メルディンネ作戦(3)
対空砲火の中を抜けた空挺部隊は空の上で騒然としていた。複数の機体が被弾し損傷したものの奇跡的に墜落した機はなく、損傷の酷い一番機もどうにか飛行継続は可能で怪我人も少数にとどまる。だが重要なのは一番機が被弾した際に護衛機と輸送機のパイロットが目にした光景であった。
一番機のハッチが被弾により吹き飛んだ直後、破片と共に数名の格納庫要員が放り出される痛ましい光景を目撃した。だが、さらにその直後に被弾したかと思うと一番機の開け放たれた後部ハッチからなんと一機のALが降下したのである。どうみてもあれは自らというよりは事故で放出されてしまったと確信したのは通信機にノイズ交じりに飛び込んできた若いパイロットの悲痛な叫び声のためであった。
<うああ……!!……誰かっ……………たす……!!>
弾幕の音で通信はとぎれとぎれになり、こちらからの呼びかけにも応答せず遂に通信は途切れてしまった。そのことを第四小隊の隊長ボルトラロールに報告したが彼も乗機の通信機から聞いており、痛ましいため息が通信機の向こうから聞こえてきた。
<隊長!どうすんです!>
ジュードルは今にも自分も降下せんとでもいい出さんばかりの勢いで問いただすが、彼とて今から降下してリンドの援護をするわけにはいかないのもわかっている。だが、声にせずにはいられなかったのだ。
<……基地に救難ヘリを出すよう伝えてくれ……>
そこまで言うと彼は口をつぐんだ。顔を抑えて体をコックピットシートに預ける。まさか、こんなことで彼を失うことになるとは思わなかった。死んだと決まったわけではないが、敵の勢力圏内で単機落とされたのだ。自分でも生き残るのは困難であることくらい、承知している。
<編成を組み直す……>
<隊長……>
ヴィレルラルが消え入るような声でそう呟いた。今更作戦を放り出すわけにはいかない。特に、自分たちは命令違反による懲罰部隊行きから復帰したばかりだ。今回は早めの恩赦が出たがもう一度そむけば次は命すら危ういだろう。彼は辛いながらも、部下全員の命を預かる部隊の長として非常なる判断を下した。そんな彼を責めるものは誰もいなかった……
一機の重ヴァルが間違ったところに放り出された。この機は重力に引かれ加速しながら地表へと落ちていったが、非常に高い高度を輸送機が飛んでいたために命を救われた。地表への墜落までまだ少し猶予がある。彼は傷ついた心を立て直しつつ機体の姿勢も立て直していた。幸い通常の降下時と同じ姿勢に近い状態で落ちていたため、すぐに脚部を展開すると自動で減速用のシステムが働き、ドローグが展開、その後脚部の後付けされているブースターから減速用のパネルが開き毎秒数百回の微細な動きで姿勢を保ちつつ減速を行う。その後ある程度の高度を落ちたらメインシュートが展開。重ヴァル用の通常より数の多い膜が広がり一気にゆらゆらとした速度に落ちひとまずほっと一安心した。
「どうすりゃいいんだよ……」
もうモニタにも輸送機は映っていない。恐らく雲の中に隠れたのだろう。どこかもわからない敵地の真っただ中にただ一人落とされた、まだ軍属二年目の青年の心は押しつぶされそうになっていた。機器をチェックしている時、ふと彼はあることに気づく。
「対空砲火がないぞ……」
奇妙だ。まだ対空砲で十分に狙える高度のはずなのに、墜ちてから一発も撃たれていない。現在パラシュートでゆっくりとした速度であるためにそれこそ余計狙いやすい筈なのに敵は何をしているのだろうか。こんな時丁度良く軍学校時代の授業を思い出す。
(対空砲を撃ってこないときは敵の味方が近いか、下に落ちたらマズイところがあるということ……)
急いで地表の写真を撮影しモニタに大きく表示させると敵が撃ってこなくなった理由がすぐにわかった。
