05:What your name?
「そう言えば、あんた達の名前って聞いてなかったわね。」
ヴィクトリアを膝に抱えたまま、不機嫌そうに睨んでいる太郎ちゃんの目の前に座っちゃってるあたしは、そう言えばこの世界の基本的な事を全てすっ飛ばしている事に気付いた。
次郎さんなんか、ようやくまともな事を聞いてくれた!と安堵しているようにも見えるし。
「ようやく自己紹介ができるのか…ここまで来るのが長かったように思えるな…。余の名前はタロヒュージ・クロード・オーディンだ。お前が召喚されたこの国、ヴァルハラの王だ。」
「…オーディン?ヴァルハラ?北欧神話の?」
「ほくおうしんわ?何だ、それは?」
「あたしの世界では、国によって世の成り立ちが違うんだけどね。世の成り立ちが違うってことは、信じてる宗教も違うわけよ。大まかに分けると4宗教かしら。ま、あくまでも大まかだから、他の宗教もあるのよ。で。さっきの話に戻るけど、北欧っていう地域の神話の絶対神が『オーディン』なの。で、『ヴァルハラ』っていうのは、世界がラグナロクで終焉を迎える時のために『ヴァルキリー』っていう女の戦士達に死んだ勇者の魂を集めさせてるのよ。その死せる勇者達が住むのが『ヴァルハラ』。」
「ほう…。では、余の名前は神なのか?」
うわぁ、うざいわね。なんかニヤニヤしてるもん。
だいたいタロヒュージって…。あたしが適当にあだ名付けた太郎ちゃんと変わらないじゃない。
「そうね、同じみたい。太郎ちゃん、嬉しそうね。」
「たろ…随分初対面で砕けられたな…。まぁ良い。その『オーディン』とはどんな神なのだ?」
「…ねぇ、ヴィクトリア。お茶を用意してくれないかしら?喉渇いちゃった。」
「はい、姫様。」
うっとりしているヴィクトリアの頬を一撫でして、膝から解放する。
心なしか、ほっとしてる雰囲気がするのは気のせいかしら?
「オーディンの講義をしてあげたいのは山々なんだけど、その前に。そこの周りの人達の名前も教えてもらえないかしら?気がきかないわね、太郎ちゃん。」
太郎ちゃんの額にビシッと青筋がたったけれど、そんなのはあたしには知ったこっちゃない。
ヴィクトリアが煎れている紅茶のいい香りがして、かなりリラックス状態。この香りはダージリンね。
「ねぇ、そこの偉そうなあなたは?」
「偉そ…っ!ごほっ、失礼…。私はジローリアス・ツァラトゥストラ。ヴァルハラの宰相を務めております。」
「次郎さんね。次、さっきあたしに投げ飛ばされたあなたは?」
「くっ…!俺は、陛下の近衛隊長をしているマクシマス・チャネルだ。こっちが部下のアイロンとファイス。」
「ふぅーん。よろしくね。って言っても、あたしはすぐ戦地に行くから、本当に顔見知り程度って事になっちゃうわけだけどね。」
お茶の準備が着々と整う中、足を組んだ。
いちいち目を逸らさなくていいんだけど。別に裸じゃないんだから。って言っても、あたしは裸見られたぐらいじゃ別にどうって事はないけど。
「ところで、お前の名前は?余達が自己紹介したところで、お前の名を知らぬのは些かおかしくないか?」
「あぁ、そうね。うーん…この世界が北欧神話に準えているんだったら……」
北欧神話かー。ヴァルキリーのブリュンヒルドでもいいけど、彼女はあたしの好みじゃないのよね。愛しのシグルズに裏切られたと思って殺しちゃった後で、我の身を焼き滅ぼすなんてねぇ。
ん~だったら、やっぱり彼女だわ。
「『フレイヤ』。あたしの本当の名前は違うけど、神話に則れば、フレイヤがあたしにはぴったり。」
「フレイヤ?」
「そう、フレイヤ。愛と美の女神で、ヴァルキリーの長。死と破壊をも好む性格をしてるのよ。それでもって、オーディンの愛人。ね?あたしにぴったり!」
「愛人って何だ!!お前花嫁候補でも無くなるのに、まさか寵姫になりたいのか!?」
あらあら、大噴火だわ。全く、細かい男ね。次郎さん達はまたまた唖然としているし。
何よー。
「別に太郎ちゃんの愛人になりたいわけないじゃないわよ。全くいちいちうるさい王様ねぇ。」
「だいたいフレイヤ?こちらでは、聖なる泉を守護するの女神の名前だぞ。それを名乗るのは不遜に当たる。」
「まさか、その泉の名前って『ミーミル』じゃないわよね?」
言葉に窮するギャラリーを見て、大袈裟に溜め息を付いた。
ミーミルなのね。
どうやらこの異世界は北欧神話に彩られているらしい。だったら、ユグドラシルとかあってもおかしくないかも。
「だったら…フレイアにしようかしら。そうね、そうするわ。これからフレイアって呼んでね?」
にっこり笑って、誰にも有無をも言わせない。
そうこうしている間に、ヴィクトリアのお茶の準備が出来たみたいね。
カップが目の前に並べられて、香しい紅茶の香りがふわりと辺りを包む。
ちなみにあたしは、紅茶よりもコーヒーの方が好きなんだけど、まぁこの際文句言ってられないし。
飲もうとカップを持った所で、ぐったり肩を落としている皆を見た。
「あれ、太郎ちゃん、飲まないの?美味しそうなダージリンじゃなーい。」
「…あぁ…そうだな…。」
「なんか、疲れてるように見えるのは気のせいかしら?ま、いいけどね。ん~、いい香り。美味しそうな紅茶ね、ヴィクトリア。」
「はい、この茶葉は最近貴族の令嬢に評判なんですよ。」
「そうなんだぁ。あー!!ちょっとぉ!!太郎ちゃんのほうが量多い!あたし、そっちがいい!!」
「なんて卑しいんだ、お前!!」
「まっ!失礼ね、レディに向かって!!」
「お前のどこがレディだっっ!!」
ぷいっとそっぽを向きつつ、太郎ちゃんのカップを強奪してやった。
呆然としている太郎ちゃんを尻目に一口。
あぁ、確かに美味しい。評判なのもわかるかも。
「んー!美味しい!!美味しいよ、ヴィクトリア!」
「ふ…フレイア様…」
「んふっ。どうしたの、ヴィクトリア?」
カタカタと小さく震えているヴィクトリア。
あーあ。残念だわぁ。
にっこり、自分の中でも極上の笑顔で笑って、また一口飲んだ。
「ごめんねぇ、ヴィクトリア。あたし、毒じゃ死なないの。」
ざぁんねん、ヴィクトリア。ご愁傷様。
北欧神話について、間違ってる場合もあるかもしれないので、間違ってたら教えて下さいませ。




