俺はこれから、死のうと思う
俺は今、包丁を持っている。
自分の手首に押し当て、引く。
痛いし、血がどんどん流れ出てくる。
しばらくして、意識が薄くなってきた。
瞼が重くなる。
ベッドに倒れ込み、俺は意識を手放す。
目が覚める。
そこには血が付いた包丁に、血で真っ赤に染まったベッド。
俺の着ている服にも血が沢山ついている。
だが、俺自体には何もおかしなところは無い。
また死ねなかった。
ただ、そう思う。
しょんぼりとしていても何も変わらない。
次だ。
包丁を胸に、より正確には心臓があるだろう所に刺す。
血が噴き出し、ベッドにかかる。
感覚が麻痺し、ベッドにまた倒れ込む。
目が覚める。
ベッドはもうこれ以上血で染まることはないだろう。
それは俺の着ている服も同じだ。
そして俺自体には何もおかしなところは無い。
また死ねなかった。
ただ、そう思う。
次だ。
包丁を首に押し当て、引く。
神経を、断ち切る。
目が覚める。
部屋が真っ赤だ。
俺も真っ赤だ。
ただ、やはり俺自身におかしなところは無い。
次だ。
天井の、横方向の柱に縄をかける。
台に乗ってから、縄を固定し、外れないように首にかける。
台を蹴り、縄に吊られる状態になる。
息ができなく、苦しいが、そのうちに意識が途切れる。
目が覚める。
縛っていた縄は解け、俺は床に横たわっていた。
首に違和感は無い。
また死ねなかった。
次だ。
毒を飲み込む。
喉が焼けるようだ。
激痛に耐え、時間が過ぎ去るのを待つ。
徐々に意識が無くなる。
目が覚める。
次だ。
度が強い酒を飲む。
飲む、飲む。
飲む。
飲んで飲んで飲みまくる。
きついが、酒を飲み切った。
意識を手放す。
目が覚める。
空瓶が転がっているだけ。
次だ。
家に火を付ける。
俺はただ、佇むだけだ。
赤かった部屋がさらに赤い。
少しまぶしいな。
そして、とても熱い。
つい、転げまわってしまう。
だんだん苦しくなってきて、意識が途絶える。
目が覚める。
そこには黒く燃えた跡。
俺は裸だ。
次だ。
呪文を詠唱する。
俺の頭上に巨大な岩を生み出す。
岩が落ちてくる。
目の前が真っ暗になる。
目が覚める。
砂に寝そべっていた。
そこだけ砂で妙に盛り上がっている。
次だ。
魔法で穴を掘り、水を注ぐ。
俺は飛び込む。
顔だけ水面上に出して、また呪文を詠唱する。
今度は穴をふさぐように岩を生み出す。
岩が落ちてきて、俺は水中に押し込まれる。
息ができず、だんだん苦しくなる。
意識が薄くなっていく。
目が覚める。
少し湿った地面の上に寝ていた。
次だ。
魔法で氷を生み出す。
俺を氷に閉じ込めるように。
寒い。
最初は氷に触れている箇所がかゆかった。
だんだん痛くなる。
かゆくも痛くも無くなり、眠くなってくる。
瞼が重い。
目が覚める。
少し地面が泥っぽくなっている。
次だ。
魔法で穴を掘り、水を出す。
足がつかる程度の水深だ。
呪文を詠唱し、雷を落とす。
俺に、だ。
一瞬、目が焼けるかと思うほど、とてつもなく眩しかった。
目が覚める。
地面が焦げているようだ。
次は……
俺はただ、空を見上げている。
周囲は悲惨だ。
炭が転がり、砂が盛り上がり、湿っていて、泥溜まりがあり、地面が焦げている。
そして、俺は裸だ。
出血、心臓機能の停止、神経切断、呼吸停止、服毒、アルコール中毒、焼死、圧死、溺死、凍死、感電死。
俺が思いつくのは、あとは、餓死、病死、老衰ぐらいだ……
病死だと、色々あるが、心臓が傷ついても首筋を断ち切っても呼吸が止まっても、だめだったからな。
期待できない。
老衰か……
俺は不老だ。
却下。
餓死か……
これに期待するしかないか?
