五十話 ディンの願い
「さて、モートは戦う事を選ぶか、それとも……。」
魔物の相手をしていたディンは、飛眼を使いアリナ達を観察していた。
現在アリナ達は、ソニルを倒して三か所目の結界の起点を破壊した、後は一か所、ディンの予想が正しければ、というよりは記憶が正しければ、後はモートが戦う事を選択させられるだろう。
モートだけ後方支援、戦わずに敵を倒す、という都合のいい話はない、魔王側はそう考えている、だから、モートに対しても戦いを挑んでくる、そして、モートは全くと言っていい程、戦闘のセンスが無い。
ただ、それでも戦わなければならないだろう、それしか道はないのだから。
「まったく……。」
お膳立て、というのには出来すぎている、魔王側の対応と、アリナ達の行動。
未来が見えるというのも伊達ではない、とディンは考えていた、過去の時間軸で、デモスは未来を見ていると言っていた記憶がある。
それが本当で、今回も見ているのであれば、デモスはまだ大いなる闇に囚われきってはいない、抵抗をしている、そうでなければ、アリナ達は今頃死んでいただろう。
そうなった場合、ディンが世界を正常な形にして戻るか、それとも世界が滅ぶか、どちらかを選ぶ事になる、アリナ達はその犠牲となり、魂を普遍的な循環から外され、世界を存続させる為の礎にさせられてしまう、守護者が負ける、という事はそう言う事なのだ、負けた場合に世界を存続させる為には、それが必要なのだ、とディンは聞いた事があった。
それをディンの心は許していない、どんな存在だったとしても、世界にとって不要だと切り捨てられた存在だったとしても、ディンにとっては等しく守るべき存在であり、守護の対象であり、そして加護の対象だからだ。
それは守護者であったとしても変わらない、世界を守るという運命を持っている子供達、ディンにとっては子供達は、だったとしても、ディンにとっては、守るべき存在である事に変わりはない。
その守るべき存在を、普遍的な魂の在り方を失わせて、世界の存続のために利用する、それがディンにとっては許せない事、だった。
「……。信じてるからな。」
それをしない為にも、アリナ達には勝って貰わないといけない、勝って貰わねば、世界を存続させる為の犠牲にしなければならなくなってしまう。
ディンに破滅願望はない、結果として、だが、竜神王の役割は果たさなければならないとは考えている、それが世界群の存続、守護であり、大いなる闇との戦いだ、とディンは理解していた。
一度負けた相手、以前の時間軸で、ディンはデインに憑りついていた大いなる闇に敗北し、そして大切な兄弟を失った、その末にデインを倒したのだが、兄弟を失ったという結果が受け入れられず、世界軸を渡ったのだ。
ディンとしては過去に戻ったつもりだったのだが、それは世界軸の移動となってしまった、それは、ディンが不完全な竜神王である、という点に問題があったのだろう、とディンは感じていた。
ただ、歴代の竜神王が過去に戻ったという伝承は無かった、竜神達の中でも、時空超越という、時間を渡る魔法を使ったのは、十代目である今ここにいるディンが初めてだ、と言われていた。
元来の時空超越は、己の過去に戻って、そして未来をやり直す魔法だ、と言う言い伝えがある、先代竜神王は魔法を扱うのが苦手だった、という記録も残っているが、そのこと自体は知っていた、というのが、竜神達の中で語り継がれている歴史だ。
ただ、ディンは過去に戻りすぎた、自分が生まれた頃に戻りたかったはずが、まだ自分が存在していない、九百年前の、竜神の住まう世界に飛んでしまった。
それも、世界軸を渡った原因の一つだろう、とディンは考えていた、不完全な竜神王である事、そして過去に戻りすぎてしまった事、その二つが、過去ではなく世界軸を渡る結果になったのだろう、と。
「ふー……。」
そして、元居た世界軸がどうなったのか、について観測できる存在は、現在はいない。
ディンが観測した「終わり」として、世界軸の一つが滅びを迎えた、それに関してはディンは知っていたが、それ以外に世界軸が存在するのか、所謂並行世界があって、という説をアリステスに説かれた事もあったが、それに関してはわからないがディンにとっての正解だった。
選択の数だけ世界は広がる、それが世界を守護する竜神王であれば尚更だ、とアリステスは言っていたが、ディンには、世界が分かれた結果、という事象は観測できない、観測できない事柄を、実在する、とはディンは言えなかった。
パラレルワールドが存在するとして、その結果を認識できたとしたら、今と違う事に傷つく事もあるだろう、今より幸せな現在があって、という結果を受け入れられるのか、と問われたら、わからないと答えるのが正しいだろう。
ディンは後悔をしない、という風に自分の事を考えていたが、現実は違う、何もかもが後悔だらけで、それを見たくなくて、目を背けているだけだった、と気付いたのは何百年前か。
悔いのない選択をするんだ、しろと守護者達に言っておきながら、自分は悔いばかりを残している、それも悲しい現実ではあった。
ただ、現在のディンは、本当に後悔をしない、悔いる事に意味を感じない、意義を見出せない、だから後悔をしない、というのが考えだ。
ただ、それを守護者達に強要するつもりはない、守護者達には、心の底から後悔をして欲しくない、意義が無いから後悔しないのではなく、後悔する理由がないから、後悔の無い道を選んでほしい、と願っていた。
それがたとえ、最後には死ぬ運命だったとしても、人間達に殺される定めだったとしても、それでも、人間を守った事、世界を守った事を後悔して欲しくない、それがディンの願いだった。
後悔して欲しくない、それはディン個人の意思、心、意見、そう言ったものだ、守護者の代表として、竜神王として、世界群を守る者としてだけ動くのであれば、守護者がどういった最期を迎えようと、どういった選択をしようと、世界さえ守れればそれで良い。
ただ、ディン個人の意思として、想いとして、それを許すことが出来ない、ディンは、自分以外の誰かが、世界の犠牲になる事を許したくなかった、それだけは、唯一許せない事だった。
守護者が世界の為に殉ずる、それは当たり前の事なのかも知れない、それが、世界群としての摂理なのかもしれない、ただ、犠牲になる、という結果だけは残したくない、それが、ディンにとっての意地だった。
「さて、次に行きますか。」
アリナ達が集中する為にも、アリナ達が、魔王の居城に巣食っている魔物以外の魔物に気を取られて、戦いに敗北してしまわない様に、全霊を尽くして戦う、それがディンの在り方だった。
守護者が世界の為に生きるのであれば、己は守護者の為に生きよう、守護者達を守れるのは、現在は竜神王であるディンしかいない、それは人間に対しては出来ない事、世界の営みに干渉する事を許されていないディンが、何処まで出来るのか、それはわからない。
ただ、守護者を守りたい、そう願った事、それはまぎれもない事実だ。
守りたい、それが叶わない願いだとしても、望んではいけない事だとしても、ディンは守護者達を守りたいと願った。
竜神の掟に反さない範囲で、という制約はあるものの、それをしたい、と。
そう願っていた、それだけを願っていた。




