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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第六章 広がり続ける悲しみと血と
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炎の翼は憎しみに燃ゆ

「ヴィエイナ様、お食事のご用意が出来ました」

 自室に備え付けの電話に、使用人からの連絡が入ったのでヴィエイナはベッドから起き上がると一階にある食堂へと向かった。コートと防寒具を脱いだ以外は外着のままであるが、今日は誰かしらが訪ねてくるとも聞いていないので、正装をする必要もないだろう。

 食堂につくと彼女はかつて自分が使っていた席につく。ここは家族五人分の席しかない小さい食堂で、招待客がいる場合やパーティーが催された際に使用される大食堂は少し離れたところに位置している。ここは、本当に家族だけの空間なのだ。既に父は席についており、料理が運ばれてくるのを電子パッドでスケジュールを確認しつつ待っていた。

「ん、来たな」

 フィグリーマは気配に気づき顔を上げヴィエイナも席についたことを確かめると、食卓に置かれている丸い金属の球体を手に取ると、軽く振った。ヴェンチと呼ばれるこの球体は、中に多角形の金属の小さな塊が大体二つから三つ入っており、これが振られると中の塊と外の球とがぶつかり合うことで高い音を立てる。これがこの国の呼び鈴のスタイルとなる。

 音が鳴ると、一分ほどでヴィエイナが入ってきたのとは別のドアが開き、一人の飾りっ気のないメイドがカートを押して食事を運んできた。

 運ばれてきたのは山の幸を使ったベニペチというサラダで、アオマリガやオオマキツルといったこの冬が旬の山菜などが、それに合うように配合されたドレッシングに和えられていた。子供のころはこの類のサラダはあまり好きでなかったのだが、今は割とイケる口になっていた。サラダに加えて食前酒であるガルト・ダータも小さな色付きグラスに注がれて供された。

 二人は黙って食前酒を煽り、サラダを食べ始める。会話は生まれず、ただカトラリーと食器とがぶつかる音ばかりが、小さな食堂に反響する。互いに何を喋ればいいのかが、わからない。そうしているうちに、前菜のキミュー鳥の塩和えが並べられる。こうした家族らしい団欒など、遥か昔を最後にヴァルソー家ではなかった。あの日を皮切りに。

 あの時、ヴィエイナは言葉を失い兄たちも心に深い傷を負った。そしてフィグリーマもまた、暖かな心を長きにわたり失うこととなった。故に、今こうして昔を再現しようとしても今更という他無かったのである。それでも、どうにかフィグリーマは口を開き、娘とのコミュニケーションを取ろうと模索する。

「……ヴィエイナ」

「な、何……」

 急に名を呼ばれたヴィエイナは、口から飛び出しそうになった鶏肉を手で隠し動揺を見せながら返事を返す。

「ああ……えー……軍はどうだ。……ALで随分と名を馳せているようだが」

 フィグリーマはなんとか人づてに伝わってくる娘の活躍を思い出しながら言葉を紡ごうとするが、いかんせん難しい。

「えっと、そう……なんとかやれてるけど、うん……」

 一方それはヴィエイナのほうも同じようで、上手く言葉を返すことが出来ずにやきもきしていたのだが、やはり、結果は変わらない。

 気づけば、主菜も過ぎ終菜が並べられていた。この国ではコースの終わりはデザートの前に終菜といういわばシメのような軽く口をスッキリさせる小料理が出されるのが決まりである。

 終菜の酢の物を食べ終えると、今度はデザートが運ばれてくる。それは、ヴィエイナの子供の頃の好物であったセキュラウ・バンニェといういうなれば卵と砂糖、甘い香草をふんだんに使ったプディングの一種であった。子供の頃は食事の終わりのデザートに、これが出てくる日が楽しみで仕方がなかったのだが、成長して味覚が変わってからはもうあまり楽しみにすることもなかった。

 しかし、自分の帰ってきたタイミングでこれが偶然出てくるのは奇跡的ともいえよう、いや、もしかするとこれは父の計らいなのだろうか。ヴィエイナは父の方に顔を向けると、彼は小さなスプーンでバンニェを黙々と食しており、彼女の方を見ようとはしなかった。なんだ照れくさいのと、父が実は自分が思っていたよりも家族のことを気にしていたのだということを知れたのとで、彼女はつい表情を隠すように俯いてしまった。

