第2機械化混成空挺師団第4遊撃小隊(2)
彼は続ける。
「自己紹介もそれなりで、早速で悪いが明朝四時出発だ。備えておけ」
「もうでありますか!」
リンドは思わず声を上げてしまった。四時というとあと六時間もないではないか。着任早々部隊での訓練もなしで出撃なんてとてもじゃないがまともじゃない。せめて一度くらい実際にALで訓練をしたいのだが、あと六時間以内となるともうすでにALは輸送機への積載準備に入っているはずである。それでも彼は抗議せずにはいられなかった。
「そんな、せめて合同訓練は出来ないのでしょうか!」
新兵の悲痛な叫びは、無慈悲にもかき消されてしまった。
「お前も訓練教科を一通り受けたのならわかるだろう。もう輸送準備に入っている」
「ああ……」
彼はやはりとため息をつき肩を落とした。そんな彼をそっちのけで隊長と隊員たちは話を再開してしまった。
「クラームへの強襲降下になる。第六小隊と工兵隊も一緒に降りる。補給物資も運ぶがそれは降下前におろしてしまう」
「クラームってマジっすか。あそこは制空権がまだ完全に取れてなかった筈っすよ」
「だからこそジェイゲルグで高速降下を行うんだ。ぱっとおりてサッと片付ける。それが俺たちの任務だ」
「マジかよ……」
こう隊員たちにそそくさと言ってのけたキリルムだったが、彼にはある不安があった。最近東ビゲールス海にオースノーツ軍の空母機動艦隊が出没しているという噂があるからだ。オースノーツの機動艦隊ともなれば、航空爆撃で基地一つ更地に出来るほどの規模があるはずだ。もし作戦中にオースノーツの航空機による攻撃を受ければたった二小隊分のALなど簡単に殲滅されてしまいかねなかった。彼はそんな不安が的中しないよう払拭するように頭を軽く左右に振った。
「お前ら準備してさっさと寝やがれ!」
キリルムの怒号がこ汚い部屋に鳴り響いた。若いシェーゲンツァートの降下兵は腑に落ちないものを腹に抱えたまま、寝床に着いたのであった。
彼らが眠りについたころ、ある海域を航行していた艦隊の空母格納庫で一人の士官がALのコックピットに収まっていた。その士官は柔らかなシートに深く体を預け、目を伏せていた。その人の細い指が丸みを帯びた二本の操縦桿に絡み、優しくそっと撫でる。まだしっかりとツヤを残したそれは、息を吹き込まれるのを待っているかのように静かに正しい場所に鎮座している。一度心臓に火が灯れば、その操縦桿は操縦者の動きをダイレクトにかつ機微に機体に伝え、その巨体を宙に舞わせるだろう。そのワルツを今までに止めた者はなく、通り過ぎた後にはただ厄災に呑まれた残骸が残るのみである。
だがそんな美しい機体とは裏腹に、それを操るこの人は複雑な感情に苛まされていた。目を閉じれば悪夢がよみがえる。かつて目の前で起きたあの惨劇が。幼き我が心に、決して癒えぬ深い深い傷を残したあの事件を。その人が操縦桿を握るのはただ国のためだけではない。少しでも、一秒でもあの時の恐怖を忘れるためであった。そのために、その翼が翻るたびに数百、数千の人間が命を落としていくのだ。人は呼ぶ、死の鳥と……
「特務中尉」
中年の男の声が外から呼んだ。その人はおもむろに瞼を開け、操縦桿から手を放した。
「明日の作戦会議を行うそうです、中佐がお呼びですよ。第二作戦室でお待ちです」
報告した男はすぐに格納庫から去っていった。報告を受けた士官は、ゆっくりとコックピットから出ると、キャットウォークに、小さな音を立てて降り立った。その人は振り返ると、自分の手足となる白き巨大な人型兵器の上半身をじっくりと眺め、やがて向き直り歩き出した。その人が去ると、格納庫には番が少しいるだけの、沈黙が支配する空間が再び訪れた。
クラーム:アストリアス大陸ホーカム=アリーヤ国にあるシュクスム共和国連邦との国境地。同盟側であるシュクスムと連合側であるアリーヤとの熾烈な戦いが続けられている地。土地はおおよそ平坦で西を山岳、東を海に面している。そのためよく海洋戦力も交えた戦闘が行われている。
ジェイゲルグ:シェーゲンツァートの誇る超高速四発大型輸送機。ペイロードは実に280ガトンを誇り時速680キロで目的地へ急行、場合によっては空挺部隊を降下させる。