終わりなき牢獄
4月の始め頃であった、第四遊撃小隊が再び異国にて熾烈な激戦を経験することになるのは。
サルマガル大陸南部における自由同盟所属国キッテマン社会主義共和国と同じく同盟国である、隣接するヴィシューカパパ社会主義共和国であった国土は既にオースノーツ連合によってほぼ制圧されており、現在両国の国境付近にてせめぎあいが続いていた。
今のところはキッテマン側が旧ヴィシューカパパ領に九十kmほど進出しており戦況は比較的良好と言え、その勢いを後押しするためにシェーゲンツァート軍とエルトゥールラ軍が派遣されることとなったのだ。海路によって運ばれた兵力はシェーゲンツァート軍がAL一個中隊、戦闘工兵二個連隊、一個機械化師団、二個歩兵師団。エルトゥールラ軍はAL四個小隊、AA一個師団、砲兵一個師団、戦闘ヘリ三個小隊、武装補給部隊が動員されている。その他整備兵なども含まれている。
シェーゲンツァート軍が派遣したAL中隊の内一個小隊がリンドの所属する空軍の空挺部隊であった。残りの四小隊は陸軍のルスフェイラで編成された部隊となっている。
彼らは陸路で果てしない雪原を進撃する、一年を通して温暖な気候であるシェーゲンツァートの人間にとっては、このように一面が雪に覆われた世界は物珍しく始めは寒さと雪とにはしゃいでいたのだがすぐに雪と寒さの恐ろしさを思い知り士気はさっそく下がり始めていた。
ヴィシューカパパのカッシュ平原を、九機のALと約二十両の装甲車両、四両の戦車、そして多数の人間が雪をかき分けて進んでいた。アルグヴァルはいつもの灰色の塗装ではなく、白い冬季塗装が施されておりまるでその寒さに鋼鉄の装甲が打ち震えているようにも見えた。だがそう見えるのに反し、機体は稼働の熱で周囲の雪を溶かして湯気を上げているのだった。
リンド・オーセス軍曹は、四機目の重ヴァルのコックピットの中で自分の前を行く中ヴァルの背中を見つめながらペダルを踏み続けていた。彼の前の中ヴァルを動かしているのは新しく配属されたフルー・テルペヴィラ上等兵、先の戦いで戦死したスライ曹長の分の補充要因である。
彼が上等兵のことを気にしているのには理由があった、まず一つ目にその階級である。スライ曹長は階級故に副隊長として部隊を引っ張っていたのに対しその補給に隊で一番階級の低い兵士を連れてくる時点でおかしい。だがもっと気になることは次である、その階級からも察せられるかもしれないが、テルペヴィラ上等兵は若いのである。そう、隊で一番若いリンドよりもさらに。
シェーゲンツァート南東部、ベルツァニカ出身のテルペヴィラ上等兵はなんと十六歳。リンドですら十八で軍学校を卒業したというのにそれよりもさらに二つも若いのだ。戦争でどんどん兵士が足りなくなっているという現状を嫌でも突き付けられる。リンドの時点で既にキリルムたちは嘆いていたというのに、もしキリルムやスライがこの現状を目の当りにしたらなんというだろうか。リンドだけでなくジュードルやヴィレルラルもその気持ちで一杯であった。彼らに出来ることは、まだあどけなさの残る新兵の彼を精一杯経験と装甲で守ってやることくらいである。
雪の眩しさに、モニタの明度を少し弄っていたところに、すぐ斜め前を行く装甲車の一両が雪にはまってスタックしているのが見えた。どうやら雪で埋まっていて気づかなかったようだがその車両が通ったのは落ちくぼんだ古代の川の跡のようだ。その分雪が高く積もっていたため重たい車両は沈みこんでしまったらしい。
ALならそのまま足をあげれば脱出できる段差でも引っかかってしまう車両にわずらわしさを覚えつつも、彼は周りの兵士にどくようにスピーカーで伝えると、マニピュレータでそっと車両のお尻を押してやった。
装甲車は窪みから脱出でき、ドライバーと機関銃砲塔のガンナー、そして周りの兵士は手を振ってくれたので彼も口元を緩めて満たされた気持ちになり少しばかり気を持ち直して再び歩き始めた。