即効性はないが、賭けてみよう。
俺はただ、空を見上げている。
周囲は悲惨だ。
何かが焼けた跡、砂場、水の干上がったような地面。
雑草が懸命に地面を覆おうとしている。
俺はただ、空を見上げている。
周囲は雑草がはびこっている。
寝転がっている俺をもうすぐ隠しそうだ。
「なにやってるんですか!?」
俺はただ、空を見上げている。
おっと、人が話しかけてきたのか。
少女か。
「どうした、少女。 こんなところで何をしているんだ?」
「それはこっちのセリフです! 勇者様ともあろう人が、裸で地面に寝転がっているなんて、何かあったんですか!?」
「特に何もないさ」
「そんなわけないでしょう! 今、服を持ってきますから、少し待っていて下さい!」
「あー、べつにいいの、に……行っちゃった」
「どうぞ、これを着てください。 勇者様」
「そうか? じゃあ、ありがたくもらうよ」
少女が連れてきた大人が差し出した服を受け取る。
そして、服を着る。
実に10日、いや11日?ぶりの服だ。
「裸で、しかも家がないなんて、勇者様に何があったんですか?」
「特に何もなかったよ」
「ご冗談を。 それとも何か、私たちには話せないようなことでも、おありで?」
「いや、本当に何もなかったんだ。 この10日間ぐらい。」
一回、喉が渇き、腹が空きすぎて、食事を幻視するぐらいだったが。
次の日に目覚めたときには空腹を感じなかった。
「10日間もあんな状態だったんですか? お食事はどうされてたのですか?」
「10日間、あんな状態だった。 食事はしてなかった」
大人が絶句する。
少女もひどく驚いているようだ。
「本当に、何があったのですか?」
「本当に、何もなかったんだが……強いて言うなら、虚無感があった」
「虚無感、ですか?」
「あぁ。」
大人も少女もよく分かってないか?
「俺はこの世界を救ったよな。」
「えぇ。 何度も勇者様には助けていただいたと聞いております。」
「そう、何度も、何度も、この世界を救った。 そして、世界が平和になった。」
「はい。 この世界に住む人類皆、勇者様には感謝しています」
「まあ、細々としたことは俺にはどうにもならないがな」
「そこまで、していただくこともありません。 私たち自身でやらねばならない事です」
「それで、世界を救ったことに後悔なんて無いんだがな。 やることがない」
「はぁ」
「日々、飯を食って、動いて、寝る。 これの繰り返しだ。 この世界が平和になってから、もうどのくらいだっけ」
「私たちの曽祖父以前のことですから、もう100年以上も昔です」
「そうか。 そんなに経つのか。 そりゃあ、死にたくもなるな」
「死に……!」
大人と少女がまた口を閉ざす。
「あんたには分からないだろうが、おんなじことを何回も何回も、それこそ世代がいくつも変わるぐらい長い間しているからな。 飽きるんだ。 生活に。 日々に。 人生に。 感情の起伏が乏しくなる。 感覚はずっと変わらないけどな。 不老不死だから」
大人と少女は何も言えない。
流石に、俺のような不老不死者の気持ちは分からないだろう。
分かってほしくも無いが。
「勇者様、私たちに何かできることはないでしょうか」
「……そう言われてもな。 逆に聞こう。 あんたは何ができる?」
大人はまた、黙ってしまう。
「勇者様っ! 見てください!」
少女の方を振り向く。
「どうし、た……」
少女が変な顔をしている。
「どうですかっ。 勇者様っ」
「どうしたんだ? 気でも狂ったか?」
「ひどいですっ。 ただ勇者様が笑顔になってくれればと思ったんです!」
「そうか、……そういえば、随分と長い間笑ってないような気もするなぁ。 自嘲はしてたかもしれないけど」
「勇者様! そういうことでしたら、私たちにお任せください! きっと勇者様を笑わせて見せます!」
そう言って、大人が街に戻っていく。
ふむ。
何をするんだろうか。
