五十八話 末路
「……。帰って来た、んだね。」
「そだな、なんだか不思議な感覚だけどよ、俺達、帰って来たんだな。」
ディンが転移でアリナ達を飛ばした先、そこは始まりの街であるウィザルだった。
ここから全ては始まった、アリナと三人が出会い、そして旅をするきっかけになった街、ここから、何もかもが始まった。
そんな街に帰ってきた、それはホッとする事なのだろう、街の入り口から、中の様子を眺めるアリナ達、四人は、これから起こる出来事、に関しての予測がまったくつかなかった。
凱旋をする、と言っても、この街の人々にとって、アリナ達がどう映っていたのかはわからない、都市に行けば修行をつけてくれていたミルト達がいるかもしれないが、それはこの街ではない。
「ジン……?」
「……、大将?」
「そうか、帰って来たのか……。残念だ。」
「残念って、どういう事だよ?」
街の入り口付近で、見慣れた顔に出会った、と思ったら、大将はとても悲し気な顔をしていた。
その意味、その顔の真意、を知る前に、街の護衛人員が周りを囲う、それにアリナ達は気づかなかった、そして意味がわからなかった。
「俺は止めたかったんだがな、ただ、混血を許すわけにはいかない、それが人間の総意だ、って言う話らしい。」
「混血……?どうしてー?」
「そこの嬢ちゃん、アリナだったか?アリナが精霊と人間の混血だった、そして、その精霊と人間の混血は、世界を破滅に導くって話だな。……。戻ってこなかったら、或いは別の未来があったのかもしれんが、俺にはどうしようもないんだ、ジン。情状酌量の余地があるとしたら、それはお前さん達の事だろうな、モート、ジン、ソーラ、三人に関しては情状酌量の余地があるかもしれんが、アリナ、お前さんは駄目らしい。」
「……。誰が、アリナを混血だといったのかな?それによっては、僕達も出るところに出なければならないと思うのだけれど。世界を守った、守護者であるアリナに対して、世界を滅ぼしかねないなんて嘘を吹聴したのは、いったい誰なんだい?」
大将がそう告げると同時に、アリナ達は拘束される。
ジンとソーラは抵抗しようとしたが、それをアリナが止める。
「皆、私が死ねば解決する問題なんでしょ?三人は、私の虚言に付き合わされていただけ、なら、殺される必要もないんでしょう?大将さん、そうじゃない?情状酌量の余地があるって言う事は、そう言う事だよね?」
「それ以上を口にした場合、貴様らを皆殺しにするがな。なあに、混血の娘さえいなければそれで良い、人間と精霊の禁を破った者がいなければ、それで良いのだ。」
「貴方は?」
「儂か?儂はこの大陸の、人間側を統治するものだ。精霊様との橋渡し役、と言い換えても良いかもしれぬな。そこの混血の娘が、なにやら精霊と人間の秩序を破壊しようとしている、とアルファス様が仰られていた。ならば、精霊であられるアルファス様の手を汚さずとも、儂らで混血の穢れを祓えば良い、そう言う事じゃよ。」
抵抗をしているが、しかし人間を傷つける訳にはいかない、と力を抑えているジンとソーラに対して、アリナは冷静だった。
人間の統治者、と言っているこの小太りの無駄に装飾の豪奢な老人、の言っていることが正しいのであれば、自分が死ねばジン達は助かる可能性がある、という事になるのだろう。
「ざっけんな!アリナは守護者だ!アルファスの野郎だって、それはわかってるはずだ!」
「そうよー!私達に精霊の試練を受けさせたんだからー、ならあのおじいさんは、アリナが守護者だって、知ってるはずよー!」
「さぁ、何のことかのう?それで小娘、どうするのじゃ?貴様が死ねば、こ奴らの命は拾われようて。真に守護者であるというのであれば、仲間は守らねばならんじゃろう?」
「君は一体何を……!」
アリナは、選択肢を与えられただけマシだ、と感じていた、この老人との話で、最大限の譲歩は、自分が死ぬ事、そして、その末にジン達を守る事なのだろう、と。
最大限向こうがしてくれる譲歩、がそれなのであれば、それを選択する他ない、アリナにとって、仲間は死んでも守りたい存在、自分が死んだとしても、仲間が生きていてくれれば、とすら感じていたのだ、答えは一つしかない。
「……。私を殺した後、ジン達に危害を加えない、それだけは約束して欲しい。じゃなかったら、今ここで全員と戦う事も、私は選ばざるを得ないんだ。」
「ほほう?中々胆力のある小娘のようじゃな。よろしい、貴様を死刑に処した後、この者達は解放しよう。」
「アリナ!?なにいってんだ!?」
「アリナ……?私達、友達でしょー?なら、一緒に!」
「……。良いんだ。皆は、私にそそのかされて、魔王を倒しに行っただけ。私が、守護者を気取って、私の虚言に皆をつき合わせただけ。だから、良いんだ。」
「アリナ……。」
四人は連行されていく、死刑の執行に関して、準備が整いすぎている程度には、整っている様子だ。
アリナが死ねば、三人は生かす、ならば、アリナの選択肢は、一つだった。
「さあ同胞たちよ!この小娘が!精霊と人間の秩序を破壊しようとした混血!今こそ死をもたらし!世界に安寧を!」
「……。」
死刑の執行、それは街の片隅にある絞首刑場で行われる事になった。
その為に用意されていた場所、に関してはアリナ以外の三人は知っていたが、普段使われる事がほとんどないその場所に、人間がたくさん集まっている事に驚愕していた。
執行を行われるアリナのすぐ傍にいた三人は、群衆を眺めた、醜い、醜悪な顔をした民衆達、自分達の脳で考える事を放棄し、施政者の言うがままに動く、傀儡の様な人間達。
これが、自分達の守ってきた存在達なのか、こんなにも、人間は醜い存在だったのか、と三人は感じていた、ならば、滅ぼそうとしていたデモスは、正しいのではないか、と。
「皆、後悔をしちゃ駄目だよ?だって、私達は、正しい事をしてきたんだから。だから……、だから、未来を託したからね。未来の事、これからの事、私が見れない、見たかった未来を、お願い。」
三人の脳裏に、アリナの声が聞こえる。
アリナは、絞首刑を待っている、首に縄をつけられて、下には人々が募らせた魔力の炎、アリナが守護者だったとしても、生き残れないだろう、と確信出来るだけの魔力が詰まった炎、それを感じながら、アリナは三人にだけ語り掛けていた。
仲間を守りたい、それがアリナの望み、それが、最後の望みだったアリナは、三人に、生きてほしいと願っていた。
「未来はきっと、ある。皆が生きている限り、私達の見たかった未来は、きっといつか。きっといつか、見れる日が来るって、信じてるから。だから、今は生きて、生きる事だけをして、きっといつか、未来を待って。」
「アリナ……!」
「アリナ!そんな事言われても……!」
「アリナ……!ダメだ……!君がそれを受け入れてしまったら!」
三人の訴え、それも通じない、アリナは、自らの命と引き換えに発動する魔法、の準備をしてしまっていた。
記録にも、誰の記憶にも残っていない、グランウィザードデュオが最期に発動した魔法、それを、アリナもまた、発動しようとしていた。
「刑を執行しろー!」
ガタン!
