帰る場所
第19話です。少し少ないですが宜しくお願いします。
車内は、静かだった。
エンジン音だけが、一定のリズムで耳に残る。
誰も、あの施設のことを口にしなかった。
……いや、できなかった、が正しいかもしれない。
未来は助手席の窓を見ていた。
流れていく景色を、ただぼんやりと。
泣き疲れたのか、もう涙は出ていない。
でも――
(……まだ、全部は終わってない)
そんな空気が、どこかに残っていた。
美咲も、珍しく静かだ。
陸斗も、何も言わず前を見ている。
チャン爺だけが、いつも通り落ち着いた表情で座っていた。
……けど、分かる。
全員、同じことを考えてる。
だから俺も、何も言わなかった。
今は――それでいい。
やがて、病院が見えてきた。
中継地点。
俺達の、もう一つの拠点。
「……着いたな」
車を止める。
ドアを開けた瞬間、少しだけ空気が変わった気がした。
あの重さが、ほんの少しだけ軽くなる。
中へ入ると――
「……遅かったな」
白衣姿の男が、壁にもたれていた。
浮田亮。
その周りには、ずらりと医療機器が並んでいる。
消毒済みのベッド、点滴、手術器具、薬品類……。
一目で分かる。
全部、“すぐ使える状態”だ。
「怪我人は?」
無駄な前置きはない。
真っ直ぐ、本題。
未来が一歩前に出る。
少しだけ間を置いて――
「……いなかったわ」
そう言った。
嘘ではない。
でも、全部でもない。
それでも――
(……それでいい)
俺はそう思った。
浮田は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
短く答える。
それだけ。
「なら俺に用はねぇな」
そう言って、軽く肩をすくめた。
いつも通りのダルそうな口調。
……でも。
(……ほんとか?)
俺は、その奥を見た気がした。
視線を、横に向ける。
そこにあるのは――医療機器の山。
全部、無駄になるかもしれないのに。
それでも準備してた。
本気で。
助けるつもりで。
(……すげぇな)
思わず、笑いそうになった。
俺だったら、そこまでできただろうか。
……いや、できない。
少し前の俺なら、絶対にやらない。
「……浮田」
名前を呼ぶ。
「ん?」
「お前さ」
言葉を選ぶ。
「ここ追い出されたら、行く場所ないよな」
「は?」
怪訝そうな顔。
「……まぁ、そうだな」
「すまなかった」
頭を軽く下げる。
「は?」
今度は本気で驚いた顔。
「……なんだよ急に」
「だから――」
一呼吸。
「よかったら、ここに住まないか?」
沈黙。
完全に、止まった。
「……は?」
理解が追いついていない顔。
「お前のこと、信じてみたくなった」
正直に言う。
「それに――医者も必要だ」
浮田の目が、少しだけ細くなる。
「……お前、頭おかしいのか?」
「かもな」
俺は肩をすくめた。
「でも、決めた」
しっかりと目を見る。
「ここにいてくれ」
数秒。
浮田は黙った。
そして――
「……まぁいいか」
あっさりと言った。
「どうせ行く場所もねぇし」
一歩近づく。
「ただな」
指を立てる。
「年上に対して“お前”は気に入らねぇ」
「……善処する」
「しろ」
軽く笑う。
そして、小さく呟いた。
「……暇つぶしにはなりそうだ」
その言葉に、全員の空気が少しだけ緩んだ。
「じゃあ、さっそくだ」
俺はスキルを発動する。
「住民登録」
光が浮田を包む。
「うおっ!?」
浮田が一歩下がる。
「何だこれ!?」
「俺のスキルだ」
「いや意味分かんねぇ」
「そのうち慣れる」
「慣れたくねぇよ」
「次」
「テリトリー置換」
外へ出る。
空間が歪む。
そして――
ドンッ!!
コンビニと家の複合施設が、病院の隣に現れる。
「……は?」
浮田が固まる。
「いや……は?」
「慣れろ」
「無理だろ」
「内装変更」
次の瞬間。
建物の中が一気に変わっていく。
壁が変わる。
床が変わる。
家具が現れる。
「おいおいおいおい……」
浮田が完全に引いている。
1階。
広いリビング。
大きなソファ。
巨大テレビ。
暖かい照明。
誰でもくつろげる空間。
2階。
食堂。
チャン爺専用のキッチン。
料理が並べられるカウンター。
3階。
トレーニングルーム。
器具、サンドバッグ。
戦える場所。
4階。
個室。
それぞれの部屋。
未来の部屋には、植物と優しい色合い。
5階。
大浴場。
露天風呂風の造り。
湯気が立ち込める。
6階。
医療フロア。
手術室、設備完備。
浮田の領域。
7階。
娯楽。
卓球、ゲーム、カラオケ。
8階。
展望スペース。
夜景が見える場所。
「……病院どこいった?」
浮田が真顔で言った。
「進化した」
「進化の方向性おかしいだろ」
さらに外装も変更。
白を基調とした近未来的な建物。
ライトアップ。
柵とゲート。
ちょっとした庭。
「……ここ本当にさっきの病院か?」
「そうだ」
「頭おかしい」
その頃。
「坊ちゃま、準備が整いました」
チャン爺の声。
振り向くと――
料理が並んでいた。
ローストビーフ。
パスタ。
サラダ。
スイーツ。
香りが広がる。
「おいしそう!!」
美咲がはしゃぐ。
「こちらも準備完了です」
陸斗が、真面目に飾り付けをしている。
風船。
飾り。
手書きの“歓迎”の文字。
ちょっと不格好だけど、いい。
「……なんだこれ」
浮田が呟く。
その視線は、俺達を見ていた。
笑っている。
楽しんでいる。
こんな世界で。
普通じゃない。
でも――
「……乾杯だ」
俺が言う。
グラスを持つ。
「新しい仲間と――」
一瞬、未来を見る。
未来も、小さく笑っていた。
「……新しい家族に」
グラスを掲げる。
「乾杯!」
「乾杯ー!!」
声が重なる。
笑い声が広がる。
食事が始まる。
会話が弾む。
未来も、少しずつ話し始める。
ぎこちないけど――確かに笑っていた。
浮田も、気づけば混ざっていた。
無意識に。
自然に。
ふと、浮田が手を止める。
俺達を見る。
少しだけ、目を細める。
(……なんだこの空気)
そんな顔だった。
そして――
何かを思い出そうとする。
過去を。
やっと明るい回になりました。
本当は明るい回ばっかり書いていたい時もあります。




