拡張と選択
第3話です。宜しくお願いします。
静かだ。
あれだけ騒がしかった外の世界が嘘みたいに、俺の部屋は静まり返っている。
いや、正確には“静かすぎる”。
窓の外では、時折、何かが崩れる音や遠くの悲鳴が聞こえる。
それでも、この部屋の中にいると、それらはどこか現実感が薄い。
温度は一定。空気も澄んでいる。
電気も、水も、問題なく使える。
「……隔離されてるみたいだな」
ぽつりと呟く。
まるでこの部屋だけ、世界から切り離されているみたいだ。
だが、それが事実なのだろう。
《日常生活》というスキル。
ふざけた名前のくせに、やっていることは明らかに“異常”だ。
テリトリーの修復。
環境維持。
商品生成。
そして——
「……ネットショッピング」
視界に表示される文字を見つめる。
【ネットショッピング Lv1】
・1日1回、テリトリー内に存在しない商品を1つ取得可能
・取得した商品は以降《商品生成》で複製可能
本日使用回数:0/1
「……これ、完全にチートだな」
思わず苦笑する。
外の世界が崩壊している中で、“欲しいものを一つ手に入れられる”。
しかも一度手に入れれば、無制限に増やせる。
つまり——
「最初の一個が、すべてを決める」
何を選ぶかで、その後の生活の質が大きく変わる。
食料はすでにある。
水も問題ない。
なら、次に必要なのは——
「……武器か、道具か」
机に肘をつき、思考を巡らせる。
外にはモンスターがいる。
だが、俺のスキルは戦闘向きではない。
直接戦うのは悪手だ。
なら、戦わないための選択。
生き残るための選択。
「……まずは、汎用性」
結論はすぐに出た。
「バール」
そう口にした瞬間、視界の前に確認画面が表示される。
【ネットショッピング】
商品:バール
取得しますか?
【はい/いいえ】
「はい」
選択した瞬間。
何もなかった空間が、わずかに歪んだ。
そして次の瞬間、テーブルの上に金属製のバールが現れる。
「……本当に来たな」
手に取る。
ずっしりとした重み。
現実だ。
夢じゃない。
「……」
数秒間、無言でそれを見つめる。
これが意味することを、理解する。
一度手に入れた。
つまり——
「商品生成。バール」
その隣に、もう一本現れた。
「……やっぱりな」
これで無限だ。
壊れようが、なくなろうが、いくらでも補充できる。
「……これはでかい」
武器としても使える。
ドアをこじ開ける道具にもなる。
単純だが、使い道が多い。
“最初の一個”としては、正解に近い選択だろう。
俺はバールを軽く振ってみる。
重さはあるが、扱えないほどじゃない。
「……戦うつもりはないが」
それでも、“何もない”よりはいい。
次に、商品生成でいくつかの物を増やす。
カップ麺、水、ティッシュ、懐中電灯。
懐中電灯は元々あったものだが、複製できるのを確認した。
「……問題なし」
物資はある程度整った。
少なくとも数日、いや数週間は外に出ずに生活できる。
だが。
「……それでいいのか?」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
安全だ。
ここにいれば、死ぬことはない。
少なくとも今は。
だが——
外はどうなっている?
どれくらい危険なのか。
モンスターはどの程度いるのか。
人間は、どれくらい生き残っているのか。
「……情報が足りない」
それが結論だった。
ここに閉じこもるのは簡単だ。
だが、それでは“詰む”。
外の状況を知らなければ、いずれ判断を誤る。
「……少しだけ、見るか」
俺は立ち上がる。
バールを手に取り、玄関へ向かう。
ドアの前で、足が止まる。
「……」
静かだ。
外の気配は感じない。
だが、それが逆に不気味だ。
この向こうに、“あれ”がいるかもしれない。
さっき見た、あの異形。
人を簡単に殺した存在。
「……」
ドアノブに手をかける。
冷たい金属の感触。
心臓が少しだけ速くなる。
怖い。
当たり前だ。
ここを開ければ、安全圏から出る。
今の俺には、まともな戦闘手段がない。
死ぬ可能性が、一気に上がる。
それでも。
「……確認は、必要だ」
小さく呟く。
逃げ続けるだけでは、いつか限界が来る。
なら、今のうちに知っておくべきだ。
ゆっくりと、鍵を外す。
カチャリ、と音が響く。
やけに大きく感じる。
息を止める。
そして——
ゆっくりと、ドアを開けた。
ギィ……と、軋む音。
外の空気が、流れ込んでくる。
冷たい。
そして、どこか鉄の匂いがする。
「……」
玄関の外に、一歩だけ足を出す。
風が肌に触れる。
その瞬間。
部屋の中との“違い”が、はっきりと分かった。
「……気持ち悪いな」
空気が重い。
静かすぎる。
生き物の気配が薄い。
だが——
“何か”は、いる。
そんな確信だけがあった。
視線をゆっくりと動かす。
道路。
隣の家。
壊れた車。
誰もいない。
だが。
「……」
背筋に、嫌な感覚が走る。
見られているような。
気づかれているような。
そんな感覚。
「……気のせい、か?」
いや。
違う。
直感が告げている。
これは——
危険だ。
俺はゆっくりと後退する。
焦るな。
急ぐな。
気づかれるな。
そのまま、玄関の中に戻る。
そして。
静かに、ドアを閉めた。
カチャン、と鍵をかける。
「……はぁ……」
息を吐く。
短時間だった。
ほんの数秒。
それでも、十分だった。
「……外は、ダメだな」
今の俺では。
あそこに長くいるのは無理だ。
戦う力がない。
防ぐ力もない。
ただの人間と変わらない。
「……」
メガネを押し上げる。
思考を整理する。
現状。
この家の中は安全。
外は危険。
なら。
「……この中を、もっと強くする」
それが最適解だ。
拠点を強化する。
環境を整える。
物資を増やす。
そして——
外に出なくても、生きられる状態を作る。
「……やることは、決まったな」
静かに呟く。
そのときだった。
——ガリッ。
「……?」
音がした。
玄関の外。
何かが、引っかくような音。
ガリ、ガリ、と。
ゆっくりと、確実に。
「……」
息を止める。
耳を澄ます。
音は、続いている。
さっき外に出たときには、いなかったはずだ。
だが、今は——
「……来てるな」
ドアの向こうに、“何か”がいる。
確信した。
そして同時に理解する。
さっきの違和感。
あれは“気のせい”じゃなかった。
あのとき、すでに——
見つかっていた。




