信じたもの
第17話です。宜しくお願いします。
病院の静寂は、どこか不自然だった。
先ほどまで鳴り響いていた警報も止まり、整えられた廊下には、再び落ち着いた空気が戻っている。
だが――その場にいる誰もが、それを“安心”とは感じていなかった。
白衣の男は、壁にもたれながら大きく欠伸をする。
「……で?」
気だるそうに言う。
「いつまで突っ立ってんの?」
悠真は一歩前に出た。
「……そういえば、まだ名乗ってなかったな」
一度、全員を見渡す。
「黒瀬悠真だ」
短く、だがしっかりと。
その後ろで、陸斗が軽く頭を下げる。
「瀬川陸斗と申します。よろしくお願いいたします」
「美咲でーす!」
元気よく手を挙げる。
未来は、少しだけ躊躇してから――
「……黒川未来」
とだけ言った。
チャン爺は一歩前へ出て、丁寧に一礼する。
「執事のチャン爺と申します」
その一連を見て、男は軽く鼻で笑った。
「……律儀だな」
そして、自分の胸を軽く叩く。
「浮田亮。医者やってた」
それだけ言って、視線を逸らす。
深く語る気はない、という態度だった。
だが――それで十分だった。
「……行くか」
悠真が言う。
ミニバンは再び走り出す。
「……もうすぐです」
未来が目を閉じる。
意識を飛ばす。
鳥の視界。
空から、施設を見下ろす。
そして――
「……っ!」
思わず、息が詰まる。
「どうした?」
悠真の声。
だが未来は答えられない。
ただ、見ていた。
施設は、完全に包囲されていた。
先程も戦闘したシャドウウルフ。
Cランクモンスターである。
一体ではない。
二体、三体――それ以上。
建物の周囲を、円を描くように徘徊している。
(こんなに……)
そして、鳥を窓へと近づける。
中を見る。
そこには――
園長と、子供。
怯えている。
追い詰められている。
(間に合って……!)
だが、その次の瞬間。
理解できない光景が、目に入った。
園長が、何かを言っている。
必死に。
震えながら。
そして――
子供の背中を、押した。
「……え?」
そのまま、自分は後ろへ下がる。
子供は前へ。
シャドウウルフへと。
噛みつかれる。
引きずられる。
「……やめて」
声が出ない。
理解が追いつかない。
さらに視線を動かす。
他の子供は――
いない。
どこにも。
あの時、確かに三人いたはずの子供は――
もう、一人も残っていなかった。
「……っ……」
意識が揺れる。
「未来お姉ちゃん!?」
美咲の声。
「何かあったのか?」
悠真も問いかける。
だが未来は――
すぐには答えられなかった。
数秒。
いや、数十秒にも感じる沈黙。
そして――
「……子供が」
震える声。
「シャドウウルフに……」
一度、言葉を飲み込む。
そして――
「……殺されて……園長しか、いない」
嘘だった。
完全な嘘ではない。
だが――
一番大事な部分を、隠した。
(……違う)
違うはずだ。
あんなことをする人じゃない。
きっと、何か理由がある。
そう思いたかった。
施設前。
張り詰めた空気。
「……いるな」
悠真が低く呟く。
未来が目を閉じ、意識を飛ばす。
「……六体」
その声は、わずかに震えていた。
「全部……Cランク」
美咲が息を呑む。
「六体って……やばくない……?」
「……やるしかない」
悠真が一歩前に出る。
「陸斗、前線制圧」
「分かりました。」
「チャン爺、近接で削れ」
「はい、坊ちゃま」
「未来、援護と拘束だ。無理はするな」
「……うん」
返事はあった。
だが、その目は少しだけ遠かった。
「――来るぞ」
次の瞬間。
影が一斉に動いた。
地面から滲み出るように、シャドウウルフが現れる。
速い。
明らかにこれまでとは違う。
「バリア展開!」
陸斗が即座に防御を張る。
牙がぶつかり、衝撃が走る。
だが――
別の個体が横から回り込む。
「チャン爺!」
「お任せを」
仕込み刀が抜かれる。
一閃。
だが、浅い。
「……硬い」
さらに後方から二体。
完全に囲まれる。
「……数が多い」
悠真が歯を食いしばる。
そして――
静かに呟いた。
「――警備、派遣」
その瞬間。
悠真の足元に、淡い光の円が一つ浮かび上がる。
他とは違う。
明確に“指定された一点”。
「……これが」
陸斗が目を細める。
光が収束し――
一人の警備隊が現れた。
無機質な表情。
同じ制服。
だが、その存在感は確かだった。
警備スキルの「派遣」項目がレベルアップにより解放されていた。
今まではテリトリー登録した建物外に警備スキルを使うことは出来なかったが、派遣スキルによりいつでも目の前に警備隊を召喚する事が出来る。
「さぁ、ここからは出し惜しみなしだ。」
悠真が短く答える。
「まだ解放されたばかりだ。派遣できるのは一人だけ」
一拍。
「だが――」
視線を敵へ向ける。
「使い方次第で十分だ」
警備兵が前へ出る。
狙うのは一体。
真正面から突っ込む。
シャドウウルフと衝突。
ガンッ!!
