1―その世界の始まり
照りつける日差しと、鳥たちの鳴き声で目が覚めた
「…は?」
俺の第一声はこれだった。
意味がわからない。
昨日はホームに転移して…あれ?
ホームに転移したと思っていた俺が立っていたのは森の中だった。
いやいや、どういう事なんですか。
頭の中『?』だらけですよ。
とりあえず俺は昨日の出来事を思い返す事にした。
「よし、こんなもんかな。」
俺は明日の準備を一通り終えてから呟いた。
準備というのは、明日は学校なのだ。めんどくさい。
まぁ、それはさて置き。
俺はPCの電源を入れた。
そしてデスクトップにある〈ギア・ソード〉のアイコンをダブルクリックする。
その瞬間に『ようこそ!GSへ!』の文字が表示される。
GSというのは、ギア・ソードの略称である。ギア・ソードは始まってから5年半ほどのVRMMORPGだ。
最も、VRが実装されたのは約2年前だが。
元々は普通のMMORPGだった。それが、技術の進歩と共に遂に仮想現実の実装までやったわけだ。
うん。技術の進歩ってすごいね。
このゲームの他と違うところは、ずばり、『ギア・システム』である。
ギア・システムとは、武器に『ギア』という物を取り付け、発動する事で、武器の属性、性質、形なんかも変化するシステムの事だ。
このシステムは世界中のMMORPGファンを惹きつけるには十分だった。
今では世界規模でサービスは展開されており、日本だけでも10万人ぐらいのプレイヤーがいる。
俺はこのGSを4年半くらい前からやっている。いわば『古参プレイヤー』だった。
すぐさま自分のIDとパスワードを入力し、俺がいつも使っているキャラクターを呼び出す。
そして画面の指示通り、まるでX-○ンに出てきたサ○クロプスのようなメガネを付ける。
そして、画面の『ゲームスタート!』のボタンをクリックすると、俺の意識はすぐに吸い込まれていった。
俺が目覚めたのは、俺の記憶通り、昨日のログインで最後に立寄った街『アースガルド』の中にある宿屋だった。
カウンターで一晩分の代金を払うと、すぐに街へ出て、酒場に向かった。
普通は代金を払う事はしたくないので、自分のホームでログアウトするのだが、アースガルドに来るのが面倒なので、今回は宿を使った。
酒場はいつも以上に賑わっていた。まぁ、理由は後で話すとしよう。
「マスター、ルーブ。」
ルーブというのはこの世界のビールのようなものだ。味も似ている。
「あいよ。ところでお前さん、今日のアップデートどう思う?」
普通、酒場はGSが用意したNPCが運営しているのだが、プレイヤーがその酒場を購入すれば、個人で運営する事も可能だ。
この酒場のマスターもその一人だった。
名前はゴルグといって、俺と同時期にGSを始めたメンバーの一人だ。
体はごつくて筋肉質で、いかにも頼りがいのあるキャラクターといった感じの男だ。
「なんでも、今回はレベル制限が上がるらしいからな。俺はそれが一番気になる。」
俺は思っている事を素直に言った。
追加される新モンスターにも興味はあるが、何よりもレベル上限が上がる事に興味があった。
GSのサービスが開始されて、約5年半。サービスの開始時は50だったレベル上限は、今では99だ。
いままでアップデートの度に上限が上がっていたのだが、前回のアップデートでは上がらなかった。
なので、もうこれ以上は上がらないのではないかと噂された。だって99だもんね。
だが、今回は上がる。しかも次の上限は120までらしい。
アップデートの度に上がるレベル上限は2つ前のもの以外は5だった。(2つ前のものは上限が95から99になったので4)
どうして21も上げてきたのかはわからないが、まぁ、俺たちのような、廃人プレイヤーにまた注目してもらう為なのかなと、勝手に解釈する。
まぁ、ここでなぜ酒場が賑わっているか、という事になる。
もうわかっているとは思うが、当然、今日がアップデートの日だからだ。
本日、1/4の23:00がこのGSの第11回アップデートの日なのだ。
まぁ、恐らく三が日の間は会社自体が休みだったのだろう。
そして、今の時間は22:47。もう少しでアップデートの通知が来る時間だった。
GSのアップデートは瞬時に影響され、アップデートの時間から一分後に全プレイヤーはその恩恵を受けられる。
最も、その時間にログインしていなかったプレイヤーは次のログイン時に少しの時間がかかるのだが。
なのでこうして、アップデートの少し前にログインするプレイヤーは少なくない。
俺もその一人というわけだ。
時間が近づくに連れて、酒場は騒がしくなってきた。めんどくささを感じた俺はルーブを飲み干し、代金をカウンターに置いて酒場を立ち去ろうとする。
「おいおい、ここでアップデートしていかないのかい?」
ゴルグが俺を呼び止める。
少し考えるフリをして、ゴルグに俺は
「ここでの用事を済まさないといけないんでね。また今度なー」
