09:宣言
ヴァルハラ国の国政には、『春夏秋冬』と呼ばれる庁が存在し、それぞれの部署のトップとして長官と呼ばれる人物が在籍している。
それぞれの部署毎に扱える権限が異なるが故に、縦の繋がりはあっても横の繋がりは皆無と言っても良い。ただそれは仕事に限ってのことであり、個人の範囲で言えばそれは吝かではない。
さて、春夏秋冬の庁がどのような割振りで仕事をしているのか、簡単に言うとこうである。
○春の庁…戸籍や土地の管理、運営。国民の健康に関する全般を担当。
○夏の庁…軍事関連及び、災害時に置ける復興支援全般担当。但し、災害時の復興支援の場合は春の庁が陣頭指揮を取る。
○秋の庁…法律関連全般を担当。対外交渉も兼任。
○冬の庁…武器及び、食料備蓄関連担当。有事の際の武器使用又は持ち出しは、国王、宰相両名の承認及び長官の承認を得なければならないが、食料備蓄開放は三名の内、二名の了承を得れば良い。
この他に、王族の身の回りの世話をする『月』、国の祭祀を担当する『星』が存在しているが、この2つの庁には国政に携わる程の権限は無く、あくまでも裏方としての庁として存在している。
ちなみに、フレイアを召喚した部署は『星』に所管されている。
更に言えば、国の予算や収入に関する庁もあっても良さそうなものだが、その部分は国王と宰相が扱っているため、予算編成の時期には国王と宰相両名の度重なる厳重な審査を通過した上承認が下りるという、極めて厳しいものとなっている。
「なる程ね。じゃあそのフェンネル侯爵って言う人は、軍事関連の長官なのね」
真面目な顔で(ヴィクトリアをべったり張り付かせたまま)そう言ったフレイアを見て、一瞬顔をしかめた上でジローリアスが頷く。
「左様です。軍を司る夏を統括するからこそ短慮な行動は慎んで貰いたかったんですが、アレ(・・)にそれを耐えるだけの忍耐と矜持が無かったのでしょう。全くもって遺憾ですね。」
サラリとフェンネル侯爵をアレ呼ばわりしたジローリアスをチラリと見たフレイアは、口元に誰にも見られず微笑を浮かべる。
次郎さんって、なかなか面白い。
ふふっ、腹黒系かー。裏でコソコソ小細工しそうなタイプではないけど、敵に回したら案外厄介そう。宰相やってるだけあって、頭の回転も早そうだしね。ていうか、粘着質っぽい。うわぁ、ご飯粒タイプ~。
それに、綺麗な顔してるから顔で釣った女から情報を取れるだけ取ったらポイ捨てする類の男だね、こいつは。
等と、結構…いや相当失礼な事を考えていた。
「だけど、そのフェンネル侯爵って言う人だけの計画じゃないと思うんだけど。仮に、太郎ちゃんが毒を飲んでたとしても、あの量じゃ死なないもの。ねぇヴィクトリア、そのジジイに渡された量を太郎ちゃんのカップに全部入れた?」
「はい、入れました。渡された小瓶にも極少量しか入ってなかったので、これで効くのかしらと思いましたから」
ふーん。と唸りながらヴィクトリアの髪を撫でているフレイアを、タロヒュージは訝しげに目を細めた。それに目ざとく気づいたフレイアは、ヴィクトリアに朝食を用意してくれと頼み、その場から彼女を退出させた。
再び静かになった部屋で、フレイアは足を組んで、タロヒュージに向かってニヤリと笑んだ。。
「で?何か言いたい事がありそうね」
「朝から素っ裸を惜しげもなく披露したお前の事だ。また突拍子の無い事を言い出すんではないかと思ってな」
「あぁ、あれね。別に何て事はないわ。ねぇ、隊長?」
「なんだ?」
呼ばれたマキシマスは何事だと思い、フレイアの方に目線を移した。
「あなたチェリー君?」
「…は?」
「だから童貞なのかって聞いてるんだけど」
その問いかけにマキシマスだけではなく、その場にいた男達の空気が凍った。
まさかここにいる全員が童貞じゃないわよねと思い始めているフレイアは憐憫を込めて祈った。
残念なイケメン達に幸多かれ。
きっとすぐに引く手数多で寄ってくるはず。
あら、でも王様業の太郎ちゃんもチェリー君?
