第四話『回想〜最期の言葉〜』
……季節は春。
雪は溶け、桜が咲き、暖かな日差しを浴びながら、彼女は病院の中庭で車椅子に乗り散歩していた。
あれから病状は安定していた。
これは奇跡的な事だと主治医は言っていた。
俺はこの奇跡がずっと続けばいい、と心から願った。どれくらい生きられるのか、それさえもわからない状況で彼女は生きている。
治せないのは知っている。それでも俺は奇跡を願わずにはいられなかった。
「……ねぇ、正人。奇跡が続いてるね?」
眩しい笑顔。なんでこんなに笑顔でいられるんだろう?彼女はわかっているはずだ。
なのに何故、笑顔でいられる?俺の方が現実に押し潰されそうになっている。
(……俺の方がまいってるな……)
後ろ向きな考えばかりだ。
もっと楽しい思い出を作らなければ。
俺が悲しんでいたら、いい思い出などできない。
俺は明るく振る舞う事にした。
彼女の体調は安定している。
その奇跡が続く事を信じて、後ろ向きな考えを捨てよう。
それからも彼女は少しずつ元気を取り戻していた。
春が過ぎ、夏が来た。
彼女は夏の日差しを浴びる事ができたのだ。
もしかしたら治ったのかもしれない。
そう思わせる程、彼女の体調は良くなっていった。
……だが現実は残酷だった。
相手は現代医学では“不治の病”と言われている病。
見えないところで、彼女の体を蝕んでいったのだ……。
彼女の容態が急変したのは夜中だった。
もちろん俺は病院にはいない。
あまりに急な展開に、俺は彼女の最期に立ち合う事はできなかった……。
しかし、俺は彼女の最期の言葉をもらっていた。
朝、目が覚めると一通のメールを受信していたのだ。
彼女からのメール。それは、夜中に送られた別れのメールだった。
『たぶん、これが最後になるかもしれない。
そんな予感がするの。
だからメールします。
正人、今までありがとう。
ここまで生きてこれたのは正人のおかげです。
最後に会えないのは残念だけど悲しまないで下さい。
私の分まで幸せになってね。
正人、約束だよ?私がいなくなっても、幸せになって下さい。
正人、今までありがとう。さようなら。』
彼女は、このメールを送信してすぐにナースコールを押したそうだ。
それから意識を失い、緊急処置もむなしく明け方に……旅立っていった。彼女からのメールを見て、俺は病院へ急いだ。
病室に着いた時には、彼女はすでに息を引き取っていた。
彼女の両親は俺に気遣い二人っきりにしてくれた。
彼女を見て俺は泣いた。
悲しくて、悔しくて、自分の無力さに、自分の情けさに泣いた。
周りなんて気にならなかった。
この世の終わりだと思うくらいに俺は声をあげて泣いた……。




