もしも
自然と早足となってしまったが、マキアは小走りでついてきてくれた。聖女が追いかけてきていないことに安堵し、そっと手を離す。
「あっ…待って」
「マキア?」
離れようとした手をマキアの小さな手が引き止める。珍しい態度だ、アルフェンスの手を包み込むようにそっと撫でる。温かい仕草に、ささくれだった心が和ぐのがわかる。
「あの、アルフェンス様、怒っていますか?」
「…聖女は、俺の母親と同じだ。“気味が悪い”と血の繋がった子を見捨て、一度も見向きもしなかった母親と」
気が付けば、口が勝手に開いていた。吐き捨てるような言葉は、心底反吐が出る。
アルフェンスは気が付いた、自分の目が普通ではないから、愛されないのだと。だから、魔法で自分の目を作り出した。それがたとえ虚像でも、幼きアルフェンスにとっては、真実だった。
その努力や決意を全て見なかったのは母。
全てを受け入れると言ったのは聖女。
二人の何が違うのだろう。彼女らにとってアルフェンスは、そういった哀れな者なのだ。永遠に変わることのない、だから、何も見ていないのだ。一度だって、アルフェンスは、許されたいと、言ったことも、思ったことも、ない。
「“可哀想”と決めつけ、俺を縛り付けるな!」
先ほど言いたかった言葉を投げ捨てる、アルフェンスは王子だ、聖女相手の暴言は禍根を残すだろう。
哀れみを持った慈悲、其れを素直に受け取ることは出来なかった。少なくとも幽閉後のアルフェンスは“普通に”生きてきたのだ。その全てを否定され、無かったことなど出来ない。
でなければ、アルフェンスは不幸なのだ、と認めてしまう。
「アルフェンス様」
か弱い、震える声。怒気に当たっても、離れることもなく。
「泣いて、くれるのか?俺の為に」
ぽたぽたと落ちる滴は、二人の手に落ちてくる。
おそるおそる触れられる頬、指先が糸をなぞる。恐怖心を抱いている筈のアルフェンスの“呪い”に、マキアは慈しむように、壊れ物に触れるように、そっと。
「これは呪いだ。誰からも愛されぬようにと」
王の子に限定されたとは、陰湿で狡猾な。アルフェンスでなければ、絶望に彩られた人生だっただろう。それこそ、聖女の手を何の躊躇いもなく、掴むほどの。
「けれど…これは愛だ。何が大事なのかと気づかせてくれる」
マキアの細い腰を抱き寄せる、さらさらと流れる朱金の髪に口づけ、耳元で囁いた。
「ありがとう、マキア。君が見つけてくれて、本当に良かった」
この目は、ただの呪いではないのは早々にわかっていた。
どんなに頑張っても聖女には解けない類の。
それでも良かった。
半生を既にこの目と共に生きてきたのだから。
それを補うほどの魔力を持っているのだから。
それでも願わずにはいられない。
もし、この目が開くとき。
どうか、初めて見るのは、好きな人の笑顔で。
思いつきで書きたいシーンだけ書いて短編で投稿するつもりが…いつの間にか長くなってしまいました。
当初考えていたラストはこれにて終了です。
でも少しマキア視点も書きたくなってしまったので、続きで投稿する予定です。
人によっては蛇足になるかもですし、補完になるかもしれません。
もう少しだけお付き合い頂ければと思います。
男主人公でタグ付けしましたので、とりあえず完結表記にさせて頂きます。