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聖獣達の鎮魂歌外伝~精霊の世界の物語~  作者: 悠介
二章 街並みの中で
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第四話 お節介焼きのジン

「アリナ、そろそろ人里に行ってみるか?」

「え?」

「森の中でずっと修行するのも構わないけど、人間と関わる事にも慣れておかないと、これから先不便がありそうだからな。俺同伴であれば、人間の住む街に行くのはありだと思うぞ?」

「良いの?私、ずっと人間の街に行ってみたかったんだ!」

 修行を始めて半月、アリナもだいぶん魔力を膂力に変える力を発動出来る様になってきた、剣の腕も、筋が良いのか中々の腕前になってきていた。

 そろそろ修行を切り上げて、と思っていたディンは、その前にアリナに人間の街の体験をさせておかないと、これから先に不安がある、と感じていた。

 アリナはアリナで、行きたい、どういう所なのかとわくわくしていた、そんな人間の街に行ける、というのが嬉しそうで、年甲斐もなくはしゃいでいる。

「剣は出さない様にな、まだ慣れるのに行くだけだから、軽く買い物程度なら大丈夫だろうな。」

「でも、私お金って言うの持ってないよ?街で何かを貰うには、お金って言うのが必要なんでしょう?」

「それは俺が持ってるから問題ないよ。最初だけ、最終的にはアリナ自身が稼ぐ様にならないといけないけど、でも最初位は出すよ。」

「良いの?ありがとう!ディン!」

 アリナはわくわくしていた、人間と関わりたい、友達と呼ばれる存在が欲しいとずっと願っていたアリナにとって、人間の街は魅力的なのだろう。

 今すぐにでも、と着替えを済ませ、ディンをせっつく様に目線を送る。

「服装は……、そうだな、このままで大丈夫だろう。ただ、約束が必要だ。」

「約束?」

「人間と精霊の混血である事は、何があっても絶対に言わない事。人間の子として生まれたけれど、病弱な親がいて森に住んでた、って言う話を徹底する事。この二つが守れないのであれば、俺はアリナを殺す為に人間の街に連れていく事になるからな。」

「……。そうだよね、混血は殺されても仕方がない存在だ、って、ディン言ってたもんね。わかった、守るよ。」

 それだけは忘れてはいけない、とアリナは感じていた。

 アリナは、きっと人間が好きだ、と思っていた、今まで関わった事はなかったが、母から教わっていた人間の営み、それを素敵だと思っていた、そして、混血である自分は、そこに交わる事が出来ないのだと、諦めていた。

