思惑
魔力が高い者には入学金や授業料免除だけではなく、給付金も出すと特例を出したのは、魔力が高い者を集めたいが為だった。
それはつまりアルフェンスの妃候補にもなりうる存在。
王は考えた、この呪いが引き継ぐ類であれば隣国との結びつきを安易にしてしまうと、周りの国に弱みを暴露してしまうと。
ならば、アルフェンス並みとはいかずとも、魔力が高い者を娶れば、必然的に子もその才能を受け継ぎ、アルフェンスと同じ方法で呪いを隠せるかもしれない。
位が高い者より低い方が家族とも会えず、王にとって都合が良いが、評判が良い王太子に卑しい身分の者を宛がえば、もしかしたら不審や不満が出てしまうかもしれない。
だから学園での三年間で、アルフェンス自身に妃を見つけてもらうしかなかった。本人の希望を許す寛大な王、その役どころをする準備はある。
そんな中、吉報が王家に届く。
アルフェンスには最近お気に入りの場所がある、学園の裏庭だ。鬱蒼とした森が広がるが、しばらく歩けば湖もあり、昼食をピクニック気分で味わいたい人にはおすすめである。昼食を済ませたアルフェンスがわざわざ来るのは、マキアに会えるからだ。
「やぁ、そろそろ見慣れたか」
「…っ、お、恐れ多くて私ごときが、殿下を直視する、など…」
「おや?おかしいな。私自身が許可しているのに、そんな寂しいことを言うとは…やはり私のことなど、マキアは嫌いなのだろうな」
「そ、そんな訳ありません…!」
「なら、殿下と呼ばずアルフェンスと」
「あ…アル、フェンス様」
シートの上でお弁当を食べていたのか、包みを置いた朱金色の髪の少女に声を掛ける。案の定、こちらに目線を寄越しても、アルフェンスの目を見ないように、すぐ俯いてしまうマキア。
ここ3か月ほど、何度も話しかける内に、こうして会話をしてくれるようになった。彼女の怯えた態度は一見すると不敬になってしまうため、こうして人気がないところで会うのが望ましい。
勿論見える範囲にはいないが、周りにはリッツやアイザック、王家の護衛は配備されている。
「やはり、マキアはこの目が恐いのか?」
「あっ…」
平民と同じように、シートの上に座る。どうしても近づいてしまう距離に、恥ずかしそうに身動ぎをした、少女の鼓動は激しくなった。
「大丈夫だ、本当のことを言っても怒ったり、不敬にしたりしない」
安心させるように微笑むと、しばらくの沈黙の後、小さく、頷く少女。
「そう…か」
「あっ、申し訳ありません…!アルフェンス様」
懸命にも言葉を重ねるマキアは咄嗟に名を紡ぐ。慌てる少女に、不思議そうにアルフェンスは首を傾げた。
「自分で正直に話せと言ったんだ。怒る訳がない。気にするな」
くしゃり、と右手で少女の頭を乱雑に撫でる、貴族の娘なら悲鳴をあげるところだが、どこか嬉しそうに目を細めるマキアは、本当に普通の子だった。
何度か会っただけでわかった、彼女は純粋だ、だから動物達に好かれ、こうして森の中でも一人で平気なのだ。
「もう見られてしまったからには言うが、これは生まれた時からの“呪い”だ」
「呪い?」
「そうだ。何故なのか、原因も、解呪の方法も、何一つわかってはいない」
「アルフェンス様でも解けない…?」
「あぁ、下手に解呪しようとすると、王宮が大変なことになる」
「それはつまり?」
「それぐらい強力な呪いってことだ」
にやり、と口角を上げれば、戸惑ったような視線を向けられる、あぁ、彼女はわかっているのだろうか。自然とアルフェンスの顔を眺める結果になっていることを。
「アルフェンス様でも無理だなんて…魔法に長けた者の仕業ですね」
「そうとも言えるし、そうでないかもしれない。それだけの想いがあったのは確かだろうけど」
「…怖い、ですよね?」
確かめるような、鈴の音の声が鼓膜をなでる。
恐ろしいのはこの見た目だ、なのにマキアの口ぶりは悪意に飲まれたアルフェンスの心配さえ伺える。
素直に感情を表現する美徳、其れを本当の意味でアルフェンスは知らなかった。自分の顔でさえ偽りの姿なのだから。
一分一秒でもこの時間が続けば良いのに、らしくない感傷のせいで、胸が疼く。マキアをなんだか見ていられなくて、思わず手を伸ばす。細い腕を掴み、小さな身体を抱き寄せた。
「アルフェンス様…?」
「少しだけこのままで居させてくれ」
くゃりと盛大に顔を顰めると、魔力の糸が引き攣り、痛い思いをする。だから、軽く笑みを浮かべることはあっても、それ以外の感情を顔にのせることはなかった。
けれど今だけはこうしていたかった。
見られたくないから、胸元にいる少女には我慢してもらうしかない。
「大丈夫、ですか?」
されるがまま、少女はためらいがちに、自由な左手でアルフェンスの背中をさする。幼い子にするように。
何故か楽になっていく気分に、落ち着かない。
「…あぁ」
アルフェンスにとっては、一瞬だったが、もしかしたら意外と長い時間が経っていたのかもしれない。
我にかえった瞬間、すまない、小さく呟いて、居ても立っても居られなくなったアルフェンスは、何も告げず、立ち上がり、マキアを残して来た道を戻っていた。
途中合流したリッツが何か言いたそうにアルフェンスの背を見つめたが、特に口を開くことはなかった。