第5話 …………シニタイ
はあはあと荒い呼吸を繰り返す。体全体が、急な全速力に悲鳴を上げている。
あ、やばい。ちょっと吐きそう。
私に突然押し倒された神無月さんは、パチクリと目を瞬かせていた。
「し、四宮さん? なんでいるんですか? ここ、ボクが調べた四宮さんの帰宅ルートじゃないのに」
なんか怖いこと言ってるような気がするが。とりあえず無視だ。
「かん……、な……づきさん……」
「って、ボク、四宮さんに床ドンされてません? す、すごい。幸せすぎて死にそうです」
「ダメ……、だからっ!」
「え?」
「死ぬとか! ましてや自殺しようとするとか、絶対にダメだから!」
そんな悲しい結末、許さない。
「ごめん。全部私が悪いの。神無月さんの気持ちが嬉しかったはずなのに、ちゃんと向き合えなくて。いくら混乱してたとはいえ、神無月さんを拒絶するようなこと言って。すっごく傷つけちゃったよね。本当にごめん。
でもだからって、自殺なんてダメだよ。神無月さんはクラスの人気者で。私なんかよりずっとすごい人で。そんなあなたが自殺なんてしたら、皆悲しむ。もちろん、私も。すっごくすっごく悲しむ。
神無月さんが望むなら、私、何回でも謝るから。死なないで。お願い。お願い、だからあ」
視界が滲む。神無月さんの顔に水滴がボトボトと零れ落ちる。涙は女の武器なんて言うけれど、別にそれを使いたかったわけじゃない。ただ、感情が高ぶっただけ。それでもこの涙が、彼女の心を少しでも変えてくれるなら。
「四宮さん」
「うぐっ。ひっぐ」
「……ありがとうございます」
そう言ってはにかむ神無月さん。夕日に照らされる彼女の笑顔は優しさに満ちていて。少し。ほんの少しだけ、ドキリとさせられてしまった。
「わ、分かって、ぐすっ、くれた?」
「はい。四宮さんの気持ち、すごく伝わりました。これは当分死ねませんね」
「そう、だよ」
ほっと胸をなでおろす。ダメ人間の私が、神無月さんの自殺を止めることができた。その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
ああ、よかった。
本当に、よかった。
「まあそもそも、自殺なんてするつもりなかったですけど」
……………………え?
♢♢♢
体調がよくなったから散歩に出た。けれど途中で疲れてしまって、歩道橋の上でぼんやり休憩していた。身投げしようとしているように見えたのは、橋の下をものすごいスピードでくぐっていった鳥が気になっただけ。
いたって単純。
いたってシンプル。
さて、真相を知った私はどうなったでしょう。次から選びなさい。
①恥ずかしくなった
②逃げたくなった
③腹立たしくなった
正解は。
「…………シニタイ」
はい。正解は④の『死にたくなった』です。残念だったね、皆。
「四宮さん、大丈夫ですか?」
「……本当にごめん。私、とんでもない勘違いしちゃって。昨日のことといい、どうお詫びしたものやら」
全力で頭を下げる。彼女が望むのであれば、日本の伝統芸、「DOGEZA」を披露するつもりだ。華の女子高生がするものじゃないって? うっさい。こっちは謝罪に真剣なの。
「いえ。昨日はボクも悪かったですよ。いろいろ舞い上がって暴走しちゃったんですから。今日だって、勘違いとはいえボクを助けようとしてくれたんですよね。全然謝るようなことじゃないです」
「お、怒ってない?」
「全くです!」
頭の向こうから聞こえてきた言葉に、迷いは一切感じられない。恐る恐る体を起こすと、優しく微笑む彼女と目が合った。
「えっと。ありがとうね。神無月さん」
「ありがとうを言うのはむしろこっちですよ。自殺するんじゃないかって心配してくれてありがとうございます」
「……勘違いだったけど」
「それでも、ボクは嬉しかったです。ほんと、四宮さんはボクを救うのが得意ですね」
得意って……。以前、キーホルダー拾ったこと言ってるんだろうけど。あれはただの偶然だよ。
そう反論しようとして気づく。神無月さんの顔から、微笑みが消えていることに。
代わりに現れたのは、ただただ真剣な表情。突如として漂う緊張感。
「四宮真央さん」
「は、はい」
「今日のことで、ボク、あなたのことがもっと好きになりました」
いきなりの告白。驚きのあまり、反射的に右足が一歩下がる。けれどすぐに思い直し、私は足を元に戻した。
「四宮さん、好きです。世界中の誰よりも、大好きです」
「…………」
「よければ、ボクと付き合ってくれませんか?」
「……私」
漫画みたいな恋に憧れた。
どんな神様のいたずらか。私の前に訪れた恋は、普通とは違う形。
正直今でもよく分かってない。
それでも、彼女の好意が嬉しくないわけがなくて。
つまり。
つまり、だ。
大きな深呼吸を繰り返す。一回。二回。三回。心の準備を整える。
もう逃げない。ちゃんと向き合うんだ。神無月さんと。向き合って、自分の気持ちを伝えるんだ。
よし。
いくぞ!
いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおお‼
「や、やっぱり女の子同士は、ちょっと」
「そんなぁぁぁああああ!」
彼女の悲痛な叫びが、辺りに響き渡った。




