14:太郎、うなだれる
「何だ、これは」
フレイアが来てから早いもので一週間。様々な悲鳴交じりの上奏があったものの、仕事が多くてほったらかしになっていたフレイアの部屋を訪れたタロヒュージは、開口一番そう言った。
「はぁい、太郎ちゃん、ご機嫌よう。元気だったー?」
満面の笑みで迎えたフレイアは、見惚れるほど美しかった。
のだが。
「あら、陛下。ごきげんよう」
「お久しぶりでございます、陛下」
「お元気でした?」
「わたくし達は皆、とても元気でしたわ」
ねーと頷きあう花嫁候補が勢ぞろいしている。しかも、全員フレイアに侍っている。イザベルがフレイアの毒気に当てられて、その注意をしに行ったジローリアスも暫く再起不能に陥った。その事を知ってはいたのだが、やはり忙しさにかまけて放置していたら、この惨状になっていた。報告を受けたイザベルの他、オフィーリア・ライト嬢とサマンサ・オッペンハイマー嬢、それにイヴ・ケンブリッジ姫まで増えている。
まいった。
全員タロヒュージの花嫁候補であるのに、全く気にかける素振りがない。それどころか、明らかにタロヒュージを邪険にしている。気の強いイヴが舌打ちをしたのが聞こえていたが、それがまさか自分に向けてされたものではないと信じたい。
一体全体何がどうしてこうなったのか、理由がわからない。当のフレイア本人は彼女達の身体を弄り、弄られ。ここが見覚えのある部屋でなければ、一種のいかがわしい店かと錯覚しそうになる。
誰かまともな人間はいないのか。そして一から全部説明してくれるような人間は…ぐるりと部屋を見回しても、タロヒュージには求めている人物が人っ子一人いない事に気が付いて、がっくりと肩を落とした。
仕方がないので、当事者であるフレイアと二人で話を聞こうとしたのだが、イザベル以下全員の凄まじいまでの拒否にあい、あえなく全員を同席させる事になってしまった。もうこうなれば破れかぶれである。開き直ったタロヒュージは、花嫁候補の一人であるオフィーリアからまず話を聞くことにした。
「わたくし、イザベル嬢と部屋が近い分、随分と侍女が騒いでいらっしゃったのが聞こえてきたので様子を見に行ってみると、彼女ったらお顔が真っ赤で始終ポーッとしていらっしゃったんです。どうしたのと侍女に聞いてみると、どうやら異世界から来た花嫁候補の方の色気に当てられたと。わたくし、それで気になって次の日、フレイア様のお部屋に伺ったんです。最初は少しお説教をしてやろうと思ったのですが…」
そこまで言うと、オフィーリアは顔をポッと赤らめた。上目遣いに見ているのはフレイアだ。嫌な予感がしてフレイアを見ると、全く悪びれる事無くお茶を飲んでいる。
オフィーリアは春の花嫁候補だ。その春の代表らしく、麗らかな風貌を持つ可憐な美人だ。そんな彼女は驚くほど世間ずれしていない。しばらくお茶を飲み交わす内に、呆気なくフレイアは彼女の恋心を得てしまったらしい。
「あたし何もしてないわよ?こう…オフィーリアは純愛ポジションだからね」
「まぁ、フレイア、何て嬉しいんでしょう。わたくしもフレイアを愛しています」
「ちょっとぉ!お姉さまはわたくしのものですわ!」
「まぁ、イザベル。あなたのようなチビでオコチャマなお嬢ちゃんがフレイアに釣り合うと思っていて?おほほほ、勝敗は目に見えているけれど、こてんぱんにやっつけてあげるわ」
「「私たちをお忘れなく」」
話を聞いていなかったサマンサとイヴも、そのフレイア争奪戦に参加しているらしい。聞くと、最初にサマンサがイザベルだけでなく、オフィーリアまで陥落されたフレイアに興味を持ったようだ。
サマンサは秋の花嫁候補だ。秋の実りに相応しく、たわわな肉体を誇った艶美な美女だ。そんな彼女を一目で気に入ってしまったフレイアは、あっという間に肉体的コラボレーションをしてしまったらしい。今やそこに男女の境はないようである。
「本当にフレイア様は私の知らない世界へと導いてくれました。毎日が驚きの連続なんですのよ」
「サムの胸ってマジで大きいし、柔らかいの!!この胸に顔をうずめていたいと思うのは悪い事じゃないはずよね。だいたい、そこの筋肉バカもサムの胸ばーっか見てるし」
急に話題を振られたマキシマスは多いに狼狽え、あわててサマンサの豊満な胸から視線を引き剥がした。そんな彼を蔑んだ目で見ていたサマンサが、あからさまに気持ち悪いと暴言を吐いたのにタロヒュージはまた驚いた。
元々サマンサは礼儀正しく、人の事を悪く言う事などなかったはずなのだが、フレイアと身も心も親密になると同時にその礼儀正しさはどこかに行ってしまったらしい。なんて事だと嘆息しつつ、最後にイヴの話を聞くことになった。
