終わりなき牢獄(2)
ぎこちないながらもリンドたち混成軍は進む。ほぼ全員が初めての雪に悪戦苦闘しているシェーゲンツァート軍と異なり、ある程度雪の降るエルトゥールラ軍の兵士たちは足をとられてはいるもののおおむね他国の軍隊と同程度の雪上進撃速度を維持していた。軍事で名を馳せるシェーゲンツァート軍も今回ばかりは足を引っ張ってしまっているようだ。
そんな中、リンドはコンソールの表示がおかしいことに気づき何度か機体状況をチェックしていた。
「あれ……三十番サーボがおかしい」
機体状況を表す表示には、右足首にある三十番サーボに異常があるということなのだがまだ基地を出てそこまでの距離は歩いておらず、これに異常がでるのはもっと一週間や二週間も歩き詰めな状態にでもならない限りはありえない。おまけにそのすぐ近くにあるオイルチューブにも何らかのエラーが出ているのだが、専門用語も専門用語であったため彼には理解が出来なかった。これは報告すべきかと思ったところで突然その表示も消えてしまったため彼は報告は止めてコンソールを戻すとそのまま任務に意識を戻した。実は、他の機体にも同じように各所にエラーが出ていたのだがリンド同様すぐに戻ってしまったためただのよくある誤表示だと片付けてしまっていた。
〈総員、待て〉
ボルトラロールが部隊を停止させた。一体どうしたのだろうかと兵士たちは武器を握り身を低くする。
〈どうしました、隊長〉
ジュードルが突撃銃を構えて左方を警戒しつつ尋ねる。
〈あれは……ベザーナン隊、偵察をあの枯れ木立の始めの方に出してきてくれ〉
〈了解……二号車見て来い〉
シェーゲンツァート軍の機械化部隊から一両の軽装甲車が前に出て彼の指示した場所へと雪をかき分けて轍を作りながら進んでいく。彼は何を見たのだろうか、その答えは二号車からの報告で判明する。
〈こちら二号車、戦闘の跡のようです……熱は引いてますね、装甲車の装甲が手袋を通して指を凍らせてきますよ〉
ボルトラロールが見たのは戦闘があった痕跡のようだ。しかし、ただそれだけで部隊を止めるはずもない、なにか理由があるはずだ。
〈ということはいくらか前の戦闘か〉
と、ジュードルは考えたのだがボルトラロールはそうではなかったようだ。
〈いや……二号車、どこの軍のものかわかるか〉
十秒ほど後、
〈えーっと、これはわが軍のものではありませんね〉
だとすると、キッテマンのものか、或いは敵軍のものか。彼が悩んでいるとモニターの端にメッセージが表示されたので送り主を見るとエルトゥールラ軍のALの隊長機からであった。この混成部隊のエルトゥールラ軍はAL四機と六両の装甲車、そして一個中隊の人員を動員していた。その中のAL部隊の隊長であるビト少尉からオーラン語でのメッセージが送られてきており、それはコンピュータが自動的に翻訳してキラロル語で読むことが出来た。ALのシステムを介することで異なる言語話者同士でもコミュニケーションをとることが出来る。
メッセージには短く、
部隊の識別を表す表示の写真を撮って送ってほしい。
とのことで、さっそく彼は偵察中の隊員に何らかの識別表示がないかを探させた。
〈ありました……送ります〉
隊員が撮った写真がボルトラロール機に送られた後彼はそれを添付してビト少尉へと返信した。間もなく、更なる返答が届きエルトゥールラ軍所属の装甲車であることが判明する。
そしてメッセージにはこう続いた。
これは三日前消息を絶った歩兵連隊所属の車両。
