12:マツコ・フレイア・デラックス
昼食もしっかりと取って、すっかり暇になったフレイアは、とりあえずこの世界の事と花嫁候補の事について知っておかないといけないだろうと思った。
なんたって、国の名前や王様の名前はわかるのだが、タロヒュージの年はおろか育った環境等々知らないから。
とりあえず花嫁云々にはなる気なんぞさらさら無いが、敵を知るには味方からである。
こちらでは逆に異世界になっていまった故郷では、十分すぎるほど敵の内情を知り尽くすのに力は惜しまなかったフレイアではあるが、その時には優秀な部下達がいたし、こちらと違い、完全コンピューター化しているのだ。ハッキングはおろか、そのまま情報の改竄だってやっていた情報化社会からいきなり許可もなくトリップ。ここまでアナログな世界、しかも下拵えを完璧にこなす部下もいないとなると、やはり自分自ら動かねば情報は得られない。
面倒だなーと思いながらも、どこかわくわくしている自分。そう、近年稀にみる期待感。
あちらの世界では、こんなわくわく感なんてとうの昔に感じなくなって久しい。実験が成功し、治験も通り、製品が発売され、更に賞まで穫ったが、それでも何の感慨もわかなかった。
実のところ、フレイアは真っ黒も真っ黒。宇宙の神秘、ビッグバンで出来るブラックホール並みに光を通さない位に、腹も頭脳も真っ黒なのだ。
本来のフレイアであれば、『アポなし』と『未許可』で強引にこちらへと連れてこられたるという暴挙は、はっきり言ってあそこにいた全員を殺しても差し支えないくらいに苛立たせた。だが、持ち前のファイティングスピリッツと、退屈からの脱却、そして何よりも異世界トリップと言う、ファンタジー極まりない現象に、些かの興味を持ったからに過ぎない。
太郎ちゃんを殺して女王になるのもいいかも~☆うふふふ…とあちらの世界で彼女を知っている人達だったら、身の毛のよだつような笑い声が部屋に響いた。
それを見て、ヴィクトリアが身悶えていたのはご愛嬌である。
ヴィクトリアが教えてくれるのを聞くのも良いが、とりあえずこの国を知ることが最優先だ。そう思い、図書室みたいなのがないかと聞くと、蔵書室がありますよ。との事なので、その蔵書室なるものへと案内してもらった。
別に護衛なんて必要ないので断ろうと思ったが、そうもいかないらしく、まだまだ新米っぽい近衛が後ろをちょこちょこ付いてきた。
仮にも花嫁候補だっていうのに、新米を付けると言う辺りに、自分に対するタロヒュージの扱いが透けて見える。確か先ほどのイザベルは、後ろに二、三人付き従っていたようだったが、それはタロヒュージが付けたものではないのだろう。服装が違っていたし。
となると、この異世界トリップをしちゃった自分は、後見がないわけだ。
そうなると、いくら花嫁、王妃になろうとしても駄目なわけだ。
だったらさっさと、候補から外してもらいたいものだが、あの金髪太郎は何を考えてだか外さないと来たもんだ。まあ、面白そうだからと言う理由だろう。BAU直伝のプロファイリングを舐めるなよ。
と毒づいていると『蔵書室』と書かれたプレートがキラキラと光るドアの前に付いていた。やはり識字も出来るようだ。あっぱれ、異世界トリップ。
両開きのドアだったが、別に無理して両開きにする必要はない。なので、片方のドアを開くと、図書室特有の紙の匂いとインクの匂いが鼻をくすぐった。
くどいようだが、情報化社会出身のフレイア。普段はエコだと言うので、紙資源は徹底的に省いている。書類仕事が無いわけではないが、殆どがパソコンの画面上で済むため、この匂いからは遠ざかっていたのも事実だ。
思わず頬が弛むと、司書と思しき若い男がイスから立ち上がり、フレイアの方へと歩み寄ってきた。心なしか顔が赤いが、まあそんなの関係ねーである。古いが。
「あの…どちら様でいらっしゃいますでしょうか?」
「星の花嫁候補でいらっしゃるフレイア様です。フレイア様が本をお読みになりたいと仰いまして。司書殿、構いませんか?」
「星の…。なる程、わかりました。では此方へどうぞ。」
