不尽さに怒りを覚えるリンドであった。
どうするべきであろうか、彼が迷っていると老人は彼の肩を叩き裏口へと案内した。そして裏口のドアを開けると動物が放牧されてある柵の裏を回り込むように指し、その次に倉庫らしき建物の裏を通って木立を抜けろということらしい。たしかにそのルートなら奴らに見つからず重ヴァルへとたどり着けそうだ。既に重ヴァルが見つかっていなければ、の話だが。リンドは誰もこちらに気づいていないことを見計らって姿勢を低く飛び出すとそのままの姿勢で走っていく。ライフルは既に安全装置を外しており、いつでも撃てる状態にあるが、ここは隠密性を重視してナイフを抜き右手に握っておく。
やがて柵の端にたどり着きすかさず倉庫の裏へと飛び込むと一度村の様子を確認する。そこでリンドは事態の急変を見た。ゲリラたちは村長の制止を振り切り村中の家屋へ浸入すると家から物をかっぱらい、それどころか若者を男女問わず引っ立て始めたのだ。何をする気か……いや決まっている。男は兵士に、女は慰み者や家事をやらせるためにだ。リンドの心はさらなる怒りに打ち震えていた。これが同じ国の人間にすることか!!!!
彼は素早く村を立ち去り木立を抜け、重ヴァルまであと少しのところまでたどり着くと重ヴァルの前に二人の男が立っていることに気づき、咄嗟に身を隠す。二人ともそれぞれライフルを抱えており、どうやら既に重ヴァルはゲリラに見つかってしまったらしい。しかし不幸中の幸いか、重ヴァルのロックは解除されていないようで、ハッチは閉じたままである。まあ当然であるといえば当然であった。所詮は敵味方の区別もつかぬ野蛮なゲリラ、ALのような高度な兵器を解する知能も持ってはいまい。
リンドは彼らに対し侮蔑ともとれる感情を抱きつつ、荷物をその場にすべて置くと、ナイフとピッケルのみを手にそっと死角へと回り込んだ。今の自分なら大立ち回りだってやれる気がする、いややって見せる。湧き出る自信が彼に実現を見せた。
うまいこと背後から近づいて見せたリンドは、まず一人目の後頭部に思い切りピッケルを叩きつけた。硬い金属でできたピッケルの先端は人間の頭蓋骨など簡単に貫くと即死させる。しかし流石にそうもすればもう一人には気づかれるというもので、仲間の異変に気づいたゲリラは振り返ってリンドの姿を認めるとライフルを構えた。が、その一連の動作はリンドに彼を殺すための一瞬の隙を作ったのだった。
リンドは刺さったピッケルを抜くことなく反対の手に握られたナイフを渾身の力で投擲した。ナイフは半開きになっていた相手の口内に侵入するとくちびるから舌、そして口蓋を貫いて脳天に突き刺さりこれもまた即死させる。音もなく二人をやって見せたリンドは、自分でも本当に計画通りにいくとは思っておらず、二つの死体を前に十秒ほど立ち尽くしていたが、我に返ると急いで荷物を拾いナイフとピッケルも回収すると、重ヴァルに乗り込んだ。
「バランサーよ……くないか……出力安定、火器管制システムよし……よし!」
リンドは重ヴァルを立たせると対人機銃のシステムをマニュアルに戻す。これはAIの判断でこちらに銃を向けている者だけを狙うので、先ほど老人を狙うことは無かったが、今回は恐らく村人とゲリラが入り乱れる形となるので切っておかねばなるまい。
リンドは出来るだけ揚々と、余裕を見せるように村へと歩かせる。ALという大きさを利用して相手に心理的恐怖を味あわせるためのALパイロットとしての必須能力だ。軍学校時代に序盤に習ったことだった。その効果は実に有用だったようで、確保していたはずのALが突然向こうから悠然と歩いてきたものだからゲリラたちは一気に混乱へと陥った。
「野蛮人共、文明ってものを教えてやるぜ!!!」