 地球のカスタードプディングとは異なりカラメルソースが使用されていないため、黄色一色の滑らかな表面にスプーンをさしこんで、掬う。エッジを際立たせて切り取られた小さなかけらを口の中へと入れると、滑らかかつ、少しざらつきの残る独特の舌触りに懐かしさを覚えつつ、その濃厚な甘さを享受した。

 そんな娘の和らいだ表情に気づいたフィグリーマは、この機会を逃すべきではないとすぐに行動を移そうと口を開いた時であった。

「お食事中失礼いたします、たっ、只今旦那様宛にご連絡が入りました」

 突如、使用人長のザダーリオが現れる。

「どうした、今でなくとも……」

 せっかくの機会を潰されてしまったフィグリーマは不機嫌そうにザダーリオの方へと顔を向けるが、彼自身もわざわざ使用人長であるザダーリオが連絡の伝達などという小間使いの仕事をするくらいなのだから、それなりの重要かつ緊急の連絡事項であることは認識していた。それに、彼の酷く動揺した姿を見れば。だが、それは彼やヴィエイナが予想していたよりも遥かに衝撃的な報せであった。

「海軍局よりの……緊急連絡で……さっ、昨晩二十二時十八分……ジェルザイム様の乗艦されておりました戦艦ゼラー=ニエマイオが……その、バースリンガリンガ沖にて、沈没……とのことで」

 スプーンが、甲高い音を立てて床で撥ねた。ガタガタと椅子を揺らしながらフィグリーマは恐る恐る立ち上がると、目元に手を当てふらついた。咄嗟にヴィエイナとザダーリオが駆け寄って手を貸すが、彼の動揺は激しく崩れ落ちるように椅子にもたれかかった。

「本当か……」

「……はい、攻撃によって火薬庫の誘爆と思しき大爆発を確認、乗員の脱出の間もなく……沈没したとのことであったと……」

「ああ……」

 フィグリーマは再び力を失った。戦艦の火薬庫の誘爆がどれだけの規模かは海軍の出であった彼自身が良く知っていた。二十八年前、まだ現役で現場の乗艦任務についていたころのことであった、彼の幼馴染であった友人が乗艦していた戦艦ディバルディーが突如火薬庫の誘爆を起こし一瞬にして轟沈、一人の生存者も出さずに泊地にて隣接して停泊していた巡洋艦セプラリオンを巻き添えにして沈没した苦い思い出があった。

 それに、ジェルザイムは第一砲塔で砲術士官を務めているのだ、その爆発が第一砲塔か第二砲塔で起きていたとしたら、まず生きてはいまい。せめて第三砲塔でその爆発が起き、脱出の時間が少しでも残されていたのなら、と祈るばかりであった。

 そして、ヴィエイナもまたかなりの動揺を強いられていた。ジェルザイムは八つ年の離れた長兄で、小さい頃はよくかわいがってもらっていた記憶は今も新しい。その後の兄弟仲は以前ほどの良さではなかったものの、かといって喧嘩するでもなくかといって連絡をとるような間柄ではなくなったが、兄弟であるという意識はまだ持っていた。

 今はただ、生きていることを祈るしかあるまい。もし、死んでしまったのなら仇を討つのが軍人として、オースノーツ人として、そして兄妹としての責務と言えよう。ヴィエイナはザダーリオに尋ねる。

「交戦していた国は」

「えっ、ああはい……シェーゲンツァート帝国を主軸とした混合艦隊とのことで」

 シェーゲンツァート、その名を聞いた途端彼女の眼は猛禽類の如き鋭い眼へと変貌した。

「そうか、ありがとう……お父様をお部屋に」

「はい、既に呼んであります。エドリオ医師にも連絡済みでございます」

 主治医も呼んである、流石は長年この家の諸事を司っているだけのことはある。ヴィエイナは震える手を抑え込みつつ父をザダーリオに任せると、駆け付けた他の使用人と入れ違いで部屋を後にする。

 全員が軍人である以上、誰か一人が欠けることくらい覚悟はしていた。父も昔弟を失ったと祖父から聞いたことを今でも覚えている。だが、だとしてもハイそうですかと受け入れるわけにも、なよなよしく涙を流して臥せるわけにもいかないのだ。ただのそこらの貴族の女であれば、そうしているしかなかったであろう。だが自分には力がある、船一隻や二隻くらい沈められる強大な力が。

 ヴィエイナは足取りも勇ましく自室へと支度をしに戻った。

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