第五話『果たされた約束』
……暑い。林の中とはいえ、陽当たりの良いこの場所は暑かった。それでも彼女の前から離れるわけにはいかない。俺は“約束”を果たしに来たのだから。
……お前がいなくなってから、俺は抜け殻だったよ。大学もつまらなかった。
そんな時に、俺は今の奥さんと出会ったんだ。
すべてが嫌になり自暴自棄になっていたあの頃。
あいつは俺を癒してくれた。お前を失い絶望していた俺に手を差し伸べてくれたんだ。俺は悩んだ。
あいつに心惹かれていく自分が、すごく卑怯に思えたんだ。
お前の身代わりにあいつと付き合うような気がした。
だから、俺はあいつにお前の事を言った。
でも、あいつはそんな俺を受け入れてくれた。
それがきっかけで、俺はあいつと付き合う事にしたんだ……。
(……あれから俺もいろいろあったけど、今は幸せに暮らしてるよ。
今なら、あの時の“約束”が果たせたと言えるよ。
どうかな?果たせたと思うか?)
俺は小さくなった彼女に問いかける。
……風が出てきた。
墓前に添えたひまわりが揺れる。まるで頷くかの様に頭を振るひまわり。
(……果たした、と受け取ってもいいのか?)
緩やかな風が俺の体を包む。
ひまわりは静かに揺れている。
何故か、俺はそれが彼女の答えだと思えた……。
都合の良い考えかな?
でも、彼女ならきっと笑顔でこう言うんだ。
「……約束、果たせたよ。私の分まで、幸せになってくれてありがとう。そして、来てくれてありがとう……」
だって、お前は俺の中にいるんだ。
今になって思い出したよ。
俺は彼女との思い出を胸にしまって生きて来た。
一緒に生きて来たんだ。だから、お前の言いたい事はわかるよ。
なんてことない。
わざわざ会いに行かなくても、答えは自分の中にあったんだ。
「……俺って間抜けだなぁ。はははっ」
笑いがこみ上げてきた。
そうだよ、自分が幸せかどうかなんて、人に聞いてもわかるわけない。
「……でも吹っ切れたよ、ありがとう。そして、さようなら……たぶん、もう来ないよ」
俺は小さくなった彼女に頭を下げた。感謝の気持ちを込めて。
最後に、もう一度だけひまわりを見た。
風に揺れるひまわり。そして彼女に背を向け帰る事にした。
……その時、一陣の風が吹いた。
「……もう帰るの?」
聞き覚えのある声がした。
忘れるはずがない、あの時と変わらない声。信じられない思いで振り返った。
「……会いに来てくれて、ありがとう」
……そこにいた。
彼女がいた!俺は目をこすった。彼女が、すぐ目の前にいる。
「……神様が、一度だけ許してくれたの……」
信じられない。
彼女がいる。これは夢か?幻か?驚きのあまり、言葉が出せない。
「……約束、守ってくれてありがとう……」
変わらない笑顔。眩しい程に優しい笑顔がそこにあった。
涙が溢れてきた。
「……会えて嬉しいよ。お前の口から、答えが聞けて嬉しいよ……」
俺は振り絞る様に言った。
口の中がカラカラだ。
これ以上、声を出せない。
せっかく彼女に会えたのに、これしか言えないなんて!
「……ありがとう。いつまでも元気でね、さようなら……」
そう言って手を振る彼女。
彼女の体が透けていく……変わらない笑顔だけを俺に向けて、静かに消えていった……。
……これは奇跡だ。
彼女が起こした、愛という名の奇跡。
まともに会話する事も出来なかったけど、俺は今日という日を一生忘れないだろう。
(……今日、ここに来てよかった。
そして、お前を愛してよかった。俺は、ホントに幸せ者だよ……)
彼女には心からの感謝でいっぱいだった。
彼女のおかげで俺は“約束”を果たす事ができた。
もしかしたら、あの出来事はすべて夢かもしれない。
俺はそれでも構わなかった。
この気持ちを胸に、これからも強く生きていける。
そう思えるから。俺にとっては“真実”なのだから……。
拙い文章でわかりにくい部分もあったと思いますが、最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。




