メルディンネ作戦
陰暦1996年6月11日
アストリアス大陸南東部、ここにファイマット・パル・チャッカンマ首長国という君主制国家がかつて存在していた。そう、かつて、つい最近までは。この国は自由同盟に所属していた国だが、一年半前に連合軍の攻撃を受け陥落、その後連合軍の支配下となっていたのだがつい最近になってレジスタンスの蜂起が起きこの国を治めていたオースノーツ連邦から出向していた代理統治者ゼグー議員が暗殺され国内は混乱に陥っていた。
占領からしばらくたっていたこともあり駐留軍の多くが他の戦地に移送されたこともありレジスタンスでも蜂起がしやすくなったため、各地で一斉蜂起が起きたのである。国内は再び戦乱に飲まれ連合軍は再鎮圧のための軍を派遣、対して同盟軍はレジスタンス支援のための部隊を派遣し一気に泥沼の様相を呈していた。
そして、ここに乾坤一擲の一手として投じられたのがほかならぬ第四小隊であった。彼らと他一個陸軍師団と二個AL小隊、その他兵科が他国軍と共同でファイマットの地に降り立ち国家解放のため奮戦を始めることとなる。
隣国にしてアストリアス大陸南部における同盟軍最後の砦、エンジウ王国ピリリ空軍基地から、大部隊を乗せた輸送機が大事な積荷を積むために駐機しているが、今はまだ夜も更けたばかり。まだ飛び立つ時間ではない。飛行は明日の昼、それまで各員は各々体を休ませ運命の時を待っていた。
同盟軍兵士が宿泊する仮住まいの一角に、リンドたち第四小隊の部屋があった。五人一部屋とはいえ、多くの者は個室が用意されておらず基地内の開いたところで寝袋を敷き雑魚寝を強いられているのに比べれば、ベッドも壁も屋根もある彼らは恵まれていると言えるだろう。それも、彼らALパイロットが歩兵たちと比べて価値があるという考えによるものであった。
そんなことも知らず、リンドは部屋で手紙をしたためていた。あて先はもちろんセレーンである。彼は時折恥ずかしそうに手で顔を覆いながらいい文面はないものかと考えを巡らせてペンを握る手を動かしていた。
「リンドォ」
そんな彼にベッドの上段から声をかける者がいた。
「軍曹、なんでありますか」
声の主はジュードルであった。彼はエンジウの郷土料理でありファストフードともいえるサファンという固いパンに野菜や肉を挟んだいわばサンドイッチのようなものを食べ滓を零しながら齧っていた。
「これあんまうまくねえな。塩っ辛い」
ジュードルは顔をしかめて口の中のものを見せてきたのだがリンドは運よく手紙の方に目線を釘づけにしていたので気持ち悪いものを見ずに済んでいた。
「そうなんですね」
「ああ、かてえしな肉もパンも」
確かにリンドが食堂で食べた時も肉もパンも固くて塩辛く、野菜はほぼ入っておらずお世辞にはうまいと言い難かった。その時は外国の料理なんてそんなもんだろうと食文化の違いだとおもっていたが、ジュードルからしてもおいしくないということなのでやはり美味しくないのだろう。二人は当然知らないが、本来サファンはそのようなお粗末なものではなくもっと野菜は多く肉はレアの焼いた肉を挟んでいる水気のある食物であったが、今はエンジウも国内の食糧事情が厳しい状況にあり食べ物の質は数段落ちてしまっていた。国民も軍人も、あまり良いものが口にできていないのである。もうすぐそこまで前線が近づいていれば、当然のことである。既に北部国境付近の町が空襲に遭ったとも聞いている。いつここも焼かれるかわからない。だからこそ明日はスムーズに離陸する必要があった。
「メルシャン(※1)が食いてえなあ」
ジュードルは顔をしかめながらサファンをまた一口齧り、ぼやいた。
「いいですね。でも最近はむこうでもヘラ麦が足りなくなってるそうです」
「マジかよ……とりあえず国に帰ったらばあちゃんのメルシャンをたらふく食うべ」
「ははは」
ところで、とジュードルが話を切り替えたので、リンドはペンを止め彼の方を見上げる。ジュードルの目線はまっすぐ手紙の文面へと向いており、左右に目が高速で動いているのがわかりさりげなく手紙を右手で隠した。
「彼女か?」
「ええ、まあ」
照れくさそうに頬を掻くリンドの頭をジュードルはサファンのクズがついた手で力強くこね回すので、リンドは困ったように頭を除けた。
「俺も入隊してしばらくまではいたんだけどよぉ……なんか自然と消滅しちまってサ。まあでもこんなのよくあることらしいからな」
リンドは体の向きを変えてそのままジュードルの話を聞く体制に変えていると、彼はそのまま話をつづけた。
「一応よ、ここにも女(兵士)はいるからまったく出会いがねえってわけでもねえんだが、大概もう誰かが唾つけてるか手を出しづれえのがあんのな」
