プロローグ 星座のお話
「スコーピオーン! どうしてあなたはそんなにかっこいいのかしら」
「知るかよ。それと俺のことを横文字で呼ぶな! 俺は蠍って名の方が気に入ってんだよ」
「あら、そうかしら。私はスコーピオンの方がかっこいいとおもうなぁ」
背中に弓矢を携えた女性はそう言うと体つきのいい男性の腕にしがみついた。
「全く、貴方たちは。よくもまぁそんなにもくっついていられるわねぇ。あー暑苦しい」
傍にいた腕に水瓶を抱えた女性がわざとらしく手をはたつかせて言うと、巨乳の女性がキッと目を向く。そして憎々しく微笑む。
「あーらアクエリアス、あなた嫉妬しているのでしょう? 分かるわよその気持ち。だってスコーピオンはこんなにもかっこいいんだもの。けどね、彼は残念ながら私のものなのよ」
「何を言っているのかしらねぇ。私が嫉妬なんて笑わせてくれる。いて座は射手座らしくその辺で弓の練習でもしてればいいのよ」
「貴方こそ水瓶の中でぷかぷかと大人しく浮いていればいいわ。それと、射手座って呼ばないでいただけるかしら。私はサジタリウスって名が気に入っているのよ」
二人は互いに睨み合い火花を走らせる。その時だった。
「二人とも」
「やめてよー」
「やめなよ」
二つの幼い声がその場に響いた。声のした方を見ると、そこには年にして十二歳ほどの少年と少女が手を繋ぎ少し膨れて立っていた。
「また喧嘩してるの? この前駄目って言ったばっかだよ」
「二人とも懲りないね。僕ら何て生まれてから何千、何万年と一緒にいるけど喧嘩なんて一度もしたことないよ」
「神聖なる神の使い、人が俗に言う“星座”としての意識が足りないんじゃない?」
そこまで言われて女性二人はやっと睨み合いを止めた。そして申し訳なさそうに目を伏せる。
「そうだったわね、ついまたやってしまったわ。百年前にも同じようなことで突っかかっちゃって。ごめんなさいアクエリアス」
「いいえ私こそ、いやらしいことしか言えなくて。サジタリウス、ごめんなさい。蠍座の彼も、邪魔して悪かったわね」
「いや、まぁ俺は別に。蠍って呼んでくれれば文句はない。それと双子! また助けられたな、感謝する。彼女はやっぱ怒ってるより笑ってくれてるほうが嬉しいよな」
男性がニカッっと笑うと双子も笑って頷いた。
「私達も中良いけど、蠍座とサジタリウスも仲良しさんだね」
「笑顔がやっぱり一番だよな」
双子は顔を見合わせ、再びまた笑った。そんな双子の声を聞きつけてか遠くから一人の男性が光より早く走ってきた。
「アクエリアス! こんなところ言いたのか、探したよ」
「タウラス、そんなに慌ててどうしたの?」
水瓶の女性は立ち上がって走ってきた男性の肩を支える。男性は息を整えながら女性を見つめ、そして頬に軽くキスをした。
「どうしたって、そんなの決まってるじゃないか! 少しでも長い時間大好きな彼女の傍にいたかったんだよ」
水瓶の女性は真っ赤になって恥ずかしそうに微笑んだ。そんな二人の様子を見て、蠍の男性と弓矢の女性、そして双子と呼ばれた少年少女は音も無くその場を後にした。
「二人ともラブラブだったねぇ。いいよね、ああいうの」
「うん、僕らの仲良しとは何か違う、もっとすごい感じな……ちょっと憧れる」
「私も……」
「獅子座のレオ、乙女座のバルゴ、そして天秤座のリブラはいる」
「はっ、お呼びでございますか」
「お主はバルゴだな」
「獅子座のレオもここに」
「うむ。リブラもそこにいるな」
「……はい」
「よし、全員集まったようだな」
真っ暗な世界に、突如三つの光が灯る。それは徐々に形を作り、最終的には二人の女性と一人の男性が形成される。スーツ姿でオレンジに近い光を絶えず発し、片膝で頭を垂れる二十歳ほどの男性。フリフリのワンピースに大きなリボンを髪に結ぶ、スカートの裾を両手で軽く持ち上げおじぎをする十六歳ほどの女の子。一人だけ少し離れたところにひっそりと佇む、手に天秤を乗せ白いベールを頭からかぶった二十五歳ほどの女性。三人の姿が完全となったその時、低く重い、しかしどこか温かみのあるお祖父さんの声がその空間に響きわたる。