〈おいフルー〉
ジュードル軍曹が真後ろのフルーに話しかける。いかつい先輩兵士に突然話しかけられたフルーは驚いて言葉をあたふたさせながらもなんでしょうかと返事を返す。
〈お前は雪は大丈夫か?〉
〈え?ゆっ、雪でありますか?……えっと、おじい、祖父母の家が山にあるので年末に行ったときはたまに……〉
〈そうか、俺は雪は初めてでよ……スライもそうだったはずだ……きっとな〉
その名が出ると、一気に隊の雰囲気は暗く落ち込むが、それを配慮できるほどまだジュードルの傷はいえてはいなかった。この部隊に配属になってからというものずっとヴィレルラルを含めて三人で行動を共にしてきたいわば血のつながらない兄弟のようなものであった。本当の家族とですら経験してきたことのない死地を潜り抜けてきて彼らには、本当の家族とはまた別種の絆というものが結びついていたのだ。
そんな重苦しい雰囲気をどことなく感じ取れるようになってきているフルーは、どう反応すればいいのか戸惑い言葉に詰まっているようで、ああとかえっととかいう呻き声のようなものが、通信機の向こうから微かに吐息と共に漏れていた。
「こいつはなんだか長くなりそうだなあ」
果てしなく続く、遮蔽物の限りなく少ない白銀の平地を眺めながらリンドはそうしみじみぼやいた。
内陸部にあるこの地域は海からは遠く離れている。ならばあの白いALが現れる可能性は限りなく低いと言えるだろう。そう言える根拠としては、同盟軍の様々な手を駆使した調査により例のALは海軍の空母搭載機であることが判明したのだ。流石にどの部隊のどの艦か、そしてパイロットまではわからずじまいではあったものの、それは大きな進歩でもあった。あのALが重要な作戦に介入してくるのを防ぐにはオースノーツ海軍の空母艦隊が遠いかあるいは艦載機の届かぬ内陸部にて軍事行動を行えばいいのだから。
とはいっても、そううまくなんでも思惑通りに運ぶわけもないのが世の常ではあったが、今回ばかりはないものと信じたい。
重たいとはいえ、こういう時車両や人間と異なり不整地においては無類の移動力を発揮することが出来るALから、AL以外の兵器の進行速度が落ちていっているのは明らかであった。また、戦車のキャタピラはその不整地走破性をいかんなく発揮しており、車輪の嵌ってしまっている装甲車両の横をカタカタと音を立てて独特の轍を刻みながら追い抜いていく。その上にデサントしている兵士たちは凍てつく冷たさに身を震わせながら互いに寄せ合って、戦車の稼働熱を出来るだけ得ようと密着していた。
〈これは次の地点まで時間がかかるな〉
作戦の遅延を気にしているボルトラロール少尉は、コンソールに表示した周辺の地図と地形図、気象図とを照らし合わせて取るべき進路を割り出していた。このまま本来のルートを進めばいつまでもスタック地獄から抜け出せないであろうが、これより少し北西へとずれることで地盤の固い土地を進むことが出来、そこなら車両のスタックの確率も減るだろう。
〈全部隊に告ぐ、これより進路を十一度西へとずらしてサテル原野を通る〉
そう部隊に告げると了承の旨の返答が震える声と共に返ってきた。反論も意見もなく承諾された彼の指示の通りに部隊は進路をずらしていく。だが、これがいけなかった。この変更が彼らをより危険に陥れることになるとはこの時まだ誰も予想していなかったのである。
この原因は、彼らが戦闘経験の多い兵士で大多数が形成されていたがその代わりに現地のキッテマン人が少なかった。そのため積雪したこの地域の地理に疎い人間が多かったため意見をされることがなかったのだ。こうして戦闘経験は豊富ながらも積雪地域の実戦経験は素人という捩じれた集団はより深みへとはまっていくこととなる……