「街だ……」
そう、丁度真下……というよりは風に流されている方向に中規模の街があるのだ。ここにこいつがバラバラになって落ちれば、市街地に甚大な被害が及ぶはずだ。だから敵は射撃を止めざるを得なくなってしまったのだ。不幸中の幸いだが、事態が好転したわけではない。寧ろ市街地に落ちて無害な市民を巻き添えに戦闘を起こしかねない。ここは元チャッカンマ領地内、ということは下で暮らしているのは同盟国国民である。彼らを巻き添えにするわけにはいかない。
リンドは方角を変えようと機体を動かそうとした瞬間、バランスを崩した機は落下速度が加速し、余計に街へと近づき始めた。
「やばいやばい!!」
コンピュータは絶えず計算を行い風、高度、風向きといった複数の情報をリアルタイムで得てそこから最適な機体の姿勢を保っている。そこに人の手というイレギュラーが発生したものだから想定外の機体の乱れにより制御できなくなってしまったのだ。
慣れないことをするものではないといったもので、慌てて弄るのを止めたが後の祭り、最早機体の降下方向を修正することはできなくなった。
減速用ブースターが最大パワーで噴射され機体の超重量に抗う。が、もうすぐ目の前にはオフィスビルのようなニ十階以上はあると思われるビルが迫っていた。いや迫っているのは自機か。そんなことも思う間もなく機体はそのまま正面からビルに突っ込んだ。とてつもない破砕音がコックピットを駆け巡る。激しい揺れと振動に体を思い切り揺さぶられベルトが体に食い込んで痛む。だが、そんなことよりも大事なのはビルに突っ込んだことであった。痛む体をおして顔を上げると、モニタには建物の瓦礫が目一杯映し出され、何が何だかわからない。とりあえず後方及び側方カメラで周りを見渡すと、やはり自分は市街地のど真ん中に落下したことが判明し大きく落胆した。
落ちたのは丁度地表でこの後地面まで落下する必要がないことはわかったため、下に人がいないことを確認しつつゆっくりとビルを離れた。重ヴァルが離れるとビルの残骸がボロボロと地表に落ち道路を汚していくが、それ以前に重ヴァルの重量で路面が粉砕されていくため、今更である。
(人は……)
見た限りではビルの中に人がいるようには見えない。それどころか街には殆ど人影がなく、ちらほらとビルの隙間に見える野次馬のようなものも顔だけ出してこちらの写真を撮っているばかりだ。
実は輸送部隊が確認されたときには街には既に避難警報が発令されていたため、殆ど市民は退避済みだったのだ。そんなことを知らないリンドは、人のいない綺麗な街並みの不気味さに心臓が高速で拍動するのを感じていた。
敵がいないことを確認するとその場で機体のチェックに入る。ひどく激突したにもかかわらず機体の機能の殆どが無事なのは重ヴァルの重装甲と降下システムの優秀さのおかげであろう。
リンドは車や構造物をなるだけ破壊しないよう慎重にペダルを踏みながら道路を歩いた。それでも、やはりこの大きなものを扱っていると細かいことまで手が届かない。信号機などをへし折り小さな車を踏み潰し、たまに避けようとしてバランスを崩し思い切り腕をビルについてしまい、突撃銃と腕部で思い切り複数の棟を破壊してしまいつつ彼は輸送部隊の飛び去った方向へと向かった。
「こちら第四小隊リンド・オーセス軍曹……応答願います」
リンドは思い出したように味方への通信をとろうと試みつつ歩き続けた。重ヴァルの歩いた後にはひび割れた道路と破壊された色々なものが残されており、墜落者がどちらへ向かったのか一目瞭然であり、その跡を戻ってきた市民や追跡する連合軍の兵士たちの道するべとなってしまっているのをリンドは気づいていなかった。彼は果たして味方ともう一度合流することが出来るのだろうか……




