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聖獣達の鎮魂歌外伝~精霊の世界の物語~  作者: 悠介
二章 街並みの中で
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第五話 ウィッチのソーラ

「ここが俺の寝床だ。寂しいとこだけどよ、慣れっと案外居心地は良いぜ?」

「ここ、街のはずれ?テント、だよね……?」

 ジンに連れられて街のはずれまで来た二人、ジンの寝床と言うのは、簡素なテントだった。

 中には簡易的な照明器具と寝袋があるだけで、ここで生活していたのか、と考えると、アリナは胸が苦しくなってくる。

 こんな素敵な街に住んでいるはずなのに、こんな生活を送っている、それが悲しい、自分も森に住んでいたが、ここよりは立派な家に住んでいた、簡素な建築だったが、建築と言えるだけの家には住んでいた。

 それが、魔力を持たないというだけで、こんな生活を強いられている、それが悲しかった。

「飯行くか、ここの近くによ、安くてうめぇ食堂があんだよ。新入りって言っても、余計な詮索はしねぇ大将だから、問題はねぇだろうな。」

「う、うん。」

「竜神王様もそれで良いか?」

「ディンで良いんだよ、ジン。」

「おう、りょーかい。」

 寝床を後にし、食堂へと向かう三人。

 アリナは、初めての街に感動した心は何処へやら、悲しい気持ちでいっぱいになっていた。

 それは、仲間にしようと決めたジンが、家すら与えられずに、こんな所で生活しているという事、そして、ジンがまだ自分より年下であるにもかかわらず、独りで生きていかなければならない、レンジャーという職について、生きていかなければならないという事実を知って、だ。

 ジンは恐らく、同情を嫌うだろう、レンジャーとして立派に生きているジンにとって、それは侮辱になってしまうだろう。

 だから何も言わなかった、しかし、悲しいという気持ちは、心を重たくする。


「大将、やってっかー?」

「お、ジンか!そっちの二人は新顔か?」

「らしいぜ、森で暮らしてたんだと。」

 街はずれの古びた食堂、石での建築が主流なこの街の中で、木造という珍しい建築も様な食堂、そこには、ある種変わった人間がよく訪れる。

 大将は昔レンジャーだったという筋骨隆々の大男で、短髪に刈り込んだ剃りこみを入れている、そんな髪型に、彫りの深い顔、やけた肌と、健康的な様子が伺える。

 ただ、年齢としてはそこそこいっているのか、ほうれい線や目の周りの皺などが見受けられる、そんな男性が、大将らしい。

「森に住んでたってのは、中々大変だったろうな。さ、今日は何にする?」

「俺は赤豚のステーキで!ディンとアリナはどうする?何食う?」

「えーっと、どんな料理があるのかな?」

「基本何でもあるぜ?大将が作れるもんなら、基本的に何でもって感じだ。メニューもあるっちゃあるけど、ぶっちゃけメニューにねぇやつの方が美味かったりするな。」

 木製の椅子に座って、アリナはメニュー表を眺める。

 アリナは、厳密に何が何の料理なのか、という事を知らない、森で狩ってきた獣を捌いたりという経験はあるが、それが何の動物で、という事を知らない。

 毒があるかないか、の判断が出来る程度の知識はあったが、それ以上を知らないのだ。

「木の実のポタージュ、って言うのを一つ頼もうか。それと、バゲットを一つ。アリナが食べた事があるものっていうと、キノコのソテーとかが良いんじゃないか?」

「じゃあ、キノコのソテーお願いします!」

「あいよぉ!」

 大将は注文を受けると、厨房に入って料理を始める。

「ここ、独りで切り盛りしてるの?」

「前は奥さんがいたって話だけどな、俺がここ通い始めた頃にゃ、大将一人だったぜ?」

「なんでいなくなっちゃったんだろう?死んじゃったのかな?」

「らしいぜ。なんでも十年前位に奥さんが死んで、それ以来独りっきりでこの店守ってんだって、言ってたぜ?本当は女将さんが料理出したりして、大将は厨房に引きこもってたって話だったかな?でも、店を閉めちまうと、俺みてぇな流れ者がくいっぱぐれるって言ってよ、続けてんだと。」