最後の砦であるはずのイヴは、隣国の姫で、夏の花嫁候補だ。夏の厳しい日差しの様にハツラツとした姫なのだが、はっきり言って気性が荒い。気が強いのだ。
そんな彼女がどうにもこうにも、フレイアに陥落されたのが信じられずに、イヴを見るとあっさりとそれを認めた。
「私、最初は全員が女に惹かれたなんて気が触れたとしか思えなかったから、フレイアに会って文句を言おうと思って、フレイアに会いに行ったの。そしたら、生憎蔵書室にいるってそこの不遜な侍女に言われてね」
不遜な侍女と言われたヴィクトリアは、全く気にする事無く、熱い視線をフレイアに送っている。そんな目線を送りながらも、給仕をこなしているヴィクトリアに内心呆れつつ、イヴの話に神経を戻した。
「私が蔵書室へ行った時、ちょうど私の国の本を読んでいたから、いろいろと教えてあげたの。ヴァルハラになくて私の国にあることとか、逆の事とか。まぁ、驚く程吸収が早かったわ。おまけに私が知らない事まで知ってるんだもの。腹が立ったったらないわ」
「全部本に書いてあったの。それを知らないなんて、国に住んでいる者としてもったいないと思わない?ねぇ、太郎ちゃん。あ、太郎ちゃんの書いた本っていうやつ…ごめんね、全っ然つまんなかった」
てへ☆っと笑うフレイアを余計なお世話だとギリギリと睨みながら、イヴの話を聞く。どうやら負けん気の強いイヴはその事が相当悔しかったようで、フレイアを見返そうと思い、自ら必死に勉強したらしい。しかし、それでも一日に蔵書室にある本を物凄い勢いで読破していくフレイアには勝てなかった。遂にイヴはフレイアに白旗を上げたらしい。
気の強いイヴは負けを認めると言うことは屈辱的でしかなかったが、その事をフレイアが笑う事はなかった。むしろ、潔く負けを認める事はなかなか出来る物ではないとイヴを認めてくれたのだ。
そして、そのまま部屋に連れて行かれて―――
「ちょっと待て、どうしてそうなる」
「私、貧乳で悩んでたんだけど、フレイアが貧乳には貧乳の良さがあるって言ってくれて、逆に自信が付いたの。確かに、フレイアの胸の感触を直に感じ「もういい…」」
「イヴはツンデレよねー。ツンの時は本当につれないくせに、デレになったらとことん甘えてくるんだから。そこが可愛いんだけどね」
「う…うるさい!!恥ずかしい事を言うな!!」
「…いちゃつくなら、よそでやってくれないか」
がっくりとうなだれたタロヒュージを気遣ってマキシマスが肩を叩いたが、精気を吸い取られたような気がするのは、何もタロヒュージだけではない事はマキシマスにもわかっていた。あろうことか、春夏秋冬の花嫁候補が全員フレイアの魅力に堕ちた。たかだか一週間放っておいただけなのに、確実に侵食されている。しかも、タロヒュージの花嫁候補達が揃って、その花嫁候補に喰われたらしい。哀れとしか言いようがない主の背中を見ながら、まだ到着していない月の花嫁候補がここにいなくて良かったと内心ほっとしていたのも事実だ。
本当は最初から決まっているようなものなのだ。月の花嫁候補を王妃に据えることは。
ただ、各長官らが煩いのと、一種の娯楽として花嫁候補を集めたに過ぎない。まぁ、そこに各自の思惑が隠されているのはご愛嬌である。
春夏秋冬の花嫁候補達は各々、何らかの形でタロヒュージに恩恵をもたらす事になっている。例え王妃になることはなくても、側妃として残せば問題はない。
春のオフィーリアは、土地取引に関する内密な情報を。
夏のイヴは、隣国との軍事同盟と言う不可侵条約を。
秋のサマンサは、一部法令の簡素化、並びに一部権限を王への譲渡を。
冬のイザベルは、過剰な武器の放出と、新たな武器購入の予算を冬庁から出させる事を。
しかし、星のフレイアには何も望んでいない。元々星庁には国政に携わる権限が無いのだが、全庁が花嫁候補を出すのだから、星も出さずにはいられないので、ヴァルハラの国政には全く関与出来ない異世界から償還することにしたのである。それを言うと月も同じなのだが、タロヒュージが無理矢理、月の候補に自分が思っている娘をねじ込んだのである。勿論秘密裏に。
勝敗は端から決まっているのだ。どんなに足掻いたとて、それが変わる事はない。精々、タロヒュージを巡って女の醜い争いをしていればいいと思っていた。
――――それなのに。
「ちょっと!お姉さまに近寄らないでよ!!」
「煩い、小娘!!」
「まぁ、きゃあきゃあとかしましいですわね。フレイア、わたくしの部屋に行きませんか?」
「まぁ、オフィーリア、一人だけ抜け駆けは許しませんわ?」
タロヒュージを巡って起こるはずだった醜い争いが、フレイアを巡っての醜い争いに変わっている。そこに、ヴァルハラ王であるタロヒュージのタの字もない事が信じられない。哀愁すら漂うタロヒュージの背中を見つめながら、マキシマスはひっそりと涙を流した。