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第3話 やってしまった

四宮しのみやさーん」「トイレトイレー」


「四宮さ」「移動教室って大変―」


「しのみ」「頭痛が痛いから保健室へー」


 つ、疲れた……。


 放課後。逃げるように教室を後にする。神無月かんなづきさんから呼び止められたが、聞こえないふりをした。彼女の気持ちに正面から向き合う心の準備は、まだしばらく整いそうになかった。


「はあ……。早いとこちゃんと返事しないと、神無月さんにも悪いよね」


 トボトボと自宅までの道のりを歩く。


 もし私が人付き合い苦手じゃなかったら、神無月さんの告白にも悩まなかったのかな?


 ううう。人付き合い強者だった小学生の頃に戻りたい。知らない人にも積極的に話しかけてたし。気まぐれに通った塾の体験入学でも、すぐに友達できてた。中一の時、オタク語りでクラスメイト全員をドン引きさせるなんてトラウマがなければ……。


 歩いては溜息を吐き、また歩いては溜息を吐く。そんな私の横を、自転車に乗った男子学生二人が、楽しげな会話とともに通過していく。


 よし。帰ったら、気分転換にアニメでも見よう。今期はやっぱり、『嘘つきの麦わら帽子』が覇権かな。けど、もう一つの『六畳一間の幽霊ちゃん』も最高だよね。私的には主人公の――。


「四宮さん!」


「幽霊ちゃんへのセクハラが…………は?」


「ふー、やっと追いつきましたよー。あ、もしかして今、『六畳一間の幽霊ちゃん』のこと考えてました? ボクもあれ好きですよ。四宮さんが好きなやつなので」


 おかしい。目の前に、見知った人物がいる。


「えっと。神無月、さん?」


「はい。神無月さんです」


「な、なんでここにいるの?」


「なんでって。四宮さんと話したかったからに決まってるじゃないですか」


「わ、私より後に教室出てたよね? どうして後ろからじゃなくて前からやってくるの?」


「ふふふ。四宮さんの帰路はインプット済みですから。急いで回り道したんですよ」


 ……ひええ。


 優しい光を放つ夕日が、神無月さんを照らしている。頬に薄い朱を浮かべた彼女の顔は、いつも以上に眩しく見えた。


「で、四宮さん。ボクの告白の返事、聞かせてもらえませんか?」


「う……え、えっと」


「ボク、四宮さんのことが大好きで大好きで。もう大好きすぎて」


「そ、その」


「もちろんボクと四宮さんは女同士ですけど。好きって気持ちに性別なんて関係ないと思います」


 真剣な表情で私に詰め寄る神無月さん。


 これまでの人生、一度も経験したことのないほど大きい圧。どんなに体をのけぞらせようとも無意味だ。どんどん圧は増している。私の心を、緊張と恐怖が支配する。


「四宮さん。四宮さん」


 正常な思考が機能しなくなるまでに、そう時間はかからなかった。


「――にして」


 なんで私がこんな目に。


 私はただ、平穏な毎日を過ごしたいだけなのに。


 神無月さんのせいだ。


 神無月さんが私に告白なんてしたせいだ。


 私のことを好きになったせいだ。


「四宮さん?」


 なんで近づいてくるの。


 なんで私の心をかき乱すの。


 なんで。


 なんで!


 なんで‼


「いい加減にして!」


 ビクリと神無月さんの体が跳ね上がる。真っすぐだった瞳が揺れ動く。


「わ、私、女の子と付き合うとか考えられないし。そ、それに、執着されすぎるのも迷惑だし。と、とにかく、無理、だから」


「四宮さん……」


「も、もう私に関わらないで」


「…………」


 気がついた時、神無月さんは私から距離を取っていて。


 軽く頭を下げた後、逃げるように走り去っていった。





♢♢♢





 やってしまった。


 断るのはまあいいとして。『いい加減にして』だの『もう私に関わらないで』だの。え? 私って、何様? そりゃ、神無月さんがちょっとあれなところはあったけどさ。あんな拒絶みたいなことするつもりなかったのに。ちゃんと心の準備したうえで、スマートに断るつもりだったのに。神無月さん、たぶん傷ついたよね。いや、たぶんじゃなくて絶対。もし明日、ショックで学校休んだりなんてしてたら。あ、やばい。罪悪感で私の精神が崩壊する。してしまう。


「ただいまーって、うわ。お姉ちゃん、何ソファーの上で体育座りしてんの?」


 背後から聞こえる詩音しおんの声。


「……今は一人にして」


「学校から帰ったら、ソファーでゆっくりするのが私の日課なこと知ってるでしょ。私、ルーティン壊すのとか嫌だから」


 何がルーティーンか。かっこつけおってからに。


 ボスッと音を立てて横に座る詩音。ほんの少し私の体が跳ねる。今はそれが煩わしい。


「で、何があったのさ」


「…………」


「横でどんよりされ続けるとか、超絶迷惑なんだけど。さっさと吐き出してすっきりしなさい。で、私にソファー全域を譲り渡しなさい」


 相変わらず、生意気な。


「ほらほら。早く」


「……傷つけた」


「は?」


「いろいろあって。訳が分からなくなって。相手が傷つくようなこと、言っちゃった」


 背中を丸め、体を縮こませる。たぶん今の私は、すごく惨めな姿をしているはずだ。いや、惨めなのはいつもか。ハハハ。


「もうちょっと具体的に教えてほしいんだけど」


「それは……」


 口をつぐむ。言えるわけないじゃん、と内心で毒づく。


「ひょっとして、あんまり教えたくない感じ?」


「……ん」


「へー。ま、いいや。とりあえず、お姉ちゃんってバカだよね」


 ド直球だ。


「そう、だね。私みたいな奴が人を傷つけるとか。何様って感じで」


「バーカ。そこじゃないって」


「え?」


 顔を上げて詩音を見る。私の目に映ったのは、びっくりするほどの呆れた表情だった。


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