 しかし、こうして機会を与えられた、それは、アリナにとっては僥倖、そして、奇跡に近い出来事だ。

 ずっと、母に街に行ってみたいと懇願していた、ずっと、人間と触れ合いたいと願っていた、だから、これは最初で最後のチャンスなのだ、と。


「森から街まではどれ位掛かるの?」

「ん、転移魔法を使えば一瞬だよ。この世界では、転移魔法は初級魔法に位置するからな。誰が使ったとしても、おかしくはない。」

「転移魔法……、転送の事?お母さんが教えてくれた魔法の中に、転送って言うのがあって、それって何のことなのかなって、ずっと思ってたんだ。」

「そうだな、転送魔法、とも言うか。俺なりの言葉でいうのなら転移、なんだけど、まあこの世界の流儀に合わせるのであれば、転送魔法で街までは跳んで行けるよ。」

 この世界における転送魔法、それは、魔力を用いて場所を記録しておき、その場所に飛ぶ、というのが主流だ。

 ディンの様に、行ける場所であれば何処でも行ける、という転移魔法とは違い、魔力を用いて記録する、という制限はあれど、初歩的な魔法でもある。

 魔法については、母からさんざん習ってきたアリナは、それを思い出して、ディンの言う転移との違いを考える。

「じゃあ、ディンは街に行った事があるの?どんな……、ううん、これは楽しみに取っておこうかな。」

「そっか。じゃあ、行こうか。」

「うん!」

 ディンがアリナの手を掴んで、転移魔法を発動する。

 一瞬視点が暗転した、と思って目をつむるアリナ、行く先に何があるのか、どんな事が待っているのか、それをわくわくしているのがよくわかった。


「わぁ……!綺麗!」

「ここが森から一番近い街の入り口だな。都市部に行くともうちょっと模様が変わるけど、大体こんな感じだっていう印象はあったな。」

 アリナが目を開くと、石垣で囲われた街の入口、門が開かれていて、中の様子が少し伺える。

 都市程ではないが、近隣の住民が集まって暮らしている街、石造りの街並み、それが垣間見える、アリナの住んでいた木造の家とは全く違う、煉瓦調の家や、煙突のついた家の街並みに、アリナは興奮している。

「ねぇディン、本当に私入っていいのかなぁ!」

「良いんだよ、アリナ。これから先、こういう街並みと一緒に暮らしていく事になるんだ、慣れていかないとな。」

 入口ではしゃいでいるアリナ、そんなアリナの姿を見て、ディンは少し切なそうな顔をする。

 アリナの出自、そして環境はよく知っていた、森を出る事を許されず、生まれてから十七年間、ずっと森の中で動物を狩り、木の実や果物を食べて生きてきた、それは知っていた。

 それが、ずっと憧れていた街に来た、それはテンションの上がっても仕方のない事だろう、とは思っていたが、二度目になる今回、同じ様な光景を見る、それはまるで、過去を追体験している様な、そんな感覚にさせられる。

 それが切ない、改めてアリナと言う少女の在り方を思い出したディンは、その在り方を悲しんでいた、憐れんでいた、それをアリナに言う事はしなかったが、心のうちで悲しんでいた。

「さ、入ろうか。」

「うん!」

 興奮気味のアリナに、色々と説明をしなければ、とディンは考え直し、アリナを連れて街の中へと入っていく。

 アリナは、夢にまで見た街並みを想像しながら、その後ろをついて行く。


「ここが宿だな。今日宿泊する事になる、それから、これから暫くは拠点になるだろう。」

「森には帰らないの?」

「街で過ごす事になれてもらわないといけないからな、暫くは宿泊する方が手っ取り早いだろうから。」

 アリナは文字を知っているのか、という問題が起こりそうな空気があったが、アリナは母から人間の言葉と精霊の言葉の両方を教わっていた、言語としては同じなのだが、文字が違う二つの言語を習得していたアリナにとって、宿やレストラン、というのは聞きなじみのないだけで読めない文字ではないのだろう。

 聞きなじみのない、というのは、アリナが今まで触れてこなかった文化、という意味合いで、言葉の意味自体は知っている、というのが正しい所だろう。

 ディンに関しては、そもそも住んでいた世界が違うディンが何故言葉が通じるのか、という疑問がありそうだが、ディンは全ての世界の言語を自動で翻訳し、そして自身の発する言葉もその世界の言葉に変わる、という魔法を持っている為、問題にはならなかった。

 そうでなければ、竜神言葉、という竜神にしか理解が出来ない言語を話しているディンが、言葉を交わせる理由が見当たらない、セスティアにおいては、ディンは日本語と英語を話せるが、竜神言葉を魔法で翻訳した方が楽だ、と言っていて、それを常に発動していた。