衝撃。
だが、ここで重要なのは――
“倒すことではない”。
「一体、止めるだけでいい」
悠真が言う。
「数を“6対5”にする」
その言葉に、陸斗が理解する。
「……なるほど」
数的不利を、無理やり削る。
それが、このスキルの使い方。
「今です!」
陸斗が動く。
光を溜める。
「――光線」
六本の光が放たれる。
分散し、複数の敵を同時に狙う。
一体に集中。
撃ち抜く。
一体、撃破。
「未来!」
悠真が叫ぶ。
「……っ!」
反応が一瞬遅れる。
だが、すぐに犬を操作。
足へ噛みつかせる。
動きを止める。
「チャン爺!」
「はい!」
滑り込む。
関節へ斬撃。
動きが鈍る。
「陸斗!」
「了解です」
追尾光線が、逃げようとする影を貫く。
二体目、撃破。
だが――
残り四体。
依然として多い。
そして、警備隊。
一体を抑え続けているが――
徐々に押されている。
体が削られていく。
「……持たないか」
悠真が呟く。
だが、それでいい。
「十分だ」
その一体がいる限り、
こちらは“5対4”で戦えている。
「……まだいる」
未来の声。
だが、焦点が合っていない。
「未来!」
悠真の声が飛ぶ。
「集中しろ!」
「……っ、ごめん!」
その瞬間、死角から一体が飛び込む。
「危ない!」
美咲の叫び。
だが――
警備隊が割り込む。
牙を受け止める。
その代わりに――
体が砕ける。
光となって、崩れた。
「……戻ったか」
悠真が小さく呟く。
だが、その時間は稼いだ。
「押し切るぞ!」
指示が飛ぶ。
陸斗が構える。
チャン爺が削る。
未来が拘束する。
そして――
「これで終わりです」
光線が最後の一体を貫いた。
静寂。
息遣いだけが残る。
「……終わりました」
陸斗が言う。
悠真は、何も言わず前を見ていた。
「……警備、派遣」
小さく呟く。
その力を、確かに理解した。
「……使えるな」
だが同時に――
「……まだ足りない」
そうも感じていた。
静寂。
誰もすぐには動かなかった。
ただ、呼吸だけが荒い。
「……終わりました」
陸斗が静かに言う。
悠真は、警備隊を見た。
まだ立っている。
だが、ダメージは大きい。
「……戻れ」
その一言で、警備隊は光となって消えた。
「……便利ですね」
陸斗が呟く。
「ただし、使いどころは考える」
悠真は冷静に言う。
「無限じゃない」
未来はその会話を、どこか遠くで聞いていた。
目の前の戦いは終わった。
だが――
本当に終わっていないのは、別の何かだった。
静かになった施設。
扉を開ける。
中へ入る。
そこに――
園長がいた。
「未来ちゃん!!」
涙を浮かべて駆け寄ってくる。
「よく来てくれたわ!!」
その顔は、確かに“あの人”だった。
「物資も届いたし、本当に助かったのよ〜!」
明るい声。
優しい口調。
「超人族に覚醒したのね!すごいわ!」
未来は、ただ見ていた。
そして――
「……なんで」
ぽつりと、呟く。
「なんで、超人族のこと知ってるの?」
園長の表情が、一瞬だけ止まる。
「え……?」
「普通は知らないよね?」
空気が変わる。
「……あー、それはね」
少しだけ視線を逸らす。
「私も覚醒したのよ」
「へぇ」
未来は、さらに一歩近づく。
「どんなスキル?」
「いやー、よく分かんなくて……」
「使ってないの?」
「え、えぇ……」
明らかに不自然。
そして――
「……最後の質問」
未来の声が、低くなる。
「なんで」
一拍。
「子供たちを、あの犬に連れて行かせたの?」
沈黙。
全員が、凍りつく。
「……は?」
悠真が思わず声を漏らす。
園長は、数秒黙った。
そして――
「……なーんだ」
笑った。
「見てたんだ」
その笑顔は――
もう、優しくなかった。
「そんなの決まってるじゃない」
肩をすくめる。
「私が生き残りたいからよ」
未来の目が、見開かれる。
「……あんたは知らないのよ」
園長の声が低くなる。
「あの犬っころより、もっと怖いのがいるの」
震えている。
だが、それは恐怖ではない。
“思い出している震え”だった。
「あの方はね……違うのよ」
目が狂気を帯びる。
「食料を渡せば、私だけは助けてくれるって言ったの」
「だから仕方ないでしょ?」
開き直る。
「さぁ、助けてよ」
手を伸ばす。
「小さい頃、世話してあげたでしょ?」
未来の体が震える。
「……なんで」
涙が溢れる。
「なんで……」
「優しかったじゃん……」
声が崩れる。
「本当の家族みたいに……」
園長は、ため息をついた。
「はぁ……」
そして、冷たく言い放つ。
「頭おめでたいわね」
「クソガキの世話なんて面倒だったわよ」
未来の呼吸が止まる。
「でもね?」
ニヤリと笑う。
「あの施設の子供、みーんなお金くれるのよ」
「勝手に育って、勝手に働いて、勝手に送金してくれる」
「最高でしょ?」
未来の世界が、崩れる。
「愛情いっぱい育てる理由なんて、それだけよ」
「お金よ、お金」
「あなた達のことなんて――」
一拍。
「“金”としか思ってなかったのよ」
その瞬間。
未来の膝が崩れた。
床に座り込む。
声も出ない。
ただ、涙だけが溢れ続ける。
誰も、何も言えなかった。
ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
私の医者の浮田さんの声イメージでは津田健次郎さんです。