と言う、新米護衛と司書の会話が成され、司書の案内で通されたテーブルの前にあるイスに腰掛けて、この『蔵書室』なるものの説明を受けた。
――この『蔵書室』には、一万点を超える蔵書がございます。近隣国では隣に並び立つ国がいないと言うほどの、素晴らしい程の蔵書数!古代歴史書から経済書籍、壮大なスケールで描かれた絵画史や宗教画史、また、女の子でしたら誰しもが憧れる童話や、男の子でしたらヒーロー物なんていうのもございますよ!しかもしかも、それら全て初版本でございます!!マニアであれば垂涎物の一冊が、この蔵書室には沢山あるのです!!あ、勿論、貴族社会をすっぱ抜いたゴシップ誌や、噂話で構築された週刊誌、お色気たっぷり本なんかもございますので、もしご興味がおありでしたらば私めに一言かけて下さいませ――
一気にまくし立てた司書に若干引きながら、説明をありがとうと微笑みかけた。
顔を赤らめた司書と新米護衛(以降ポチ)を尻目に、さーて何を読もうかなと考えて、とりあえず歴史書だなと思い、『ヴァルハラ建国記』なるもの(二十章からなる全四十冊の超大作。タロヒュージやジローリアスもトライしたが、難解な言葉選びに苦戦して両者挫折。ちなみに一冊当たりのページ数は広辞苑並み。)を本棚からごそっと抜いて、テーブルにドンっと置いて読み始めた。
「…なんとっ…いきなり建国記から読み始めるとは…。」
「…僕あれ一ページで挫折しましたよ。」
「ここだけの話、あの建国記をしたためた作者の一族は、あの建国記のせいで崩壊したと言います。来る日も来る日も建国記、遺言も『建国記を頼む』だったらしいですからねぇ…」
「…すみません、司書殿。僕は今何を見ているんでしょうか。どうも、フレイア様は雑誌でも見るかの如くパラパラと捲っているようにしか見えないのですが…」
「私もですね。やはり建国記は難解なんで…」
そう二人が話している最中、パタンと一冊が閉じられ、すぐさま二冊目に突入したフレイア。その読むスピードは、やはり雑誌をパラパラと立ち読みしているかの如く早い。
本当に読んでるの?
わかんないよ、パラパラ読んでるフリじゃね?
そんな司書とポチとの無言の会話がなされる中、黙々と本をめくり続けるフレイアの手は止まることがない。
遂には、最後の一冊を残すばかりとなったのだが、最初の第一巻を手にとってからまだ二時間も経っていなかった。
「陛下、蔵書室の司書から報告が。」
「何だ。」
「フレイア様が『ヴァルハラ建国記』を読破したと…。しかも、たった二時間で…。」
「あれをか!?」
「司書からフレイア様のご感想も報告されています。『第五巻五章、四十一節目の表現が素晴らしく美しい。こんな言葉の扱い方をされたら、言葉が喜ぶわ。それなのに、第十三巻、十一章の七節目から三十五節までの文章表現が乏しい。それと、第十六巻十五章、二十三節から最後まで、あれじゃあ何を表現したいのか読者に伝わらない。一族で書いたんだろうけど、十巻以降の作者は屑ね。以前の作者の足下にも及ばないわ。同じ建国記扱いにするのは、以前の作者に対する冒涜だわ』だそうです。」
「………」
「…まだありますが聞きますか?」
「作者一族も救われんな…。しかし、ジローリアス、お前は建国記全部読んだか?」
「あんな化け物、十巻までで限界でしたよ。陛下も似たようなものでしょう?」
「余は十五巻で挫折だ。何が言いたいのかさっぱりわからない本だったな…」
はー…と今日一日で何度ついたかわからぬため息の回数を、また一つ増やしてしまった太郎と次郎だった。
「これ、つまんなーい!」
「ふ…フレイア様!こちらの本は陛下が執筆なさった…」
「文才無いんじゃないの?」
蔵書室では現在進行形で、そんな会話が成されているのだが、二人には知る由も無いことである。
タイトルに関しては、何も言うまい…。マツコは好きです、はい。
フレイアに関してですが、少しだけブラックフレイアが垣間見れたと思いますが、トリップする前のフレイアは相当黒いです。なので、フレイアに対してあまり素敵な希望を持たない方がいいと思います。
追々その辺は書くのですけれど、その場合は前書きに注意書きを入れます。