 成る程、とアリナは頷いている。

 ディンは、その成り立ちを知っていた、以前の世界軸でも、初めてジンと出会った時に案内されたのが、この店だった。

 何も変わっていない店内、古ぼけた記憶、数百年前の記憶に残っている通りの店で、記憶に残っている通りのメニューが並んでいる。

 ただ、それを悟られる訳にはいかない、知らないふりをして、あくまで初対面である、という体裁を保たなければならない。

「あらー、ジンじゃないー!貴方も食事?」

「お、ソーラじゃねぇか!いつも通りボケっとした顔してんだなぁ。」

「同席良いかしらー?」

「俺は良いけど、ディンとアリナは良いか?」

 そんな所に、黄色いローブに身を包み、等身大程の杖を持った女性が入ってくる。

 その女性は、朝焼け色の髪に黄金色の瞳、そして三日月型のピアスが印象的だった。

 ジンは顔なじみなのか、いつもの挨拶だと言って返事をして、ディンとアリナに同席が可能かどうかを聞いてくる。

「俺は大丈夫だよ、アリナは?」

「私も大丈夫!ソーラさん、私はアリナ、よろしくね!」

「元気ねー?よろしくねー、私ソーラ、ウィッチよー?」

「ウィッチって、魔法使いの中でも上位の人?でも、こういう所に来るんじゃなくて、もっと都市部とかにいるんじゃないの?」

 ウィッチ、と名乗ったソーラの言葉に、アリナが引っ掛かりを覚える。

 ウィッチ、ウィザードとは、この世界における魔法使いの中でも、最上級の魔法使いに与えられる称号の様なもので、殆どのウィッチやウィザードは、都市部で魔法の研究に明け暮れている、と母が何時だったか言っていた。

 そんなウィッチのソーラが、こんなしなびたと言っては失礼だが、辺境の店で顔なじみをしている、というのが不思議だったのだろう。

「私はねー、ああいう堅苦しいのは嫌いなのよー。向こうとしては追放した、って言う事になってるけどねー、嫌で逃げてきちゃったんだー。」

「ソーラはすげぇんだぜ?魔法にすげぇ長けてるって言うか、大概の魔法は使えんだよ。しかも、魔法の名前とか唱えねぇんだぜ?水よ、って言えば、杖から水が溢れてくるんだよ!」

「研究が嫌だったの?」

「それもそうなんだけどねー。魔法を人の為に使うでもないし、ただ研究して自分達だけ得するって言うのが、嫌だったんだよー。私はさー、人の為に魔法を覚えたからさー、それを人の為に使うな!勇者なんてどうでも良い!なんていわれちゃったらさー、逃げるしか無いでしょー?私、勇者の仲間になるのが夢だったからー。」

 アリナはディンの方を見て、何かを訴えようとしている。

 ディンはそれが何かを理解していた、アリナが何を言いたくて、どうしたいのか、を理解していた。

「アリナが思う様にやってくれれば、俺はそれで構わないよ。」

「何のお話ー?」

「えっとね、ソーラ、私達の仲間にならない?私、世界を守る守護者だって、お母さんとディンから言われて、修行をしてるんだ。勇者とはちょっと違う、魔物に対する修行だけど、でも、ソーラの夢って、そう違わないと思うんだ。だから、一緒に仲間になってくれない?」

「守護者って、伝説のー?貴女がそうなのー?素敵ねー!そんな人に仲間に誘われたら、ときめいちゃうよー!」

「疑わないの?」

 アリナは、自分から話をしておきながら、ソーラがそれを疑わない事に驚く。

 数百年前に存在したとされる守護者、ジンはディンに竜神剣を見せてもらい信じたが、まだソーラにはその事も話していない。

 それなのに、こんな突拍子もない話を信じる、それが驚きだった。

「私ね、魔力の流れに詳しいのよー。数百年前の守護者の魔力って、研究されてたんだよねー。そっちの人は、竜神様でしょー?魔力が私達とは違うし、守護者がいるのなら、竜神様がいるって事だものねー?ね、そうでしょー?中々冴えた推理だと思わないー?」

