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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第六章 広がり続ける悲しみと血と
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一本の蝋燭(2)

 三階に待機しているボルトラロールは、大通りを挟んで斜め向かいの建物に隠れている一つ目の班と目が合い、簡単なハンドサインで攻撃を待つように指示した。これがヴィシューカパパ侵攻のときのように、異国の人間とのコミュニケーションであれば誤解が生じた可能性があったが今回は不幸中の幸いというべきか、皆部隊は同じくミレース人であるため、そういった誤解は生まれずに済んでいることを願いたい。

 彼はまた別の方向を見ると、そちらにも仲間の姿を確認できたが、いたのはたったの二人でその周囲に隠れているようには見られず、ボルトラロールの視線を読み取ったのか、向こうの二人は首を横に振るだけであった。

「クソ……」

 もう一班はどうだろうか。指示した場所にはまだ誰もいないように見える。もしかすると足止めを食っている可能性もあるが、その班が向かったのは皆が別れた建物からは他の班に指示した場所の中では一番近いため、ただ遅れるというわけでもないだろう。もしかすると、全滅を喫したという場合もありうる。その場合はかなり厳しいところはあるが、こちらの三名と斜め向かいの三名、そして残りの二名の計八名ぽっちで重戦車三両と随伴する十名ほどの兵士を相手にしなければならない。

 玉砕しに行くようなものだが、ここでやらねば誰がやるというのだ。そう自分に言い聞かせ、腹を括った。彼と他の班員は、元の建物の方に眼をやると向こうの先ほどの砲撃で崩れた二回の瓦礫の隙間から何かサインを送っていたのだが、いかんせん距離があり何を言いたいのかわかりはせず、ボルトラロールは自身のミスに苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。

「見えない……」

 あの時は時間が無く、立ち止まって作戦を良く練っている隙が無かったため、咄嗟に建物を指示したのだが、いざたどり着いてみると元の建物から指示を手で出されても見えるものも見えないのだ。通信機など高価なものを懲罰部隊に持たせてもらえるはずもない。

(だが、やるしかあるまいよ……)

 彼は向かいの一階の影にガリボルが手榴弾とナイフを手に戦車を待ち構えているのを見た。そして二人だと思っていた班も、片割れが二階で肉薄攻撃をしかけようとしているのを確認した。こちらはその役目を負えるものはいないのが心苦しいが、仕方があるまい。

 彼はそっとベランダにつながる窓を開けると、しゃがんだまま際まで移動しつつライフルの先だけを下へと向けた。彼の動きに呼応して、他の班員も同じように各々銃を構え、またそれを見たジュードルとリンドも、窓を開けてそっと銃口を下げた。

 バザモの一両目が彼らの前を通過し、二両目が差し掛かった時だった。彼は左手でベランダの柵越しに合図をした。一斉に引き金が引かれる。上方からおびただしい量の銃弾が随伴歩兵たちに浴びせられ、あっという間に七名がその場に倒れたが、残りの三人は建物に逃れるか戦車の影に入り込むかして逃してしまった。敵は上から攻撃が来たことはすぐに理解したのだが、両サイドから狙われているため迂闊に動けず、また戦車のほうも、あまりに距離が近すぎ砲の仰角が全く足りていないため、その自慢の火力で懲罰部隊を吹き飛ばすことも出来ずにいた。

 そのため、一旦下がって距離を取ろうとする最後尾の車両が後退を始めたが、そこに二階から一人が飛び降りてうまく車体の上に着地すると、手榴弾のピンを抜きハッチを開けて放り込むと素早く戦車から飛び降りた。

 彼はそのまま別の建物のショーウインドウに突っ込むとまんまと逃げおおせ、それと同時に戦車内で小規模の爆発が起き沈黙した。通気口からは黒煙が上がっており、誘爆の危険性を考慮して、生き残った随伴歩兵も近寄ろうとはしなかった。

「敵を牽制し続けろ!」

 ボルトラロールが吼える。まばらではあったものの絶えず歩兵に向かって銃を撃つことで、彼らをその場に釘付けにしておくことに成功している。そうしているうちに痺れを切らしたのか、一人の兵が飛び出した瞬間に、リンドの放った銃弾が、丁度その兵の眉間を撃ち抜いた。立ち上がった瞬間にこと切れた兵士の体はそのまま勢いを保ちながら崩れ落ち、倒れた死体の後方には赤黒い塊の混じった血溜まりが噴射されたように広がっていた。

「うっ……殺したのか……俺」

 初めて自覚して人を殺した。ここにくるまでにも懲罰部隊に入れられてからは引き金を引いてきたが、半ば適当に撃っていたため、こうして人を実際に殺したという実感が無かった。先ほどの女兵士と合わせて気分の悪くなったリンドは、ついついその場にへたりこんでしまった。

 今まで何十人の兵士を殺したかは知らない、きっと重ヴァルの一斉射一度で百そこらは死ぬだろう。たった一人の兵士を殺したところで、それらと比べると比べるまでもない数字なのはわかる。だが、殺害をはっきりと行い、そして目の前にあるという認識ということになれば、それはまた話が違うのだ。

(落ち着け、落ち着け……俺は兵士だ、殺さなきゃ……殺さなきゃいけないんだ!) 

 そう言い聞かせ、頬を叩いてもう一度下を覗き込むと、先頭車両にガリボルが影から吶喊していた。本来なら斜め後方からグリルに向かって突っ込むべきであったが、二両目がまだ健在であるため後方に回ると二両目から機銃を受けてしまう危険性があったためやむなく側面から突っ込んだのだ。実際彼の判断は正しく二両目が彼の存在に気づいたときには既に先頭の影に隠れてしまいそれ以上視認することはできなかった。

「ふんっ!」

 うまく先頭車両の機銃の横に張り付いたガリボルは二つの手榴弾のピンを立て続けに抜くと順にグリルの上に落ちるように放り投げた。そうするとすぐに彼も反対側へと離脱したのだが、随伴歩兵から逃れることはできず、彼は横合いから銃撃を受けて倒れてしまった。しかし、彼の勇気は無駄ではなかった、放り投げた二つの手榴弾の内二つともがバザモのグリルの隙間にはまると、爆発を起こし排気系に異常を起こしたバザモは停止し、炎上し始めた。どうやら爆発が燃料系にさかのぼり内部を破壊したらしい。

 そこまでは良かったが、その炎上しつつあるバザモを眺めていたリンドは自分が愉快な気持ちでそれを眺めていたことを後悔する。彼の視線の先で、バザモのハッチが開いたかと思うと、二人の兵士が燃えさかる炎に身を包まれながら這い出てきたのだ。

「アアアアーーー!」

 命の必死の叫びが敵兵から発せられていた。彼らの顔は恐怖と苦痛に満ち溢れおり、二人の戦車兵はそのばにのたうち回っていたのだが、炎が消えるよりも先に彼らの動きが止まる方が早かった。二つの、つい今しがたまで生きていた人間がピクリとも動かないまま炎に焼かれ続けているその惨たらしい光景を網膜に焼き付けられたリンドは、吐き気を催しその場に嘔吐した。大したものも食べておらず水ばかりの吐瀉物が、ブーツとズボンに撥ね返るが、そんなことを気にかけている精神的余裕は今の彼には無かった。

「ううっー……ふうー……」

 今まで見てきた戦争は、なんだのだろうか。彼は自問する。モニタ越しではない、本当の戦争を目の当たりにしたリンドは、恋人の名を口にしていた。

「せ、セレーン……助けてよ……これが戦争なのかよ……」

 戦いはまだ始まったばかりだ。

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