足元の紐が切られる、首をつられて、そして炎に焼かれて、アリナは死ぬ、はずだった。
「おや?儂達は何を?」
「え……?」
「なぜこのような場所に儂がいるのだ?ふむ、おかしいのぅ。」
急に、施政者の老人が首を傾げた、と思ったら、アリナがいない。
三人以外の誰も、自分達がなここにいるのかを説明できない様子だ、三人だけが、ここにいる理由をわかっている様子だった。
急に解散する群衆、熱を忘れたかのように、アリナを殺せというコールをしていたにもかかわらず、急にそれを忘れてしまった、丁度一人分の、記憶の空白が生まれてしまった、そんな様子だ。
「アリナ……。」
「ジン!お前さん、こんな所で何してるんだ?」
「大将……?アリナの事、分かんねぇのか……?」
「アリナ?って言うのは、誰の事だ?お前さんに友達がいたのか?」
群衆が解散していく中、取り残されていた三人に、大将が声をかける。
大将は、アリナの処刑には反対していたが、人間の総意としてそれが行われるのであれば、それを受け入れなければならないだろう、とぼやいていた、それすら忘れてしまっている様子だ。
「アリナが……。二人とも、良いかい?アリナの事を皆が忘れたのは、偶然じゃない。恐らく……、僕達を守る為に、忘却の魔法を発動したんだと思う。グランウィザードしか使えないと思っていた、あの魔法を、アリナは行使したんだと思う。」
「じゃあ、アリナは……。」
「そうだね、その魔法は、命と引き換えに発動する魔法だ。……。アリナは、僕達に託したんだ。未来を、この先のお話を。だから……。だから、辛くても僕達は生きていかないと。アリナが信じてくれた未来を歩ける様に、僕達が変えられる様に。」
「アリナ……!嘘だって言ってくれよ……!俺達の事より……、自分の事を……!」
ジンが崩れ落ちる、大将が見ているだとか、そう言った事を抜きにして、アリナの死を理解してしまった、アリナは、死んでしまったのだ、と。
泣き崩れる、ジンとソーラは、アリナの死を涙で悼んだ、モートは、誇る事で悼んだ。
大将が頭に?を浮かべている中、三人は、それぞれアリナの死を悲しんだ。
「……。ここ、は……?」
「結局、こうなっちまったんだな。……。俺には、変える権利が無かった、人間の営みなのであれば、それを否定する権利は俺にはなかった。ただ……。違う未来があってくれたら、アリナが生きてくれる未来があったら、そう願わずにはいられなかった。……。ごめんな、アリナ。知っていたのに、止められなかった。」
「ディン……。ううん……、良いんだ……。私は……、私に出来る、事を……。したんだから……。ねぇ、ディン……。ディンの、守りたい人達は……。あんな風に、混血だからって……、忌避しないのかな……?」
「しないよ。人間と何の混血だったとしても、あの子達はそれを受け入れてくれる。有りの事だって、きっと受け入れてくれる。」
「そっか……。それは、良かった……。」
「もう、お眠り、アリナ。疲れただろう?ゆっくりと眠るんだ。」
「うん……、お休み……、ディン……。」
『……。竜神術、竜炎。』
「暖かい……、な……。貴方の魔力、暖かい、よ……。」
「さようなら、アリナ。きっと、世界を守って見せた事を。」
さようなら、アリナ。
そう告げて、ディンは竜炎で焼いたアリナの魂の欠片を弔う。
「……。」
数時間が経った。
精霊が、アリナに代わる守護者のハリボテ、それを用意したのを確認すると、ディンは世界を飛んだ。
この世界にもう用事はない、強いて言えば、ジン達の未来を見ていたいという気持ちはあったが、それは許されていない事だ。
アリナの死、それをもって、この世界は守られた、この世界の果てに何が待つのか、それはディンにもわからない。
ただ。
犠牲を強いた世界なのだから、何処かで帳尻合わせをしなければならない世界なのだろう、と推測を立てていた。
ここは、精霊と人間の混血に守られた世界、アリナという、犠牲の上に守られた世界。
それを覚えているのがディン達だけだったとしても、忘れない、とディンは心にあり方を刻んだ。