固まったままのタロヒュージに手を振って正気へと引き戻そうとした瞬間、マキシマスが爆発した。
「違うに決まってんだろ!!俺もう29だぞ!この年で女知らないなんて有り得ん!」
憤慨だとばかりに怒鳴ったマキシマスの怒気で正気に戻ったタロヒュージ、ジローリアス他2名もうんうんと頷いている。
「俺はともかく、ジローリ…いや、閣下の女に対する卑劣ぶりは有名だぞ!」
「へー。例えば?」
「ジローリ…閣下は情報を持った女を厳選して選んだ上で、自分に得になるような女としか寝ないからな!そして、引き出し終わったらポイだ!どうだ、卑劣だろう!!」
「マキシマス!!お前と言う奴はよくもまあ人の事をペラペラペラペラと…っ!」
「事実だろーが!引き出し終わった女を牢に入れたり、城から追い出してるのは俺なんだぞ!いつもいつもお前に対する怨み事を聞かされる俺の身にもなって見ろ!」
「誰がお前みたいな頭ん中が筋肉で出来たような単細胞になりたいと思うんですか。そんな酔狂な人がいたら見てみたいものですね、マキシマス。」
「なんだと、こらぁ!」
頭から湯気が上るのではないかと思う程、顔を真っ赤にして怒鳴っているマキシマスと、さも上から目線のジローリアスをフレイアはじーっと見ていた。
なんだ、次郎さんの性癖はやっぱりそうだったか。と思いつつ。
「あいつらは放って置いて、何故いきなりそんな話になるんだ?あぁ、お前の頭がおかしいからとかそんな残念な事が理由なら、余は朝議と謁見があるからもう行くぞ」
「太郎ちゃんがあたしの裸を見て、微動だにしなかった事は褒めてあげる」
にっこりと笑って足を組み替えたフレイアに眉を顰めたタロヒュージは、未だ騒がしい宰相と近衛隊長を黙らせ、フレイアに今の言葉の先を促した。
「戦場で一番危険なのは、裸に興味を持った奴じゃない。『持たない』奴よ。興味を持った男はどうしても隙が出来るわ。そこを狙われたら戦場では命取り。同様に、隊長みたいにあたしの裸を見て後ろを向いたのも、あたしから言わせたら、愚の骨頂としか言いようがないわね」
嘲笑うかのように話すフレイアの言葉に内心動揺を隠せないマキシマスは、背中に冷や汗をかいているのを自覚していたが、そこは腐っても近衛隊長である。間違っても顔には出さない。
しかし、フレイアは鋭くそこを付く。
「隊長、動揺してるようだけど事実よ?経験がない初なチェリー君じゃないんだから、女の裸なんて見慣れてるんでしょう?それが例え、王様の花嫁候補であろうともね。あなたは、タロヒュージ陛下を守る為にそこにいるの。その事を忘れて、たかが裸一つで狼狽えるなんて本当にみっともない」
「………」
「このヴァルハラって国は馬鹿に平和なのかと思ったら、王様が毒殺されようとしてる。なかなか面白そうじゃない?だけど、警護をしているのが女の裸程度で狼狽するような近衛隊長じゃ、先が思いやられる。本当にね」
茫然とする周囲をフレイアが蔑んだ目で一瞥していると、ヴィクトリアが軽やかな足取りで、朝食の乗ったワゴンを運んで部屋に入ってきた。
静寂が支配する部屋に、カチャカチャと皿が並べられる音と、ヴィクトリアの場違いな鼻歌が響く。
口を開いたのは、タロヒュージ。楽しそうに口を歪めて。
「お前はなかなか面白い考え方の女だ。花嫁候補から外すのが惜しいな」
「このあたしを嫁にするなんて、太郎ちゃん。あなたにはまだまだあたしは不釣り合いよ」
思わず左右色の違う瞳に魅入った。それだけフレイアの持つ絶対的な自信に魅了された。その自信は全く根拠の無い驕りなのか、はたまた、裏打ちされた何かがフレイアにはあるのか。
タロヒュージは迷うことなく、後者を選んだ。ヴァルハラの王としての直感ではあるが、間違えることなど無いかのような直感だった。
フレイアの纏うオーラは、さながら神のオーラと言っても良い。流石は、美と慈愛を愛しながらら、破壊をも司る女神フレイヤの名を付けようとしただけはある。
まさに美しい物には棘があると言われるように、ただ単に美しいだけではない。
この女
手放すには惜しすぎる。
「…ふっ…そうか…ではフレイア、お前を候補から外さない。せいぜい、お前のお眼鏡に叶う男となって、余に惚れ倒させてから候補から外してやる」
くつくつと笑っているタロヒュージの顔を見て、妖艶な笑みを浮かべたフレイアはそれは楽しみだとばかりに口に言葉を乗せ、紡ぎ出す。
「楽しみにしてるわ、太郎ちゃん」
今回はちょっとマジメに。