「流石だな、長年この世界にいるだけある。お前たちには色々してもらっているからな、私も助かっているよ」
「ありがたきお言葉です」
男性が声を張り上げてそう言った。女の子も更に深く頭を下げる。しかし女性はびくともしない。少し男性と女の子が不快な顔をしてちらりと女性を見やった。
「リブラ……ここが誰の御前か分かってるのか」
そんな男性の戒めも軽くスルーして女性はゆっくりと視線を上に向ける。しかしすぐに視線は戻して瞼を閉じた。
「挨拶なんていいのですよ。私は何故今日ここに呼ばれたのか、もう予想はついております。多分ここにいる二人も。ですから、長引かせても無駄ですよ。どうせ言わなくてはならないことなのですから……我々の創造者、神よ」
「アリエス、あなたはもう知っているかい? 今日あの三人が呼ばれたんだって」
「ええ……星の囁きを聞いてしまったの。キャンサーも知っていたのね」
「まぁな。カプリコンが落ち込んでたんで、どうしたのか聞いたら、案の定呼ばれて飛んでいったレオを見たらしい。あいつ目がいいからな。俺なんかじゃレオの速さで走ってる奴なんて絶対に判別できないぜ」
「そうなの。けどどうして三賢者が呼ばれたのかしら。もう星座は増やさないって言っていたのに」
アリエスと呼ばれた女性は首を捻った。その様子に、向かいにいたキャンサーと呼ばれた男性は難しい顔をして俯いた。
「消えるのよ」
「ピスケス!」
突如女の子の声がしてアリエスが振り向くと、背後にもう一人女性が現れた。アリエスやキャンサーより幾分も若そうだが、醸し出す雰囲気は長年生きてきたものだけが出せる、まさにそれそのものだった。
「増えるのではなく、消える。消すの方が正しいのかもしれない。アリエス、貴方も若い連中とは違う。気づいているのでしょう? 目を……背けては駄目よ」
アリエスは押し黙って俯き、何かぼそぼそと呟いたあと、思い切り顔を上げた。
「ピスケス……私には分からないよ。分からないよ! なんで……なんで私たちはよくて、あの二人だけは駄目なの!? 分からないよ!」
頬に大粒の涙を浮かべ、声を震わせ、アリエスは泣き出した。そんな彼女をピスケスは優しく抱きしめる。
「ごめんさいアリエス。それは、私にも分からないの。ごめんさい」
キャンサーは抱き合う二人を見つめ、そして遠くに思い馳せる。
「俺は、カプリコンのところにもう一回行ってみるぜ」
そう言って、光の速さで消えていった。
「神よ、私たち以外にも、長年ここにいるものは気づき始めています。一番若い牡牛と、蠍と、射手と、水瓶が知るのも時間の問題でしょう。早くご決断を」
天秤の女性はなおも話し続ける。止めようとするものは誰もいない。
「神よ、貴方が一番よく知っているはずです。双子は……我々三賢者の次に生まれた、本来ならここにいるべき者。見た目は一番幼くとも知識、力は豊富。それに双子は星と仲が良い。この混乱が知れ渡るのも時間の問題です。……分かっているのでしょう」
「ああ、ああそうだ。だから辛いのだ。双子座ジェミニは私の大切な子。それをーー」
「逃げては駄目です!!」
一瞬、時が止まったかのように思えるほど静かになった。初めて、初めて天秤の女性が声を荒らげたのだ。男性や女の子も驚いて思わず女性を見つめる。女性の顔には相変わらずベールがかかっており、表情はよく見えないが、怒っているのだろうと雰囲気からわかる。
「天秤座リブラよ、お主は寂しく」
「寂しくないわけにでしょう! 怖くないわけないでしょう! けど」
あの子達のことを思ったらーーー
「知っているかい? 僕らは多分、今すぐにでも堕とされてしまうんだ」
「知ってるっていうか……多分皆が気づくだいぶ前から分かっていたような気がするよ。私たちは、罰を受けなくてはいけないんだ」
