15:魔獣と初対面
フィクションです。何が何でもフィクションです。
「太郎ちゃん、あたし暇だから魔獣ちゃんに会いたい。て言うか捕獲に行きたい!」
「何だ、藪から棒に。魔獣なら厩舎にいるぞ。今人を」
「よっしゃー!許可出たー!!待っててね、魔獣ちゃーん!!!!」
マキシマスの静止を『邪魔だからどけ』の一言で軽快に沈め、フレイア付きである新人近衛兵を置き去りにしてさっさと厩舎に走り去った後ろ姿を見て、タロヒュージとジローリアスは嘆息した。
「そろそろ彼女が来ると言うのに、なんと騒がしい…」
「陛下、それよりも彼女のお気持ちがフレイア様に向いたら如何します」
「断じてありえん!!」
まんざら有り得なくもない事を口走った宰相をギッと睨み付けたタロヒュージは、何やら気配が白くなっているマキシマスに声をかけた。
「フレイアが厩舎に行ったが、余の魔獣に近付かないように言ってあるのだろうな」
「係がいるから大丈夫でしょう。万が一、フレイア様が近付いたとしても、抑制輪もしているので大丈夫だと」
「……いっそのこと、バクリと一息で喰ってくれないものかな…」
ぼそりとタロヒュージが放った不穏な言葉を、その場にいた誰しもが聞かなかった事にして粛々と仕事を続けた。
一方、喰われればいいのにと言われたフレイアは、意気揚々と厩舎への道を颯爽と歩いていた。
道中、何人か女官が自分に見惚れていたのに気付き、手を振り投げキスのサービスまで付けてやった。当然黄色い声が上がったが、今は魔獣の方が最優先だ。キャーキャーと言う姦しい声に後ろ髪を引かれつつ、厩舎への道を急いだ。
フレイアは道案内を付けてはいない。
何故ならば、城の内部をとっくに覚えてしまっているからである。
蔵書室に置いてあったのは、歴史書の類だけではない。何故か城の内部の事が書かれた蔵書なんかもあり、城が出来た時の設計図に似たものがあったので、それを紐解いて行くうちに、現在の城の内部がなんとなくだが把握出来たのだ。百聞は一見にしかずと言うが、足りないものは自分の優秀すぎる頭脳で補う。それで足りないのならば、行動あるのみ。
幸いにして、フレイアは異世界『地球』では特殊部隊顔負けの実戦経験を積んでいる。拉致・誘拐なんぞ可愛いもので、毒殺・暗殺の類はこの年で腐るほど体験している。当然ながら『目には目を』のハムラビ法典を絵本代わりにして育ったフレイアは、自分を狙った暗殺者や誘拐犯、拉致犯の実行犯は勿論、雇った人間を一人残らず見つけ出し、自分に歯を剥いた愚かさを身を持って償って貰った。すなわち、報復という名の制裁を。
勿論、イギリスのSASのキリングハウス、アメリカ陸軍第一特殊作戦部隊D分遣隊(通称:デルタフォース)、同国特殊作戦軍(通称:U.S.SOCOM)等、世界各国の特殊部隊の訓練過程も受けた。当然、何回か実践にも参加した事がある。女、子供にも容赦しない男の部隊だろうがなんだろうが、フレイアはその身一つで全て蹴散らしてきたのである。何せ自分の教育担当官は、旧ソ連特殊部隊スペツナズの出身者だった。生きるか死ぬか、幼少時からお釣が来るほど身体の中に染み付いている。勿論それだけではなく、KGBのザスローン部隊出身者もいたのだが。
「ニコライも元気してるかなー」
鼻歌交じりで厩舎へ向かう道すがら、昔の教育担当官だった男の顔を思い出しながら、フレイアは微笑んだ。
「ここが厩舎?」
「これは…このような場所に候補様がいらっしゃいますとは…」
「始めまして、フレイアよ。魔獣ちゃんがいるって聞いたから、是非見せてもらいたくて。ね?いいでしょう?」
にっこりと艶然と笑んだフレイアに、あわあわと慌てふためいた厩舎係は、こちらですとどもりながらフレイアを厩舎内に案内して行く。その後をポチが着いてくるのだが、ビクビクしていて全く意気地がない。イラッとしたフレイアは、愉しみにしている魔獣ちゃんとのお楽しみを邪魔されてはかなわないとばかりに『そこで待ってろ』と一喝した後、うきうきと先立ちの厩舎係の後に続いた。
「この子が魔獣ちゃん?思っていたより小さいのね」
「これは全体的に体が小さい種族でして、その分凶暴性も少ないので、愛玩として飼われることが多いですね。騎乗用となるとこれよりも体が大きく、また凶暴性も増します。タロヒュージ陛下の魔獣、『フェンリル』がこの世界では最速で、強いとされています」
「フェンリル…ねぇ…」
