メルディンネ作戦(2)
翌十一時、遂にチャッカンマ首長国を解放するためのメルディンネ作戦が開始された。四カ国の陸海空軍が共同で実行するこの作戦には、同盟軍から多大な希望を寄せられており、絶対に失敗できない作戦である。
シェーゲンツァートからは陸軍一個師団、一個機甲師団プラスアルファ、二個自走砲大隊、一個重砲大隊が。海軍からはエルバーニーニャ級巡洋戦艦一番艦エルバーニーニャを旗艦とした第六戦闘戦隊、ベンダラ級戦闘空母二番艦アイーダを主力とする第十一空母機動艦隊、他二個水雷戦隊、三個輸送艦隊、二十五隻の潜水艦、陸戦隊、四十二機の水陸両用ALを投入する。最後に空軍は百二十機の軽・重爆撃機、二百二十六機の各種戦闘機、その他特殊機六十機、空挺用輸送機多数、各種ヘリ三十二機を投入する。それだけでなく他国軍もそれなりの戦力を出すのには訳があった。
チャッカンマ首長国には膨大な資源鉱山と油田が眠っているとされているのだ。つい五年前までこの国はただの小さな中堅国家に過ぎなかった。だが最近の調査でALや戦車、船の装甲に使える重金属が大量に埋蔵されていることが分かり始め、また質のいい原油もある可能性が高いというものだから、今まで連合軍から後回しにされてきたこの国は急に侵攻の対象となり、制圧されたのだった。
とはいえ、連合軍も占領したはいいが無理矢理な侵攻計画であったため同大陸の他の国を攻めるための戦力からチャッカンマ侵攻部隊に裂いたため他の戦線で戦力が手薄となり同盟軍の反抗に苦しむ羽目となった。そして、その埋め合わせのためにまだ防衛部隊がしっかりと完備されないうちに戦力の多くが元の戦線へと復帰させられた。
連合軍にしては実に杜撰な計画であったが、向こうも一筋縄ではないらしい。しかし、そのおかげで同盟軍はチャッカンマ奪還をしやすくなったのでうれしい限りである。
とはいえ当然、まだチャッカンマには連合軍の防衛部隊がそれなりに駐留しているが、その主力はオースノーツ連邦のような連合軍の主要構成国の軍ではなく第二線級の国の部隊が置かれていたため、同盟軍はこの作戦の実行に踏み切ったのだった。
既に海では同盟軍の混成艦隊計六十二隻がわずかニ十隻そこらの防衛艦隊を撃滅しており、海軍陸戦隊や水陸両用ALが海岸から侵攻を始めていた。そしてこれから行われるのは空軍による攻撃である。
まず空軍は海軍航空機部隊と連携し民間人居住地域を極力避けつつ敵基地を爆撃、そこに空挺部隊を投入し蹂躙する。少し遅れて陸軍が残りの敵を掃討するという算段であった。
もう三日も前からピリリ基地から大量の爆撃機と戦闘機がせわしなくいったり来たりを繰り返しており、パイロットや整備士たちに疲れが見え始めていたものの、彼らの目には戦闘の炎が燃えていため、攻撃は衰えを見せなかった。皆、劣勢の同盟軍が連合軍に一泡吹かせられるこの機会を待ち望んでいたのだろう。事実、シェーゲンツァートなど同盟軍の本国ではチャッカンマ奪還作戦の報道が大きく取り上げられ国民の士気高揚に一役買っていた。
何十回目かの爆撃機隊の出撃を終え、ここで一区切りにし空挺部隊の出番が回ってくる。ジェイゲルグ他数機種の空挺降下可能な輸送機が滑走路へと進んでいく。リンドたち第四小隊が積載されている二機のジェイゲルグは真っ先に飛び立つため、もう既に滑走路上で加速を始めていた。五本ある滑走路からほぼ同時に二機のジェイゲルグが飛び立つ。膨大なペイロードがあるとはいえ、長期戦を考慮し重装備を施された五機のALを積載しているため些か鈍重な離陸をしており、どこか危なっかしいのは本当にペイロードギリギリまで物資を積載しているためであった。一番機にはボルトラロール、ジュードル、テルペヴィラ機が。二番機にはヴィレルラル・リンド機が載っており、また両方に武装や予備弾薬の詰まったコンテナが同時に積載もされている。AL用ロケットランチャーに機関砲、予備の突撃銃、グレネード、重火器の予備弾薬の他、他部隊に分けられるほどパイロットたちの余分な食糧・医薬品も詰め込まれていた。これらコンテナは持ち運ぶことも出来るが、驚くべきことにコンテナには自前の脚部がついており、機械制御で部隊に追従するのだ。
まだまだ運用初期段階ではあったが、現場からの評価はそれなりであるらしい。
また、これら予備武装だけでなく、機体自体にも追加で装備が為されていた。それは砲ヴァルや重ヴァルだけではなく、指揮ヴァルや中ヴァルも同様で、通常なら重ヴァルなどに装備されるロケットランチャーや追加の機銃、腕部キャノンなど最早五機全機が重ヴァルと言っても過言ではないとすらいえるほどに。
ボルトラロールたちは大した防衛部隊がいないはずのチャッカンマ奪還作戦にしては装備が過剰過ぎないかという疑念があったが、司令部が勝利を確実にしたいがためのものだろうと考え追及することは無かった。
