第1話 漫画みたいな恋に憧れた
漫画みたいな恋に憧れた。
胸が苦しくて苦しくて。それなのに全然いやじゃなくて。世界のすべてが輝いて見えて。そんな、男性と女性の紡ぎだす特別な世界に身を浸してみたかった。
でも、人付き合いの超絶苦手な私には、全く縁がなくて。憧れは憧れのまま終わっていくんだなんて、奇跡を願うことすらしていなかったけれど――、
「四宮真央さん。ボク、あなたのことがずっと好きでした! 付き合ってください!」
その奇跡は、高校入学一か月後に突如として訪れた。
「え、えっと……」
なんで? どうして? 私でいいの? こんな私で。新学期初日の挨拶で、「よ、よよよ、よろしくおねがいひまひゅ!」って噛みまくってたダメ人間だよ。どうにか友達作ろうとしたけど、話しかける妄想だけで終わった生粋のボッチだよ。
「ボクなんかじゃ、頼りないかもしれないですけど。考えてみてはもらえませんか?」
「あ、あのね」
「お願いします!」
私に伸ばされた手が、掴まれるのを今か今かと待っている。
オーケー。冷静になれ、私。そうだ。これは何かのドッキリなのでは? なるほど。そうに違いない。
呼び出された校舎裏。キョロキョロと周辺を見回す。等間隔に生えた木々の影。フェンス越しに見える歩道。校舎二階の窓。
私の反応を見て楽しんでいる何者かがきっと…………いない。
「四宮さん、どうかしました?」
「え? あ、ああ、いや。何でもない、よ」
少しでも目の前の告白を疑ってしまった自分が恥ずかしい。安心して。今日の夜、鏡の前で罵倒しておくから。
「それで、返事は……」
向けられたウルウルの視線にたじろぐ。
「わ、私……私……」
漫画みたいな恋に憧れた。
胸が苦しくて苦しくて。それなのに全然いやじゃなくて。世界のすべてが輝いて見えて。そんな、男性と女性の紡ぎだす特別な世界に身を浸してみたかった。
けれど。
けれど、ね。
「お、女の子同士は、ちょっと」
「そんなぁぁぁああああ!」
彼女の悲痛な叫びが、辺りに響き渡った。
「ご、ごめんね。えっと……神無月さん」
彼女の名は、神無月京子。私のクラスメイトかつ、隣の席の女子生徒。
平均より低い背丈。手入れされた短い黒髪と幼さの残るかわいらしい顔立ち。人当たりもよく、皆から可愛がられている妹的存在。あと、萌え要素たっぷりのボクっ子。
そんな陽の世界に生きる彼女が、陰の世界に生きる私に告白しているなんて。明日はきっと槍の雨が降るはず。
「いいじゃないですか! 女の子同士でも! 愛さえあれば、性別の壁も、兄弟姉妹の壁も、種族の壁も越えられるんですよ!」
「こ、超えちゃいけない壁もあると思う」
そりゃ、私は生粋のオタクですし。いろんな壁を超える素晴らしさには一定の理解はあるけれど。それはフィクションだからこそいいわけで。それが現実に起こるとなると話は別なわけで。
「そ、そもそも。どうして私なの?」
「もちろん! 一目ぼれです!」
「……はい?」
ひとめぼれ? あの、宮城県産のブランド米? お母さんがよく買ってきているちょっとお高めの?
いや、違うよね。分かってる、うん。
「覚えてませんか? ついこの前、ボクを助けてくれたこと」
「神無月さんを、助けた?」
首をかしげる私をよそに、神無月さんはうっとりした目で語り始める。
「ほら。ボクがなくしちゃってたキーホルダー、見つけてくれたじゃないですか」
「キーホルダーって……あ」
うっすらと覚えている。放課後、ワイワイガヤガヤにぎわう教室。陰の者らしくさっさと退散しようとした私の足元に、なぜか転がっていた手作り感満載のキーホルダー。なんだか見たことあるなと思いながら拾ったんだ。いつだったか思い出せないまま見つめていたその時、焦った様子の神無月さんと目が合って……。
「キーホルダーを渡してくれた四宮さん、かっこよかったなあ。クールっていうか。特別な空気感っていうか」
かっこ、いい?
おかしい。確かあの時は、クラスの人気者と話すのが気まずくて、目線を合わせないようにするのに必死だったはず。もしかして、何か彼女の琴線に触れるものがあったの?
「あの日からボク、四宮さんのことが頭から離れなくて」
「お、おおう」
「四宮さんを目で追ったり、用もないのに話しかけたり」
「へ、へえ」
そういえば、ここ最近よく話しかけられていたような。次の授業なんでしたっけ、とか。
「四宮さんの声を録音してみたり」
「ん?」
「帰りに後をつけてみたり」
「んん?」
「四宮さんの体操服とか上履きのサイズを手帳にまとめたり。四宮さんがどれくらいの歩幅で歩いてるのか目測したり。四宮さんの筆箱にあるペンと同じものを買って、こっそり入れ替えてみたり。四宮さんの髪の香りから愛用のシャンプーを特定して、同じシャンプー使ってみたり」
「んんん?」
「ああ、もう本当に……好き」
神無月さんの目は先ほど以上にうっとりしていて。「四宮さんが」「四宮さんは」「四宮さんの」「四宮さんを」と延々語り続けている。
「ボク、もし四宮さんと付き合えたら、ショッピングデートとかしてみたいです。で、一緒に服とか下着とか選んで……あ、四宮さんってEカップですよね? 調べたので知ってます」
「は、ははは」
これはあれだ。
危険が危ない‼