灰色で、ふわふわした小さなウサギのような魔獣を手に抱き上げて、ころころと撫でくり回す。凶暴性が少ない言われた通り、人に対しての警戒感が少ないように思える。撫でまわされるのが心地よいのか、もっともっとと自分から体を押し付けてくるのを微笑ましく思いながら、説明している厩舎係の話を聴く。
タロヒュージが持っているらしい魔獣『フェンリル』がこの世界で最強のはわかった。
という事は、体も大きく凶暴性も強いという事もわかるのだが、どうやら制御する『抑制輪』なるものが付いているらしい。そんなものが無ければ、もっと強くなるのではと思ったが、この厩舎に入っているときだけ付けるのだそうだ。
「へーぇ…。ねぇ、あたし、そのフェンリル君をみ「いけません、それだけは後勘弁を!!」……まだ最後まで言ってないじゃない」
「フェンリルは、陛下以外懐かれてはおりません。もしも、フレイア様がお怪我でもするようなことになったら…」
「えー?別にあたしはいいのに。ね、どこにいるの?」
「駄目です!」
「けーちぃぃぃ!!」
「何と言っても、これだけは譲れませんので。御容赦下さいませ」
ちっと舌打ちをしたフレイアを引きつった顔で見ながらも、やはり譲れないらしい。
仕方ないと思い、ふわふわした魔獣を下ろし、ふと奥の隔離された部屋に目を移す。
ピリピリとした空気がそこに漂っている気がする。あぁ、あそこがフェンリルがいるという厩舎か…。にやりと笑って、厩舎係を見据えた。ひっと息を飲む音が聞こえたが、鮮やかに首に手刀を入れて意識を奪うと、一人その殺気交じりの空気がする方へと歩いて行った。
「フレイア様はどうした」
「マキシマス様~…それが…」
「一人で入っただと!?何で追いかけなかったんだ!!」
「だって、僕魔獣怖いんですもん…」
「この馬鹿!戻ったらシゴキが待っているのを忘れるな!行くぞ!!」
急いで厩舎内へと入ると、小型の魔獣の傍らで厩舎係が倒れているのを見かけて、マキシマス以下、ざっと血の気が引いた。意識を失っているらしい男の頬を叩いて覚醒させると、呻き声をあげて目を開けた。その瞬間、「フレイア様がっ!」と叫び飛び起きたのだが、直ぐに床にくず折れた。
「おい、フレイア様はどこにいる」
「…ふぇ…フェンリルの部屋に…」
「ちっ!最悪だ、おい、お前、こいつを頼むぞ!」
「まさか、行くんですか!」
「仕方ないだろう!!くそっ!」
フェンリルは抑制輪を付けていても、凶暴なのには代わり無い。最悪、腕の一本で済めばいいと覚悟しながら、フェンリルの部屋へと近づいて行く。
部屋までの短い道は、相変わらず殺気交じりの空気が蔓延している。びりびりとする空気を振り払うように、一呼吸すると、一気に部屋へと突入した。
「あれ、マッチョ隊長。どうしたの、そんな血相かかえて」
「……フレイア様……?あの…フェンリル…」
「あぁ、フェンリル君…ていうか、フェンリルちゃん?あのさー、フェンリルちゃんって、」
「いや!貴女は何をしているんですか!!」
「え?遊んでる。ねー?フェンリルちゃん」
グルグルと喉を鳴らせてフレイアに擦り寄っているフェンリルは、いつの様な殺気じみた雰囲気をしていない。それどころか、タロヒュージに甘えている時よりも甘えている。
自分以外の花嫁候補を手玉に取っただけでは飽きたらず、最近では城で働く女官にまでフレイアの名前は知り渡り、『フレイアに会えれば一日良いことがある』とまで言われ、女官達にもじわじわとフレイア熱が高まってきている。
それだけでは無く、まさか魔獣まで。しかもタロヒュージ所有のフェンリルまでフレイアの魔手に落ちるとは…。
フレイアが女で良かった。
これが男だったら、女泣かせの異名をやらなければいけないところだ。
しかしながら、タロヒュージ以外に懐いていなかったフェンリルまでもがフレイアの手に落ちた今、ますます事態はややこしくなって来たのではないか。
これでタロヒュージの本命が城に来た時、さっき戯れでジローリアスが言った事が現実に成り兼ねない。ぞっとするのと同時に、ここでフレイアを邪険にすればもっと悪い事が起きるのではないかと不吉に思った。
マキシマスは、なおもグルグルとフレイアに擦り寄って懐いている大型の魔獣のフェンリルがタロヒュージの言ったように、バクリと喰ってくれないものかと本気で思った。
SASなどの特殊部隊は実在しています。勿論、ザスローン部隊も。
本当はNavy SEALsも入れたかったんですが、まさかこの次期に…。って感じで見送りです。