まぁ、期待してみよう。
「第一回! 勇者様を笑わせるぞ大会! 開幕!!」
「「「「「うぉおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
大人が街に戻ってからしばらくして、人がいっぱい俺の家跡に来た。
俺の目の前で作業を始め、短い時間で会場を作り終えた。
広めの壇上の舞台があり、客席として丸太がそこら中に置かれている。
少し離れたところに屋台や露店がいっぱい出ている。
仕事が速いよ、君たち。
この世界に勇者として召喚され、世界を救った後、元居た世界の文化を色々浸透させた。
というか、この世界の住民がお祭り気質なだけなんだが。
正月、節分、バレンタイン、雛祭り、エイプリルフール、ゴールデンウィーク。
海水浴、七夕、お盆、花火大会、ハロウィン、クリスマス、大みそか。
色々と輸入した。
今でも脈々と受け継がれて、だんだんと、より大規模になってきている。
そんなお祭り大好きになった彼らが長らく笑っていない俺を笑わせようと大会を開いた。
一日経っていないのに、だいぶ広いはずの会場が人で埋め尽くされている。
俺は、舞台正面の席に座っている。
特等席だ。
この世界では、俺はもはや伝説の存在だからな。
働かなくても、金がどこかから湧いて出てくるように貰える。
で、色んな食べ物も机上に並んでいる。
焼きそば、焼きとうもろこし、たこ焼き、いか焼き、じゃがバター、フランクフルト、かき氷、わたがし、……
いっぱいあるな。
焼きそばをすすりながら、舞台の壇上を見る。
もうすでに何人目だろうか。
「111番! この俺、商人のヘロップ、行きます!」
1のぞろ目か、イイね。
ヘロップ君は一発芸をしてくれた。
会場の皆は半分ほどが笑っていた。
なかなかじゃないか?
まぁ、俺はそれほどでもないと思ったけど。
「112番! 酒場の看板娘、エリアナ! やります!」
この娘は変顔を頑張った。
あぁ、よく頑張ったよ。
「113番! 鍛冶見習いのクレン! 言いますよ!」
今度は失敗談か。
会場はほぼ失笑だな。
まあまあ。
「114番!」
その後も、大会は続いた。
数日間、開催され、周辺の街や町、村から色んな人が来ていたようだ。
久しぶりに笑った気がするな。
随分と楽しめた。
虚無感はある。
日々、同じようなことをして過ごすのは辛い。
感覚は、不老不死だから、衰えない。
だが、感情はだんだんと薄くなる。
面白いことが面白くなくなる。
おいしいものをおいしく感じなくなる。
音楽がただの雑音に聞こえてくる。
可愛いもの、美しいものは、だんだんと平均と変わらなく見える。
そして、いつの間にか生きている意味を見失う。
生きる意味をこれ以上見いだせなくなる。
死んだらどうなるのだろうかと考える。
痛いのは、苦しいのは嫌なんだが、死の先を見たくなる。
終わりを求めたくなる。
だが、死ねない。
不老不死だから。
しょうがないと思っている。
諦めている。
それでも、形のない何かに期待する。
例えば、それは、新しい発見か。
例えば、それは、懐かしき思い出か。
思考は堂々巡り。
答えは見えず、どうにもならない。
答えは分からず、どうにもできない。
今日もまた、生きるしかない。
明日もまた、考えるしかない。
生きて、死のうと思って、笑い、ただ生きている。
何を言っているのだろうか。
それとも。
何も言っていないのだろうか。
感覚は鋭く、感情は埋もれていく。
やはりまた、今日を過ごさねばならない。
はぁ、退屈だ。
楽しいことがあると、期待しよう。
終わりが来る、その日まで。
読んでいただき、ありがとうございました。 作者的に、主人公が楽しく生きられたらいいな、と思っています。 そのうち、別世界に呼ばれそうな予感がしてます。 そこまで書きませんが。 読者様は何をどう思われたでしょうか。 それが気になりますね。 それでは、失礼します。