と言って酒場を後にした。後ろから『また、おおきにー』というゴルグの声が聞こえる。
アップデート後でも問題は無いだろうが、この街でわざわざ宿をとってまでしようとしている事をしに行く。
まぁ、万が一という事もあるので。
万が一というのは、第3回アップデートの時に起こったある事件の事。
アップデートと同時に全てのプレイヤーがホームに瞬間移動させられたのだ。
俺は元々、ホームの近くにいたので問題は無かったが、ホームから遠い街に行っていたプレイヤー達から苦情が殺到した。
運営はお詫びとして、全てのプレイヤーに課金すると諭吉さんが3人は飛んでいく金額に相当するアイテムを配布し、事は収まった。
まぁ、あれから一回もなっていないので、大丈夫だとは思うが、せっかくアースガルドに来ているので、早く目的を達成しておきたかった。
なぜ、一日アースガルドにいるかというと、俺が作ろうとしている装備を作れる職人が、ホームから近いのだとアースガルドにしかいない。
それと、日曜日にしか出現しないNPCという事だ。
そう、今日は日曜日なのだ。
俺はアースガルドの最東端にある暗い店に入っていった。
中は相変わらずがらんとしていて、薄暗く、店にいるのは背の低いドワーフの爺さんだけだった。
俺はこの爺さんが苦手だ。いつも暗く、しかめっ面で、それでいて客(俺だけかもしれないが)が店を出ようとするとしわがれた声で「死ななかったらまた会おう」と、黒い歯をむき出しにして不気味に笑いながら言うのだ。
そしてこの爺さんに作ってもらう装備の素材を渡して、欲しい装備の名を告げる。爺さんはまだしかめっ面だ。
時間は22:54。急がねば。
「…持っていきな」
ものの一分程度で装備は完成した。
装備の名は『祝福のロザリオ』
装備者に一定時間でMPが1回復する能力を与えるアクセサリーだ。
特に欠損が無い事を確認し、それをアイテムポーチに放り込む。
そして店を出ようとした。
「死ななかったらまた会おう」
黒い歯がこちらにむき出しになっていた。
俺は無言で店を後にする。
店を出るとすぐに俺はアイテム『転移石』を使った。普通の緑色の転移石だと最後に立ち寄った街だが、この赤いのは自分のホームに戻れる。
時間は22:59。やばい。
ホームでは広場で仲間が待っているのだが、探しているうちにアップデート…となりそうだ。
酒場で話し過ぎたなと思いながら、俺はホームに転移した…はずだった。
そこで冒頭に戻る。
どうして?
転移石の故障か?
いや、それなら明らかに『朝』である今の状況が説明出来ない。
GSの中の時間は現実に影響される。
つまり、現実で朝ならばGSでも朝だし、夜ならば夜なのだ。
そして今が朝という事は、現実でも朝という事になる。
この世界でも酒を飲むと酔っ払う(その気になるだけだが)ので、昨日は仲間とバカ騒ぎでもしていたのかもしれない。
二日酔いで記憶が飛んでいるのかも。
という事は、今は1/5の朝という事になる。
あちゃー、学校確実に遅刻だわーこれは。
一応時間を見ようと空中にメニュー画面を呼び出す。
だが、なぜか本来そこに記してあるはずの時間は無かった。
疑問に思ったが、まだ視界がおかしいのかと、自己解決した。
こんなところでログアウトするわけにはいかないので、近場の街を探そうとマップを呼び出す。
「?」
なぜだかマップも使用出来なくなっていた。
「どういう事だ?」
よりリアルにする為にマップ機能を無くしたのだろうか?
「仕方無いか」
そう呟き、もう学校から帰ってきてから街に移動しようとログアウトボタンを押した…のだが。
ビーッビーッ
なぜだかログアウトボタンは使用出来なくなっていた。
「…は?」
もう一度、そんな声を出してしまっていた。
いやいや、ログアウト出来ないなんてどこの王道RPGものですか。
冗談も程々にしてくれよ。
早くログアウトしないと、今日の午後にはレポートを提出しなくちゃいけないんだって。
こりゃあ教授に怒られそうだ。
そんな自分の運命を感じながら、とりあえず街道に出ようと思う。
なぜかというと街道を辿って街に行く為だ。
「まぁ、街中でしかログアウト出来ない使用にでもなったんだろう。」
そんな事を思いながら少し歩いていると街道に出た。
この街道のデザインからして、運良くホームのある街『ソルネギア』の近くらしい。
というか、ホームの近くという事もあり、一つの仮説が立った。
それは、第3回アップデートの様な事が再び起こったという事だ。
まったく、運営は何をしているんだ。
共通点としては、第3回も、この第11回のアップデートも、かなり大掛かりなものという事だ。
第3回ではこのGSの世界へのVRの実装だった。
今回…第11回では、今までに無いレベル上限の底上げに加え、新しいマップの追加などもあった。
モンスターも結構な種類が追加されたはずだ。
大規模なアップデートをするのはいいが、それで運営に支障をきたすような事はやめてもらいたいものだ。
