1-3 【小競り合い1】
戦闘は突然やってくる。
ウガンとはこの国の東に広がる森林地帯に巣くう蛮族達の総称だった。
食料が乏しくなるとこちらの村々を襲い、しばらく略奪すると帰っていく。
祈祷師か何かが吐いた言葉をきっかけにして祭りをやってから
森林地帯から出て近隣の村々を襲い出す。
話によると成人通過儀礼的なイベントでもあるらしい。
子供を育て上げる事ができるかどうかを判断せずに
どんどん子を産むので不定期ではあっても何十年かおきには略奪行にやってくる。
今回の討伐行はその撃退である。
その鎮圧の難易度はその略奪行を指揮する者の才覚によると言われている。
ここ数十年はそれほどの惨禍にあっておらず、
今回もあまり有能な統率者がいないようなのであまり心配されていなかった。
突如、右前方の丘から砂ぼこりがあがっているのが見えた。
味方かな?と思えたが、
事前に連絡もなかったので念のために戦闘体制を命じた。
自分が指揮している防衛部隊は約50名だが、
各輜重車には1~2名の人員がついており、
クロスが防衛している輜重隊は100台弱ほどあったので、
純戦闘員ではないものの、それなりの戦力にはなった。
全体として150名くらいになる人員を
前、中央、後の3箇所に配置させることになっており、
敵がどこから来ようが混乱しないようにいったんは
各人が集まる箇所を決めているのだ。
自分がいる輜重隊前方に矢がささった。
雄たけびなんぞも聞こえてきた。
「どうも、招かざる客のようですな」
目を細めて遠くに見ながらガトーはそう言葉を発した。
こちらを振り返ると目が輝いていた。
ああ、面倒くさい。運が悪いな。
前、中央、後の3箇所に50名ずつの配置は済んでいたので、
その各部隊に向かって
「各人、防衛体制に入れ」
と指示を飛ばした後に
前方と後方にいるはずの味方に向けて連絡を走らせた。
攻撃を受けたという狼煙もあげさせることにした。
久々の戦闘ということで少し生き生きしてきたガトーに向かって
「ここで指揮を取ってくれ。
私は中央を防衛する。無理するなよ」
そう言ってクロスは輜重隊の中央付近へ移動した。
実際のところ、物資を奪われたとしても、
周辺に味方がいるはずなので敵が運んでいく途中で奪い返させるだろう。
不利な状況になったら無理に頑張る必要はなかった。
とはいえ、危なくなったら逃げろとストレートに言うことはできないんだよな。
襲撃してくる敵全体として100名ちょっとくらいはいるようだ。
そして、2手に分かれて前方と中央に向けて近づいてきた。
前方は既に敵の弓矢で遠巻きに攻撃が始まっている。
こちらから発射したであろう銃声も響いている。
敵はおそらく銃を持っていない。
持っていればもっと早い段階で使っているはずだからだ。
敵のもう一方は中央に部隊がいるせいか後方へ移動していった。
どうなんだろうな。
後方にいくよりもここで全体を把握できるようにしておくか。
その代わりに年若い小隊長へ
「ユアン、10名ほどを連れて前方へ行け。
敵の側面か後方を突いてやれ」
「了解しました」
とユアンは答えた。
返事はいいのだが、この目の細い若者は表情の変化がうかがえなかった。
どこかぼけっとしたところがあるんだよな。
でも、まあ落ち着いているようだからいいか。
そんなことを考えている内にユアンは軽く装備を整えて
槍を携えて騎乗の人となった。
「ユアン、これで一発かましてやれ!」
そう言って、クロスは装填済みの短銃を1つ渡してやった。
「ありがとうございます。では行ってきます」
と言ってユアンは前方に移動していった。
あいつ、ある意味すごいな。
買い物でも頼まれたかのような気軽さで返事をしていきやがった。
これから殺し合いをするのがわかってんのかな。
ユアンを見送った後に後方を確認すると、
特に攻撃を受けている様子は見られかなった。
たぶん手薄なところを探しているんだろうが、
後方も攻撃しないとなるとどうするんだ。反対側に回るのか。
そんなことを考えている内に
前方では戦闘時特集の怒号と銃声の数が当初より多くなってきた。
ユアンの奴、ちゃんとぶっぱなせたか。
意外と戦闘中で気が競っている時に騎乗で銃を使うのは難しいだよな。
今頃銃声が増えているのは輜重車から取り出した銃と弾薬で
ようやく装填が終わったからだろうな。
自分がユアンに渡したのもそうだしな。
反対側に回り込んだもう一方の敵が火矢を放ちながら目の前を通過していった。
後方もそうだったらしく、幾分煙をあげていた。
・・・なんで最初から使わなかったんだ。
奴らどうやって素早く火を起こしたのか。
物資の略奪を諦めて、損害を与えるだけにしたのか。
輜重隊を襲う程度で蛮族がそこまで考えることは
ないだろうから、特に気にする必要もないか。
どちらかというと受身で対応しているのでいろいろな
疑問が頭をよぎったが、まずは前方に向かうことにした。
「輜重隊の者は火消しと防衛の継続。
残りは前方への援軍に行くぞ!」
そう言ってクロスは前方に移動すべく準備した。
ユアンが率いていった数を除くとクロスの部隊の者は
クロスを入れても8人しかいないのだが。
誠に不本意ながら戦闘に参加すべき状況であるようだ。
ガトーがうまくやっているだろうがな。
反対側からの敵も前方での戦闘に参加したのか、
その敵に対して相変わらず剣を持っていないクロスは突撃するつもりだった。
まあ、向こうもそれくらいは予測しているだろうがね。
前方に移動していくと敵がこちらに気がつき、一部が矢を射ようとしてきた。
指揮棒を空高く掲げたクロスは
「XXXX」という普通には聞き取れない言葉を発しながら、ZZZと念じた。
すると一瞬の内に指揮棒の先端部分は青白い光で包まれた。
「全員突撃!」と叫んですぐに、
それをおもむろに敵に向けて
「解放!武人なんか辞めてやる!」
と叫ぶと指揮棒から青白い銃弾が3発放たれた。
同時に後ろへ吹っ飛んで馬から落ちた。
矢を放とうとした敵や馬上の敵に対して、
それらの銃弾が炸裂し、光を撒き散らした。
でも、まあそれだけなんだよな~。ホント。脅かすだけ。
馬から落ちて打った腰を抑えながら、
クロスは味方の突撃がうまくいくことを祈っていた。
敵のほうが多いので、味方はおっかなびっくりで敵に向かっている。
少したって敵が落ち着きだしたら、すぐにいったん引かせよう。
それまでにガトーも防戦の準備するなり、敵へ攻撃するなり、
何かする事ができるだろう。
そういえば、『解放!』の後に放つ言葉は
感情を込められるものでないといけないらしい。
失敗できない状況だったので、確実なやつを選択した。
死ねー!とか行けー!といった単なる掛け声、
家族や恋人の名前などでもいいらしい。
そう言えば、今まで奥さんの名前を呼んでいたのに
急に言葉を変えたことがその奥さんにばれて、
一悶着なんてことが他のやつであったらしい。
浮気中で奥さんだと弾が出ないかもしれないと真剣に思ったんだろうな。
生き死にがかかっている時は仕方ないね。
ただ、普通は決まりきった言葉で出せるようにしておくものだ。
と言いつつも、自分はいきあたりばったりだ。あまり魔法を使わないので。