「そうだね。でも僕は、二人一緒なら平気だよ。たとえ堕ちてしまっても、絶対にまた巡り会える」
「そうだね。私たちは、ずっと一緒だよ」
「神、ご決断を」
男性は静かにそう言った。その顔は苦痛に歪んでいる。女の子も瞼をぎゅっと閉じて、必死に苦しさから耐えているようだ。
「神様、辛いのは皆同じですわ。私だって……双子とよく遊んでいたカプリコンなんて悟った時からずっと泣いていますわ」
「私も、双子は生まれた時からずっと見てきましたが、最初は不安定な二人がどうなるかを見張っていただけでしたのに、あの二人の眩い笑顔に照らされ、いつしか人間の言葉で言う弟や妹のように思っていました。この私がです」
女性は怒りを抑え、噛み締めるようそう言った。
「俺も、あの二人には何度も助けられました。ですが、だからこそ!」
身を乗り出す男性を女の子が片手で制した。
「バルゴ」
「神様も、もう分かっているはずですわ」
「さぁ、ご決断を。創造者、神よ」
女性はゆっくりと天秤を乗せた手を前に差し出す。
「分かっているさ。皆、本当にすまなかった」
「だから言ったじゃないですか。いたずらに星座を生み出すのは止めてくださいと」
「ああ、そうだな。もう二度とないようにする」
一瞬、その場を物凄い光が覆い尽くして消えた。女性の手の上にある天秤の皿には、白に輝く光と、朱に輝く光がそれぞれ乗せられ、秤にかけられていた。
「創造者、神が命ずる。様々なものを自らのその秤にかけ良い方へと力を貸す審判の星座リブラよ! 今誤ちを犯し双子座ジェミニに正しき審判を降したまえ!!」
天秤が輝き、秤にかけられた二種類の光は線となって遠くに伸びゆく。それは何にも勝る勢いで進みーーー
いつものように手を繋いで、そして人間の住む、星座がそれぞれ割り当てられた区画を守護している“地球”を仲良く眺めていた双子に突き刺さった。
「ついに、その時が来たね」
「うん、やっと解放されるんだ」
「正直言うとやっぱ怖いし、みんなと離れるのも嫌だな」
「けど、二人一緒なら乗り越えられるよ。二人だから、怖くても怖くないって思える」
「なにそれ、矛盾してるじゃない」
「ははは、そうだね」
「ねぇ、いつでもどこでも私たちは、笑って、皆に笑顔をふりまこうね」
「当たり前だ。だって僕らは笑顔と愛の星座なんだから」
「うん。……私ね、今まで言えなかったこと、今なら言えるよ」
「うん、僕も」
大好きだよ。
双子座ジェミニの罪。それは二人が互いを深く愛すること。まだ若い神が三賢者の制止を聞かず創り出してしまった、悪戯な掟。まさか生まれてからずっと一緒にいるもの同士が恋をするとは思っていなかったらしい。しかし掟は絶対。破ったものには罰を与えねばならない。
双子座は、とうに分かっていたのだ。愛し合っていることを。自分たちが禁忌を犯していることを。それを知ってなお深く愛し合ったのだ。誰にも認められないと分かって、表には出さずに愛し合ったのだ。
だが、皆も何万年と一緒にいるうちに段々と感づいてきたのだ。誰も邪魔はしなかった。それはそうだ。皆、どれだけ双子座の笑顔に、優しさに救われたことか。それに、あれほど仲の良い二人を邪魔できるものなんて星座の中にはいなかった。掟を知っていても、出来なかった。
双子は今、地へ堕ちた。いや……降り立ったのだ、幸せを地にふりまくために。せめてそう思いたいではないか。
「なぁバルゴ」
「なに、レオ。どうかしたのですか?」
「いや、大したことじゃないいんだけど……なんでリブラはあれほどまで凄い力をもっているんだろうか。生まれたのは俺らのたった百年前だろ? そんなに違いないのに」
「さぁ、私も少し不思議に思っていましたわ。一番目の星座だから……かしら?」
「教えてあげましょうか?」
「リブラ!」
「何故百年という差で貴方がたと私では力に差があるのか。それはねーー」
人間にとって百年とは、それほどまでに長いということなのよ。