どういう意味です、とリンドは尋ねると彼は指先をくるくるとしながらあれだよ、あれ、と。
「いうなりゃ部隊のアイドルってみたいな。同じ隊の野郎どもが目ぇ光らせてんだよ。うっかり手をだしたらボコボコにされかねねえ。お前も気を付けとけよ」
「しませんよ……」
セレーンがいるのだから自分はそんな裏切る行為はしたくないと心に誓っていたが、彼の話を聞いてふと嫌な予感が頭をよぎった。そんな彼の顔が青ざめたのに気づいたジュードルは、鼻を鳴らすと笑って見せた。
「へっ……まあまめに連絡とっときな。特にお前の女は兵士になってんだから周りは男だらけだしよ。それに捕虜になった時もどうなるかね。最悪、覚悟しとけよ」
とりとめのない話をするときと同じ調子で話しているが、内容はとても気が気ではない代物であった。リンドは眉間に皺を寄せて目を瞑り、そんなことがないことを祈っていたが、一度芽生えた疑念は、決して根まで取り除くことなどできない。
思いつめている部下にやりすぎたと反省したジュードルは、枕元から何かを取り出すとリンドの頭の上にポンと置いた。
「やるよ。これ食って元気だせ」
頭に手をやると、ヴィズ(※2)のレーションであった。レーションにしては出来が良く兵士の間でも結構人気であるこれは、彼もあまりお目にかかったことがなく、数少ない食べた経験からすると国内で食べられる本物に八割ほど近い美味しさを再現している、とても素晴らしいものであった。そんな貴重なものをくれたことに彼は恐る恐る尋ねると、ジュードルは彼の方に顔を向けず仰向けになって手だけで返事をした。
「ありがとうございます」
礼を言って封を開けようと開け口に手をかけたところで扉が開き、ボルトラロールたちが入ってきたのでリンドはヴィズをポケットに入れた。
「作戦は予定通り明日の十三時からだ。三十分前には乗っておくんだぞ」
ボルトラロールはサミニューリというこの星で言うタバコの箱を胸ポケットに押し込みながら椅子に腰かけた。
「フルーお前どこ行ってたんだ?」
いつの間にか姿が見当たらなくなっていた最年少の兵士にジュードルが尋ねると、彼はヴィレルラルの方を見て一緒に訓練をしていたのだといった。
「何を?」
「今度の任務で砲ヴァルに(自分のALが)されるんで、その練習を」
「マジかよ、砲ヴァル二機っておいおい」
嫌そうな顔をするジュードルの考えを読み取ったのか、彼の不安を払しょくするようにボルトラロールがそうじゃないと彼の思っていることを否定する。
「単に換装パックが余ってんだ。もうアルグヴァル自体の数が殆どないんだと」
ボルトラロールとしてはジュードルが今度の任務は相当火力がいる任務だと思ったのでその不安をなくしてやろうという彼なりの気遣いであったが、今度は別の不安を植え付ける結果となってしまった。
「つまりもう空挺ALは殆どやられちまったと……」
しまったとバツの悪そうな顔をしたボルトラロールだったが、下手に誤魔化すよりはよいかと腹を括ってそうだと彼の言葉を肯定した。
「知っての通り空挺部隊はかなりの過酷な部隊だ。しかもALとなれば相当無茶な作戦にも投じられるし輸送機もデカく鈍くなるから狙われやすい。残った空挺AL乗りももう数少ないと聞く」
その話に皆の表情が暗くなった。この部隊は比較的損耗の少ない部隊であるが、一度の出撃で文字通り全滅する部隊もある。明日は我が身か、と皆が不安になるのも無理はなかった。
「俺たちは違う」
ヴィレルラルが珍しく声を上げたので、皆彼の方を見つめると彼は自分に視線が集まるのに慣れていないせいかよそに目をそらしながら言葉の続きを述べた。
「俺たちは今まで生き残ってきた……だから次も生き残れる、その次もきっとその次も」
そう口にした彼の目は、まっすぐで真剣そのものであった。だから、彼を茶化そうとする軽薄な兵士はこの部屋には一人としていなかった……
※1 メルシャン:シェーゲンツァートで千年ほど前から形を変えつつ食されている軽食。麦や蕎麦、豆の粉など種類があるが、水で溶いたそれらの生地を焼き、その中に調味料や魚、山菜といった具材を包んだもの。
※2 ヴィズ:キサナデア帝国が起源の甘いお菓子。ミリダリという大きな果実を砂糖と共に煮込んでペースト状にしたものを、型に入れて冷やして固める。ミリダリ自体が通常の果実と異なりみずみずしい果物ではなく、焼く前のケーキ生地のようなどろっとした流動形になるという不思議な木の実で、ミリダリと砂糖があれば火を使わないクッキーのような食べ物が出来る。味や触感も焼く前のクッキー生地といった感じ。