「あっぱれだよ、その通りだ。俺は竜神、十代目竜神王ディンだ。ソーラ、君は素晴らしい魔力を持ってる、その魔力を、世界を守る為に貸してくれないか?」

「素敵な口説き文句だねー!わかったわー、私、人の為に生きたいってずっと思ってたからー!手伝うわよー?」

「ありがとう、ソーラ。じゃあ、改めて自己紹介するね。私はアリナ、守護者見習い、って感じかな。」

「俺の事はディンって呼んでくれれば良いよ。竜神様だとか、竜神王様だとか、そう言う堅苦しいのは無しで頼む。」

 ソーラが席に座り、ディンとアリナが自己紹介をする。

 ソーラは、二人を興味深そうに眺めていて、ジンはどう話を聞いているのか、とそちらに顔を向ける。

「俺もよ、守護者の一行に加わらねぇか、って誘ってもらったんだぜ!魔法が使えねぇ俺が何処まで役に立てるかは分かんねぇけど、言われた以上はやってみようと思ってんだ。」

「じゃあ、私達仲間だねー?ジンとは腐れ縁だけど、それはそれで嬉しいわー?」

「ジンとソーラは仲が長いの?」

「ん?なんやかんやで五年位か?俺がよ、勘当された時に、魔法が使えない人間だってのに、差別せずに話しかけてくれたんだよ。それで、レンジャーって言う人助けの職業があっから、それをやって食っていくと良い、って話してくれてよ。最初の方は、ソーラの家に居候してたんだぜ?今はあそこが寝床だけどよ、女と同じ部屋で、しかも魔法が使えねぇ、って言う話を広めちまわれると、ソーラが面倒だろ?だから、半年経った位で、今の寝床に拠点を変えたんだよ。」

 そんな話をしていると、厨房から大将が出てきて、料理を運んでくる。

「お、ソーラじゃねぇか!今日は何食う?」

「そうだねー、お野菜のサラダを貰おうかなー。トッピングはいつものねー!」

「はいよ!」

 ジンの頼んだ赤豚のステーキ、ディンの頼んだ木の実のポタージュにバゲット、そしてアリナの頼んだキノコのソテー、それはいい香りをしていて、アリナは、母とディン以外が作る料理、というのを初めて体験する。

 そもそも森で生活していて、質素な食事しかしてこなかったアリナは、ソテーという料理を知らなかった、キノコの香りに混ざって、何やらミルクのような香りがしている。

「このソースは何で出来てるの?」

「バターっていう、牛の乳を絞ったのを加工した材料だな。少しこってりしてるけど、美味しいんだよ。」

「そうなんだ!じゃあ、頂きます!」

 アリナは、ナイフとフォークを使って、丁寧にキノコのソテーを食べ始める。

 アリナは育ちが良いと言うべきか、母アリサから一通りの事は教えられていたのだろう、丁寧な生活を送っていた、簡素な食事しかしてこなかったアリナだが、所謂テーブルマナ-というのは知っている様子だ。

「んじゃ、俺も。」

 一方のジンは、フォークをステーキに突き刺し、かぶりついている。

 品が無い、と言えばそこまでなのだが、ワイルドな食べ方をする、そんなタイプなのだろう。

「ディン、食べないの?」

「ん?あぁ、頂こうかな。」

 懐かしい光景、懐かしい、そして遠い思い出。

 以前の時間軸で、同じ様な光景を見た、ジンが肉に喰らい付いて、アリナは丁寧に食事をして、そしてソーラは基本野菜しか食べない、そんな食生活を送っていて。

 懐かしい、そして、もう一度経験すると、悲しい。

 それぞれの生活があって、過去があって、現在があって、それはわかっている、痛い程わかっている、痛感している、しかし、懐かしいと思わざるを得ないディン。

 何も変わらない面々と、そして変わってしまったディン。

 言ってはいけない、話すべきではない、とディンはそれを心の奥深くにしまい込み、ポタージュにバゲットをつけて食べ始めた。

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