俺を含む最古参のプレイヤーたちは揃って同じ事を考えているだろう。
そんな事を予想しながら俺はソルネギアを目指した。
幸い、モンスターに遭遇せずに街に到着した。
入った瞬間の違和感。
恐らく朝である今の時間。つまり、普通の人は会社や学校に行っているような時間帯だ。
前に学校をサボって朝からGSをしていた事があったが、その時に街にいた人の数というのは、かなり少なかった。
そりゃあ、そんな時間からログインしている奴なんて、廃人プレイヤーか、その日にたまたま休みが取れた社会人か、俺の様にサボった奴しかいないからだ。
だが、目の前の光景は違った。
具体的に言うと、人が多すぎるのだ。
今日に限ってそういう人が多かったのか?…という考え方も出来るだろうが、目の前にいるプレイヤーたちは、どうもそんな感じでは無かった。
「なんじゃこりゃぁー!」
「なんでログアウト出来ないんだよぉ!」
「今日は大事な用があるのに!」
叫び声を上げる者。なり振り構わず怒鳴り散らす者。泣き出す者…と、様々な人がそこにいた。
彼らも俺と同じような境遇なのだろう。
俺は街の中にいる事を確認してから、ログアウトボタンを押す。
ビーッビーッ
結果は森の中と同じ。無慈悲にも、ログアウトボタンはログアウトが出来ない事を示す。
何かのバグなのかと、暫く放置して試してみても、結果は同じ。
それは俺以外のプレイヤーも例外では無かった。
そして迫り来る恐怖。俺は薄々と感じ始めていた。
そう、俺たちプレイヤーは、このゲーム…〈ギア・ソード〉に閉じ込められたという事を。
「うわああああああああ!」
大柄な男がいきなり叫びだした事が引き金となり、周りのプレイヤーたちは一斉にパニックに陥った。
「ここから出してぇ!」
「ふざけるなー!」
「落ち着け!みんな落ち着けぇ!」
などなど、いろんな声が交差する中、俺―プレイヤー名では『ユウ』は冷静だった。
いや、実際は冷静では無かったのだろう。
だがしかし、この場で冷静さを失い、叫ぶ事で事態は一向に変わる訳では無い。
俺は自分自身さえも欺きながら、必死にこの状況をなんとかしようと思った。
そしてふと思ったのが、フレンドリストだ。
フレンドリストとは、その名の通り、フレンドを登録しておくリストだ。
便利な物で、現在ログインしているプレイヤーは緑に、ログインしていないプレイヤーは赤に、という具合だ。
登録しておけば、通話をする事も出来るし、チャットも出来る。
フレンド会議という物も作る事が出来て、会議に参加しているプレイヤー全員と会話、チャットが出来る。
俺はそのフレンドリストを開いた。
さらっと見渡してみると、大体3分の2がログインしていた。
その中の緑に光る名前の中でとある人物を探し出す。
―『ハヤト』
その名は、俺と同時にGSを始めたメンバーの一人で、昨日に一緒に広場でアップデートしようと言っていた仲間の一人だ。
俺はすぐさまハヤトに通話をかけた。
ものの3秒程度で通話が繋がる。
「おい!ユウか!お前、無事か!」
「大丈夫だ。それよりも、合流しないか?今一人なんだよ」
「ああ、大丈夫だ。俺も今一人だしな。お前はソルネギアにいるか?」
「うん。ソルネギアにいるよ。その言い回しだと、ハヤトもソルネギアにいるんだな?」
「そういうこった。まぁ、いつもの酒場で待っている」
「オーケー。待っててくれ」
10分ぐらいだろうか。目的の酒場に到着した。
入ると見慣れた鎧の大男がルーブを飲んでいた。
「よっ」
声を出すと同時に肩を叩く。そして予想していた通りの顔がこちらの顔を覗き込む。
「おう、早かったな」
「結構急いだんでね」
軽口を叩きながら、俺もルーブを注文する。
少し飲んでから、話し始める。
「街の様子で気づいてると思うが、ログアウトが出来なくなっている」
街の様子云々言う前に、自分で試したので、既に知っているのだが。
「お前はどこまで覚えてる?昨日の事」
ハヤトが続けて俺に今度は質問をする。
「転移石でソルネギアに行こうとしたところまでは覚えているよ」
「それって、時間だといつぐらいの事だ?」
「ギリギリ23:00かなぁ」
正確には22:59だったが、そもそも22:59何秒まではわからないし、状況から見て23:00だと容易に予想はつく。
状況というのは、この事態に少なからず第11回アップデートが関わっているであろう事だ。…まぁ、今では憶測の域を出る事は無いが。
「やはりそうか…」
返ってくる答えを予想していたのか、ハヤトはそう口にした。
「まるで、答えがわかっていたかのようだな」
俺は思った事をそのまま口にした。
「そりゃあそうだ。俺も23:00になった瞬間から記憶が無いんだからよ」
なるほど。一応の確認といったところか。
「一応、俺たち以外のプレイヤーにも聞いてみるか?」
「そうしよう」
同意したハヤトと共にまずは酒場のプレイヤーたちから聞いていった。