帰る場所
第19話です。少し少ないですが宜しくお願いします。
車内は、静かだった。
エンジン音だけが、一定のリズムで耳に残る。
誰も、あの施設のことを口にしなかった。
……いや、できなかった、が正しいかもしれない。
未来は助手席の窓を見ていた。
流れていく景色を、ただぼんやりと。
泣き疲れたのか、もう涙は出ていない。
でも――
(……まだ、全部は終わってない)
そんな空気が、どこかに残っていた。
美咲も、珍しく静かだ。
陸斗も、何も言わず前を見ている。
チャン爺だけが、いつも通り落ち着いた表情で座っていた。
……けど、分かる。
全員、同じことを考えてる。
だから俺も、何も言わなかった。
今は――それでいい。
◇
やがて、病院が見えてきた。
中継地点。
俺達の、もう一つの拠点。
「……着いたな」
車を止める。
ドアを開けた瞬間、少しだけ空気が変わった気がした。
あの重さが、ほんの少しだけ軽くなる。
中へ入ると――
「……遅かったな」
白衣姿の男が、壁にもたれていた。
浮田亮。
その周りには、ずらりと医療機器が並んでいる。
消毒済みのベッド、点滴、手術器具、薬品類……。
一目で分かる。
全部、“すぐ使える状態”だ。
「怪我人は?」
無駄な前置きはない。
真っ直ぐ、本題。
未来が一歩前に出る。
少しだけ間を置いて――
「……いなかったわ」
そう言った。
嘘ではない。
でも、全部でもない。
それでも――
(……それでいい)
俺はそう思った。
浮田は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
短く答える。
それだけ。
「なら俺に用はねぇな」
そう言って、軽く肩をすくめた。
いつも通りのダルそうな口調。
……でも。
(……ほんとか?)
俺は、その奥を見た気がした。
視線を、横に向ける。
そこにあるのは――医療機器の山。
全部、無駄になるかもしれないのに。
それでも準備してた。
本気で。
助けるつもりで。
(……すげぇな)
思わず、笑いそうになった。
俺だったら、そこまでできただろうか。
……いや、できない。
少し前の俺なら、絶対にやらない。
◇
「……浮田」
名前を呼ぶ。
「ん?」
「お前さ」
言葉を選ぶ。
「ここ追い出されたら、行く場所ないよな」
「は?」
怪訝そうな顔。
「……まぁ、そうだな」
「すまなかった」
頭を軽く下げる。
「は?」
今度は本気で驚いた顔。
「……なんだよ急に」
「だから――」
一呼吸。
「よかったら、ここに住まないか?」
沈黙。
完全に、止まった。
「……は?」
理解が追いついていない顔。
「お前のこと、信じてみたくなった」
正直に言う。
「それに――医者も必要だ」
浮田の目が、少しだけ細くなる。
「……お前、頭おかしいのか?」
「かもな」
俺は肩をすくめた。
「でも、決めた」
しっかりと目を見る。
「ここにいてくれ」
数秒。
浮田は黙った。
そして――
「……まぁいいか」
あっさりと言った。
「どうせ行く場所もねぇし」
一歩近づく。
「ただな」
指を立てる。
「年上に対して“お前”は気に入らねぇ」
「……善処する」
「しろ」
軽く笑う。
そして、小さく呟いた。
「……暇つぶしにはなりそうだ」
その言葉に、全員の空気が少しだけ緩んだ。
◇
「じゃあ、さっそくだ」
俺はスキルを発動する。
「住民登録」
光が浮田を包む。
「うおっ!?」
浮田が一歩下がる。
「何だこれ!?」
「俺のスキルだ」
「いや意味分かんねぇ」
「そのうち慣れる」
「慣れたくねぇよ」
「次」
「テリトリー置換」
外へ出る。
空間が歪む。
そして――
ドンッ!!
コンビニと家の複合施設が、病院の隣に現れる。
「……は?」
浮田が固まる。
「いや……は?」
「慣れろ」
「無理だろ」
「内装変更」
次の瞬間。
建物の中が一気に変わっていく。
壁が変わる。
床が変わる。
家具が現れる。
「おいおいおいおい……」
浮田が完全に引いている。
◇
1階。
広いリビング。
大きなソファ。
巨大テレビ。
暖かい照明。
誰でもくつろげる空間。
2階。
食堂。
チャン爺専用のキッチン。
料理が並べられるカウンター。
3階。
トレーニングルーム。
器具、サンドバッグ。
戦える場所。
4階。
個室。
それぞれの部屋。
未来の部屋には、植物と優しい色合い。
5階。
大浴場。
露天風呂風の造り。
湯気が立ち込める。
6階。
医療フロア。
手術室、設備完備。
浮田の領域。
7階。
娯楽。
卓球、ゲーム、カラオケ。
8階。
展望スペース。
夜景が見える場所。
「……病院どこいった?」
浮田が真顔で言った。
「進化した」
「進化の方向性おかしいだろ」
さらに外装も変更。
白を基調とした近未来的な建物。
ライトアップ。
柵とゲート。
ちょっとした庭。
「……ここ本当にさっきの病院か?」
「そうだ」
「頭おかしい」
◇
その頃。
「坊ちゃま、準備が整いました」
チャン爺の声。
振り向くと――
料理が並んでいた。
ローストビーフ。
パスタ。
サラダ。
スイーツ。
香りが広がる。
「おいしそう!!」
美咲がはしゃぐ。
「こちらも準備完了です」
陸斗が、真面目に飾り付けをしている。
風船。
飾り。
手書きの“歓迎”の文字。
ちょっと不格好だけど、いい。
「……なんだこれ」
浮田が呟く。
その視線は、俺達を見ていた。
笑っている。
楽しんでいる。
こんな世界で。
普通じゃない。
でも――
「……乾杯だ」
俺が言う。
グラスを持つ。
「新しい仲間と――」
一瞬、未来を見る。
未来も、小さく笑っていた。
「……新しい家族に」
グラスを掲げる。
「乾杯!」
「乾杯ー!!」
声が重なる。
笑い声が広がる。
食事が始まる。
会話が弾む。
未来も、少しずつ話し始める。
ぎこちないけど――確かに笑っていた。
浮田も、気づけば混ざっていた。
無意識に。
自然に。
ふと、浮田が手を止める。
俺達を見る。
少しだけ、目を細める。
(……なんだこの空気)
そんな顔だった。
そして――
何かを思い出そうとする。
過去を。
やっと明るい回になりました。
本当は明るい回ばっかり書いていたい時もあります。
読んで頂きありがとうございます!!
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