これでどこの部隊の物かということは判明したが、彼の気になるのはこの地域で戦闘が起こったということだった。上から聞いた限りではこの周辺に敵の基地などはなく残存する部隊はないはずで、こんなところで彼らが戦闘に出くわすはずもない。だが、現に一つの部隊がここで斃れ壊滅している。ということは、考えられる可能性としては敵が隠匿していたか、移動してきた。或いは考えたくはないが上層部にスパイが紛れ込んでおり、リンドたちを陥れるために偽情報を流したが、運悪く待ち伏せにかかった味方が遭遇してしまい撃破されたのが杜撰な後処理のためか表に露呈してしまったかまたは別の何かが……
〈部隊が密集してる、少し離そう〉
敵が潜んでいる案を第一に考えたボルトラロールは、部隊にもう少し互いの距離を離すように伝えるとAL部隊を前面及び外周に配置し車両、歩兵と順に内側に置いてALを盾とする形で陣形を組み直すとそのままの針路をとって侵攻を再開した。
本当に何もない白い平原、高性能集音マイクが遥か遠くから響いてくる重砲の音を拾ってくるばかりで偵察機も飛ばない澄んだ空気は、兵士たちの肌をキリキリと締め付けていた。何者にも遮られることのない風が彼らの肌を撫でつけて体温を奪っていく。今はまだ雪が振ってはいないが、いずれ降ればよりその辛さはますのだろう。
やがて彼らは例の木立へと差し掛かるとより一層警戒を強めて入っていった。普通ならこの怪しい木立を避けて通るべきなのだがこのルートを取った場合ここを通らざるを得なくなってしまう。木立のすぐ西には隣接して凍ったアチ湖が大きく広がっており、東側には元のルートよりもいっそう足場の悪い地帯が広がっているのだ。また木が生えている場所は地盤がしっかりしているためALのような重量物でも安心して通ることのできる、そう言った事情故にここを通らざるを得ないのである。
早くもこのルート変更を後悔していたボルトラロールであったが時すでに遅し、今後戻りをして元のルートを進んだら作戦の計画はより一層遅延してしまいヴィシューカパパ侵攻作戦が綻んでしまうのだ。全軍に影響を与えるという危険性を恐れた彼の失敗であった。
木立の中を見れば、本当にこの場所で戦闘があったことがよくわかる。雪で地面の戦闘痕は隠せても、その周りに立っている木々の傷は隠せない。何本もの木々に弾痕や火にあぶられた跡が残っているのが高性能なカメラのおかげでありありと見て取れた。
「うーっ、冷えてきたぞ」
リンドは寒さを感じ始めたので空調を弄り室内温度を上げる。すぐに暖かな空気が送風口から送られてきて体を温めてくれ、その温度に彼は心地よさのあまり顔が綻んでしまう。それにしても、空調は問題ない筈だがどうして急に寒く感じ始めたのだろうか、室温計も正常な数値を示しておりどこかから隙間風が入りこんでいるというわけでもなさそうだ。さっきのサーボといい今日のアルグヴァルはどうも調子が良くないようだ。
部隊は木立を抜け凍ったヴィジュラーキ河の氷上を渡河しようとしていた。まず最初にエルトゥールラ軍のALベザン三式の内二機がブースターを吹かして対岸まで飛び越えていった。続いて一部の車両を戦闘に歩兵部隊がその少し後方を慎重に渡っていく。滑る氷の川面に車両はスリップし兵士たちも何度も足を滑らせながらも半分が渡り切っていた。途中でそこから下流の川が浅く狭い、ほぼ完全に凍っていると思わしき場所をジュードルとフルーの中ヴァルが氷を踏み砕きながら進み、川底から一m弱が凍っていないながらもALが安全に渡れることが分かったので重たいリンドとヴィレルラル機はそちらへ迂回していく。
部隊も半分ほど渡った頃だろうか、近くで爆発音と共に風を切る音を全員の耳が捉えていた。
〈ほうげーーき!!〉
ボルトラロールが瞬時にスピーカーに切り替えて叫ぶ。直後、五発の砲弾が立て続けに渡河中の部隊のすぐ近くに着弾し二発が河に着弾、氷を割って十名ほどの兵士が崩落に飲みこまれた。