国境を複数越えるという長距離の輸送であるため、護衛には重戦闘機隊が追随しており、前半部分はシェーゲンツァート空軍の二発式のラッタール重戦闘機が、後半の輸送機にはガイドリア共和国連邦のウィンザード対空戦闘機が構えていた。ウィンザード対空戦闘機は通常の戦闘機とは異なり格闘戦を行うのではなく機体に六基搭載された対空機関砲を用いて迫りくる敵戦闘機やロケットなどを撃墜するためのいわば対空用ガンシップみたいなものであった。空の要塞ともいわれるこの機体が防衛についているのなら安心であったが、問題はこの機体は複数の機関砲とその分の弾薬を搭載している関係上重量が嵩み、大型機でありながらあまり航続距離がなく、今回は七割ほどいったところで引き返さねばらないという欠点があった。そこからは僅かニ十機のラッタールで十機の大・中型輸送機を防衛せねばならなくなる。
ラッタールの各二名ずつのパイロット計四十名に、十五機のAL、八両の空挺戦車、四両の車両、九百余名、輸送機、他装備の命運がかかっていた。そして、同盟軍の命運も。
彼らの手には脂汗が滲んでいた。対空レーダーも、機首の二十㎜連装機関砲も、後方をカバーする回転機関砲も何もかも万全の状態なのは整備士たちを信じている証だった。両翼に抱えた二基のアフターバーナー搭載のターボファンエンジンAFS-DD110の調子も良好である。輸送部隊を置いていかないよう速度を落とし尚且つ彼らの先頭を飛ぶ。
ジェイゲルグのパイロットも、コックピットから見えるラッタールの尾を見てただ頼むと祈るのであった。
飛行開始から実に四時間が経過していた。もう二時間もしないうちに降下予定ポイントへと到達するだろう。リンド達降下部隊員はそれぞれ何度目かの装備のチェックを行っては、不備や故障があってはならないと気を散らしていた。
リンドは機体の重量配分のモニタを見て眉をひそめていた。アルグヴァルは空輸用に通常のALより軽量化を重点的に設計されており、その分装甲も薄くフレームも細い。その上そこに小さく格納するために脚部に簡易的とはいえ変形機構を備えているものだから複雑化し強度が下がっている。重ヴァルも、それ専用にわざわざ重量のかかる箇所のフレームや関節を換装するという本末転倒なことをしてまでようやく動かせるようにしているというのに、強化されていない他の中ヴァルに重武装を施し尚且つこのギリギリの重ヴァルに通常の五割増しで武器弾薬を積んだものだから、重量過多で膝や足首を損壊させないかが不安であった。
無理な着地をすれば確実にイくだろう。
警報が鳴り響き、リンドは我に返った。開いたままのコックピットハッチから顔を外に覗かせているとジェイゲルグの搭乗員が走り回って各所のチェックを行っているのは、既に対空砲による被弾を受けていたからだった。炸裂音が機の装甲を通して伝わってくることから、もう完全に機体は対空砲火の雲の中に飛び込んでしまっているらしい。
<リンド、ハッチを閉じてベルトを締めておけ>
通信機からヴィレルラルの指示が入り、急いでシートに戻るとハッチを閉めベルトを締めた。それと同時にひときわ激しい衝撃がジェイゲルグを襲い後方ハッチが吹き飛ばされたことを知ったのは搭乗員たちが機外へと吸い出されていくのを目にしたからであった。五名の格納庫要員が吸い出され最後の一人がヴィレルラルが咄嗟にALの手を差し出して助けたものの、被害は甚大であった。
機体はまだ飛行可能な状態であったものの、一部が火に包まれ機体は黒煙を引きながら傾いていく。それだけでもかなりの不運であったが、更におぞましい不運がリンドを襲った。
もう一発、機体下部に小口径の対空砲の直撃を受けたジェイゲルグの射出装置が誤作動を起こし、リンドの重ヴァルを乗せた投下用カタパルトが勝手に作動し機外に放り出されたのである。
「うわあああーーー!!??」
何が起きたのか理解できないリンドは、突然目の前にあったヴィレルラルの砲ヴァルの背中が遠のいたと思うと次の瞬間には遠ざかりゆくジェイゲルグの背中と曇り空がモニターに映し出され、ようやく自分が放り出されたのだと悟った。あとにはヴィレルラル機は続かない。そう、彼だけが。彼だけが……
「隊長!ヴィレルラル軍曹!!誰か!誰か応答願います!うわああ!!誰か―っ!!」
応答はない、ノイズばかりが通信機からは聞こえてくる。他の輸送機は対空砲火の網をかいくぐりつつどんどん遠のいていき、代わりに地表はグングンと近づいて来る。装甲に対空砲の破片が当たり、直撃を食らい、重ヴァルは落ちていった。
「誰か!嫌だああ!!」
若い兵士の断末魔の如き叫びが見知らぬ空に空しく消えていった。




