第2節
「遠くへ行くのかい」
「うん。彼女はどんぐりじゃなきゃいやだっていうからね」
「そうか。不満じゃないのかい」
「とんでもない! 彼女が喜んでくれるんだからいいんだよ」
そういって彼の姿は空のかなたに溶け込んでいった。
それから二、三日して、私は同じ川沿いの道を歩いていた。
ふとどこからか、騒がしい声が聞こえてきた。
「全然集まってないじゃないの! まだ半分も空きがあるわこんちくしょー!」
「き、聞いてくれよ。どこにも落ちてないんだ。人間の子どもたちか、リスたちが持っていったんだよ。それにこれだけあれば冬を越すくらいは平気さ」
どんぐりが蓄えられている木の上から、二羽の声が響いていたのだ。
そんな短気な彼女とそれをなだめる彼の言い争いを子守唄に、しばし私が寝入っていると、一際大きな彼の鳴き声が耳を打った。
飛び起きて見上げたときには、鳥の彼女が彼を残して、曇り空へ飛び立っていくところだった。
「どうしたの」
私に気づいた彼はお手上げというように左右の羽を広げた。
振られたようだ。
原因はいわずもがなどんぐりだった。
彼は生きる希望がなくなったようにうなだれていた。
どんぐり一つで穴を埋められないような鳥とは一緒にいられないということらしい。
「まぁ恋とはそういうものだと思うよ。でもよかったじゃないか。彼女がアホで。どんぐり置いて出ていったんだから、あれは全部君のものだ。冬のディナーにはぜひ私も呼んでくれ。一緒にマタタビでも嗅ごうじゃないか」
「いや!」
突如いった彼に驚いて私は背中を突きあがらせた。