第4話 間に合え!
ため息をつき、詩音は私に向き直る。
「誰かを傷つけないようにするのは立派なことだけどさ。そんなの、絶対に無理だから。なのに、いちいち傷つけちゃったどうしようって落ち込むの、時間の無駄でしょ」
「……反省するなってこと?」
「違う違う。反省はすればいい。けど、ずっと反省してろってわけじゃない。傷つけちゃった。よし、すぐに謝りに行こう。これでいいんだよ」
詩音の言っていることはあまりにも単純。幼さすら感じるシンプルさ。けれど、その実しっかりと的を射ている。
私は思わず拍子抜けしてしまった。
「あ、謝りに行ったとして。もし、許してくれなかったら?」
「その時はその時。何度でも謝る。ま、二度と関わりたくない相手なら、もう関わらないようにするっていうのもありだけどさ。お姉ちゃんの場合、そんなことないんじゃない?」
「……分かるの? 私、具体的なこと何にも話してないけど」
「分かるよ。だって姉妹だもん」
いつぶりだろう。詩音のこんな優しい笑顔を見たのは。
そうだ。私は別に、神無月さんが嫌いなわけじゃない。いやむしろ、陰の世界でしか生きられない私のことを好きだと言ってくれて、実は嬉しかった。まあ、すっごく困惑してたのは事実だし、彼女の行動に引っかかるところは多々あるけれど。少なくとも、このままで終わっていいわけがない。あんな勢い任せの拒絶なんかじゃなくて。ちゃんと綺麗な幕引きをするべきだ。
「ありがとうね。気持ち、楽になったよ」
「べっつにー。ほら。すっきりしたなら、私にソファー譲って。お姉ちゃんがいると、横になれないでしょ」
「はいはい」
相変わらず生意気。けれど、私は知っている。詩音の不器用な優しさを。
「というか詩音。あんた、いつの間にそんな達観したキャラになったのさ。お姉ちゃんびっくりなんだけど」
「覚えてないの? 今の全部、お姉ちゃんが小学生の頃、私に教えてくれたことじゃん」
「え? そ、そうだったっけ?」
「私が友達に酷いこと言ったせいでふさぎ込んじゃってさ。それを見たお姉ちゃんが『落ち込むなんて時間の無駄! すぐに謝れば問題なし! 許してくれなかったら何回でも謝りなさい!』って」
「お、おおう」
すごいな、昔の私。
正直、小学生の頃の記憶はほとんどが曖昧だ。単純に昔のことだからというのもあるけれど、中学でのトラウマが記憶に重い蓋をしているような感覚がある。
「あーあ。あの時のお姉ちゃん、かっこよかったのになあ。自分が言ったこと忘れてるって。もしかして脳の老化?」
「うっさい」
まあいい。心は決まった。姉として、ここはバシッと決めないと。明日絶対、神無月さんに謝ろう。頑張れ、自分。
そうして迎えた翌朝。
「今日、神無月は体調不良で休みだ」
担任の先生から告げられた言葉に、私は頭を抱えた。
♢♢♢
放課後。
「はあ……」
昨日同様、ため息とともにトボトボと家路につく。
神無月さんに謝ろう。昨日灯したはずの強い炎は、今や消え入りそうなほど弱くなっている。いや、別に謝りたくないとかじゃないよ。ただ、時間が経ちすぎて心が折れそうになってるだけで。
「はあ…………ん?」
もう何度目か分からないため息を吐いたその時、ポケットに入れておいたスマホが小さく振動した。取り出して画面を見ると、そこには四宮詩音の文字が。
『お母さんが「お金出すからいつもの牛乳買ってきて」だってさ。私、日直で遅くなるからお姉ちゃんよろしく』
えー。面倒だなあ。ただでさえ心がナーバスなのに。
どうにか断って――。
『ついでに『シュークリームも4つお願い』だって。今晩のデザートらしい。イエイ』
ふむ。他でもないお母様の頼みだ。遂行するとしよう。
何を隠そう、シュークリームは私と詩音の大好物。さすが、お母様はよく分かっていらっしゃる。
いつもの帰り道を外れ、行きつけのスーパーを目指す。顔の向きは自然と斜め上。ふわふわ、あまあまなシュークリームに想いを馳せる。
どのシュークリームにしようかなあ。4つ同じやつ買ってもいいけど、違う種類のを2つずつにするのもいいよね。で、詩音と半分こすれば……ふふふふふ。
ふふふ…………ふ?
まっすぐ伸びる片側二車線の車道。それを横切る歩道橋。
見知った姿が、そこにあった。
「神無月、さん?」
一瞬幻覚かと思った。だって彼女は、今日体調不良で学校を休んでいたのだから。けれど、あのかわいらしい顔立ちと背丈はどう見ても神無月さんだ。そもそも、告白を受けたあの日以降ありえないほど彼女のことを考えた私。少し離れているとはいえ、彼女の存在を見間違えるわけがない。
あんな所で何してるんだろ?
彼女の周りには誰もいない。ただ一人、歩道橋の真ん中で、ボーっと車たちの流れを見つめている。
それはどこか寂しげで。
消え入りそうなほど危うげで。
「まさか!」
気づいた時、私は全速力で駆け出していた。人付き合いが苦手? 陰の世界に生きる人間? そんな細かいことはどうでもいい。本能の赴くまま、私は足をフル回転させる。
そのうちに、神無月さんが歩道橋の手すりに手を掛けた。
間に合え!
一瞬のうちに歩道橋へたどり着く。同時、神無月さんが両手に力を込めた。その目線が、微かに高くなったのが見えた。
間に合え! 間に合え!
階段を駆け上がる。普段はやらない一段飛ばし。上りきった勢いそのまま、私は派手に鉄柵へ突っ込んだ。体が弾かれても、痛みには構わない。そんな余裕、どこにもない。
神無月さんの体が、浮いていた。
彼女は自分自身を、橋の向こうに投げうとうとしている。
間に合えええええええええええ!
「神無月さあああああああああん!」
「え? 四宮さ、ぐえ!」
私たちは、歩道橋の真ん中で抱き合うようにして転がった。




