第2話 四宮さんのことなら大体分かるので
学校、行きたくないなあ。
朝。重い瞼をこすりながら食パンをかじる。お気に入りのピーナッツバターをたっぷり塗ったはずなのに、まるで味がしない。これはきっとストレスってやつだ。もしくは鬱。テレビの天気予報も、午後からはどんより曇り空だと言っている。
昨日はびっくりして返事もせずに逃げ帰っちゃったけど。これから神無月さんとどう接していけばいいんだろ。うう、胃が痛い。
「お姉ちゃん、今朝も死にそうな顔してるね。ウケる」
ダイニングテーブルの向かい側から私を馬鹿にするのは、妹の詩音。私とは違っておしゃれ好きで、顔も結構かわいい。会ったことはないけれど、半年前に彼氏ができたとのこと。
べ、別に羨ましくなんてないんだからね。
「妹よ。中学生のお主では、高校生の私の悩みなんて想像もつかないであろうよ」
「何それ。お姉ちゃんの悩みなんて、どうせくだらないことでしょ」
「く、くだらなくなんかないし! だって……」
「だって?」
「……いや、別に」
胸の内をさらけ出そうとして口をつぐむ。クラスの人気者(女子)に告白されただなんて。いったいどう説明したものやら。言ったところで、きっと嘘つき呼ばわりされるに違いない。
「えー。すっごい気になるんですけど」
「ほ、ほら。早く食べないと学校遅れちゃうよ」
詩音から顔をそらし、ガジガジと食パンを胃に詰め込む。相変わらず味は分からない。最後の一口を牛乳で流し込み、「ごちそうさま」と言って席を立つ。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「あのさ。何か深刻な悩みとかあるなら相談してよ。仮にも姉妹なんだからさ」
なん……だと……。
中学生になって以降、生意気の衣装を身にまとい続けている詩音が、私を心配してくれている、だと。
私に向けられる物憂げな瞳。正直不気味……い、いや。何を考えているんだ、私は。せっかく妹が心配してくれてるんだ。普段ダメ人間な自分だけど、ここで意地を張らなきゃ姉の名折れ。
「コホン。心配してくれてありがとう。でも、お姉ちゃんは大丈――」
「よーし。ノルマ達成」
……は?
「えっと。詩音?」
「あれだよ」
詩音が指差す先には、我が家の働き者、テレビ君。その画面に映るニュース番組は、現在占いコーナーの真っ最中。
『1位はおうし座。今日は誰かにちょっぴり優しくしてみよう。きっと運気が舞い込んでくるよ。宝くじを買ってみるのもよし』
…………
…………
えーっと。
つまりこれは。
悲報。私、運気を上げるための踏み台だった。
「じゃ、私、先に行くねー。お姉ちゃん。あんまり悩んでると、小じわが増えるよ」
「しぃぃぃおぉぉぉんんんん‼」
「あはは」
すがすがしほど悪い笑顔を浮かべ、詩音は逃げていった。
むぐぐ。学校から帰ったら、絶対ガツンと言ってやる。
あ。そういえば、かに座の運勢ってなんだろう。
『12位はかに座。今日はうんざりすることばかり起こるかも。素直にあきらめよう』
えええ……。
♢♢♢
教室の扉前。周囲の視線を気にしながら、小さく深呼吸する。
大丈夫、大丈夫。頑張れ、私。
神無月さんとどう接すればいいのかの答えは出ていない。正直、来年のクラス替えまで学校を休んでしまいたい。けれどそんなことができるわけもなく。
というか、昨日のはやっぱり夢だったのでは? そうだ。そうに違いない。考えてもみなよ。あの陽の権化みたいな神無月さんが、陰の権化の私に告白なんて。
うん。ありえない。
夢だと分かればもう安心。幾分か心が軽くなった気がする。再度深呼吸をし、教室の扉を開く。
ガラガラガラ。
「四宮さん! 昨日の返事、考えてくれました⁉」
ピシャン!
びっくりした。神無月さんがすぐ目の前にいた。すっごい偶然。
ガラガラガラ。今度は向こうから扉が開けられた。
「あのー。なんで扉閉めちゃうんですか?」
ひょっこりと顔をのぞかせる神無月さん。
「え、えっと。お、おはよう」
「おはようございます!」
「……な、なんで、扉の前にいたの?」
まるで、私が来るのを予期していたかのように。
「あはは。ボク、四宮さんのことなら大体分かるので」
え……こわ。
「で、昨日の返事なんですけど」
「アー。私、課題やってくるの忘れちゃっター。急いでやらないトー」
足早に教室へ潜り込み、自分の席につく。学生カバンから乱暴に荷物を取り出し、数学の教科書に顔をうずめる。
「四宮さん」
「ウーン。難しいナー」
「今日、数学の課題なんてありませんよ」
知ってるよ、そんなこと!
心臓がバクバクとうるさい。もうどうしたらいいのか分からない。このまま無視しちゃうのも気が引けるし。だ、誰か助け――。
「カンちゃ~ん。ちょっとこっち来て~」
「京子ちゃん。早く早く~」
おお、ナイス! 陽の者たち。
「か、神無月さん。よ、呼ばれてるけど」
「……ですね。四宮さん。また後でお話ししましょう」
そう言い残し、私の席から離れていく神無月さん。女子グループの輪に入っていく彼女を教科書越しに眺めながら、私は胸をなでおろすのだった。




