抱きしめた季節
またこの季節がやってきた。私、大下ひなたはこの時期になるといつも思い出す。あの日の事を。
「おーいひなたスイカ食わないか」こいつは私の友達の秋元翼。
「スイカなんてもう散々食べ過ぎて私下痢Pよ」と翼をしげしげと眺めると持っていた袋に入っているのは大量のスイカバー。溶けるわ!つっこみを入れたい。
俺甘いもの大好きだからこのくらいへっちゃらだぜ!と言ったのではなくそういう顔だ。ほんと翼は馬鹿だが、定期テストではいつもいつも一番の憎たらしい奴。野球部のキャプテンで今時珍しいかもしれないが坊主だ。
「ねぇひなた。お前どこの大学行くのー?」と翼が聞いてきた。馬鹿面で。仕方ないので答える。「福祉系の大学ならどこでもいいかなー」と。「そういう翼は?」
「え、俺か?俺は就職を考えている」今度は真面目な顔で答えた。翼は冗談じゃない時はおじさん喋りになる分かりやすい奴。でも、え?と思った。だってこいつの学力なら東大だって楽勝なんだから。「大学行くんじゃないんだ」私は少し悲しくなる。何故かと言うと翼も私もお父さんとお母さんが私達小学三年生の時に保護者会の送迎バスの交通事故で同時に亡くなっているからだ。それで御祖父ちゃん御祖母ちゃん子で翼もお年寄りに凄く優しい。私も翼ほどじゃないけど頭はイイし同じ大学行けたらと期待していたのに。「ちょっと」「ん?なした?」「ううん、何でもない」
クラスは別々だが隣同士なので……実は「夫婦漫才師」と陰で呼ばれているのを翼は「おーっ。ひなたは将来俺の嫁さんだからな!」とか言って…… 全然外連味がない。恥ずかしいのは私。同じクラスの女の子に「ヒュー!ひなたやるね!」「翼君カッコいいもんね!」とか冷やかされてちょっとやだ……。
でもそれは私の恋、恋慕、尊敬違うな…… テスト中なのに頭掻き毟っていたら先生に「大下どうした?(これ先生の鉄板の駄洒落……)そんな難しい問題出してないぞー?」「はい、すいません。ちょっと考え事をしていたもので」そしたら先生もクラスのみんなも全員大声で笑った。「大下……テスト中に考え事しない生徒はいらんからイランへ行ってしまへ!」またみんな笑った。恥ずかしい……
昼休み、屋上で翼とご飯を食べる。日課だ。「なぁなぁ二時限目お前らのクラス爆笑の渦だったみたいだけどあれ何よ?」言えない、口が裂けても言えない。咄嗟に嘘を吐く。「先生がね……」「先生が?」
「えーと屁こいたの!」恥ずかしい。翼は「へー」と言った。それがジョークとは気づかない私。何故か少し動揺が見られる私。変だ。いやいつもこんな風に笑ったり泣いたり楽しい生活で不満が無い。でも今日はやけに胸騒ぎがする。「さーて午後も爆睡かなー」翼が言う。「うんうん、私も」誤魔化す。何かを。
翼はバイク通学だ。「じゃあなひなたー」ケツに乗っけるくらい法律で許してくれればいいのにと残念がるロンリーガールの私を頭をぶるんぶるん振っていつものボーイッシュでドジな私モードに戻す。
夕方私は西日の当たる部屋で昼寝をしていたようだ。携帯の音で目覚めた。知らない番号だ。私はすぐ出た。「はい」「あ、ひなたちゃん?私!翼の婆さん」「あ、お婆ちゃんこんにちは」眠気眼で挨拶をする私を絶望に落とす一言がそのすぐ後発せられるとは。「あのね、翼がバイクで車と衝突事故起こして!とにかく大変なの!×××病院の集中治療室来て!」「え……?」意味が分からず記憶も無いままタクシーに乗り込んで病院に向かった。
そこには全身に管をつけられ顔も翼だと認識できない翼がいた。近くにお婆ちゃんがいた。「ひなたちゃんこんなことになるなんて、うっ、うっ、うっ」それは私のセリフだ。「お医者さんが恐らく助からないだろうって」「そんな……」
そこにお医者さんが来た。「即死でもおかしくない状況でした。しかし助からないでしょう。う?ちょっと強心剤!翼君何か喋れるのかい!」酸素吸入マスクをしたまま口を動かしているようだ。意識は無さそうなのに。
「ねぇ翼何が言いたいの?」 私は必死で翼の口の動きを読み取ろうとした。(ひなた……俺は親父と同じ漁師になる。そしたら結婚しよう)そう読み取れた。私は涙が止まらなかった…… ずっと傍にいたかった…… その日の夜翼は天国へ旅立った。
それから何度か夏を過ぎ……
「うーん今日もいい天気ですね。お婆ちゃん」「ほんとにーお天道様が祝福してるみたいやわー。ひなたちゃんいつも頑張ってるからゴキゲンがいいんだわー」「そうですね。今日はいい日です」
私は誤魔化す 涙も 懐かしさも 今があるから 今日は翼の命日だ。