第6節
初対面のネズミに勝手に絡んで怒りを抱き、腹を壊した矢先いつのまにか母の真意に気づかされてしまった私とは大違いだ。
すると、草むらの中に去ろうとしていたネズミの彼は小さな足をとめて振り返りながら答えた。
「正解なんて望んじゃないさ、君のお母さんは。ただぼくは考えるのが好きなんだよ。熱心なまでにね。本来ぼくの名前は……ない。だけど一度つけてもらったことがある。それを名乗るなら、スティービーだ」
「じゃあまたなスティービー。僕の未来は照らされたよ」
彼は歩き出したがまたすぐに止まった。
「君も名前をつけてもらうといい。誰だってかまわない。心から気を許せる友人であるのならばね。それが自分を知ることへの一番の近道さ。そうだ、今度会ったら舌の上で昼寝させてくれよ。君の舌は気がよさそうだと見込んでいるんだ」
まっぴらごめんだった。
今度こそ彼は草むらに消えた。
それから何年か経って、私にも名前が出来た。
友人につけてもらったのだ。
私も随分生きたがまだ己を知ることはできていない。
でも焦る気持ちはない。
のんびりと生活していれば、きっと誰かが教えてくれる。
またはふとした瞬間に気づくだろう。
そのときまで私は怠惰に昼寝して優雅に暮らすまでさ。
それが猫に与えられた特権なのだから――
しばらく昔のことを思い起こしていた私は、あくびをした。
さてと、動きたくはないが彼が喜びそうな土産を探しに行くとするか。
<end>