 つまり、ディンは年輪の世界、と呼ばれるこの世界群の中であれば、誰とでもどこででも言葉が通じ、そして文字を読む事が出来る、という仕組みだ。

「あれ、喧嘩かな?」

「ん?」

「ほら、向こうの方。」

 きょろきょろと周りを見ながら歩いていると、何やら群衆が群がっている所があり、中から怒号の様な声が聞こえてくる。

「てめぇに心配される程落ちぶれちゃいねぇんだよ!このお節介焼きのジンがよぉ!」

「んだと!?」

「魔法も使えねぇてめぇに何が出来るってんだ!おい!」

「……!それは……。」

 怒号の中からは、ディンにとっては懐かしい名前が出てきている。

 しかし、この時間軸でディンとその人物は出会っていない、知った顔をして出ていった所で、誰だという話から始めなければならなくなる。

「ねぇディン、止めないと駄目なんじゃな……?」

「止めるか?俺はそれでも良いと思うぞ?」

「私、出来るかな……。」

「やってみないとわからないな。でも、何事も経験しないとわからないだろう?」

 群衆を不安げに見つめていたアリナは、ディンの言葉を聞くと、群衆をかきわけて中央に行く。

 はげた巨漢に胸倉を掴まれた、アリナより身長の小さい少年、赤毛の短髪に緑色の目をした少年が、必死に何かを言おうとしている、怒号から察するに、少年は魔法が使えない、というのが正しい所か。

「子供をそんな風にしちゃ駄目だよ!おじさん!手を離して!」

「あん?てめぇはなんだ嬢ちゃん、この落ちこぼれの肩持とうってのか?」

「……。魔法が使えないからって、そんな事を言っちゃだめだって言ってるの!同じ人間なんだよ!仲間なんだよ!」

「はん、こんな落ちこぼれと仲間だなんて、まっぴら御免だな。興が削がれた、この落ちこぼれを庇いたいなんて酔狂な嬢ちゃんだが、まあいいだろう。おいジン、二度と俺様の前に立つんじゃねぇぞ!余計なお節介焼くようだったら、今度はこんなんじゃ済まさねぇからな!」

 アリナの言葉に、群衆は解散してしまう。

 巨漢も何処かへ行ってしまい、残されたのは、ジンと呼ばれていた少年だけだ。

「大丈夫?けがはない?」

「……。女に心配される程、よわかねぇ……。でも、あんがとな。あんた、見ない顔だな、新入りか?」

「えっと、えっとね……。」

「アリナ、気は済んだか?」

 アリナがジンの問いに戸惑っていると、後ろからディンが声をかけてくる。

 ジンは、ディンもアリナもこの街の新入りか?と疑問符を浮かべていた。

「俺達は森に住んでたんだよ。アリナのお母さんが体が弱くてな、精霊の湖畔近くの森に住んでたんだ。俺はディン。君はジンだな?お節介焼きのジン、確か、レンジャーだったか。」

「お、そっちのは俺の事知ってんだな。俺はジン、ここらじゃ名の知れたレンジャーなんだぜ?って言っても、魔法が使える奴らには敵わねぇんだけどな。」

「レンジャーって、人助けをする人達の職業の事だよね?魔法が使えないって、本当に?」

「……。あぁ、使えねぇ。魔力を持たないで生まれた、って親父に勘当されたのが、五年前だったかな。それ以降、レンジャーとして独りで生きて、って感じだ。魔力があるだ無いだなんて話で鬱陶しがられるのはつれぇけど、俺はこの生き方が性に合ってんだ。」

 アリナは、まだ自分より幼いであろうジンの出生、魔力を持たない人間の扱いについて、母から教わった事を思い出す。

 この世界では、魔力とは生まれ持ってあるもの、ない人間が時折現れるが、その人間は蔑視と差別の対象になってしまう、という話、それを思い出す。

 何故魔力を持たない人間が現れるのか、それは母アリサもわからないと言っていた、ただ、時折そう言った人間が生まれる、それだけは聞かされていた。

「……。レンジャー、って、お金を受け取って、人助けをする職業なんでしょ?なら、私達の手助けをしてくれないかな?」

「手助け?新入りだから、この街の案内とかか?」

「ううん、違うよ。魔力を持たない君にそれを手伝ってもらうのは、大変な事かもしれない、ただ、出来ると思うんだ。」

「……?」

 ディンは、アリナが何を言いたいかを理解していた。

 その言葉は、以前の世界軸の時にも、アリナがジンに掛けていた言葉、そして、これから紡がれる言葉、それはアリナが変わらないという証左だった。

「世界を守る、その手伝いをして欲しいんだ。私、守護者なんだって、お母さんとディンに言われたんだ。魔物から世界を守る存在なんだ、って。ただ、私は森で暮らしてたから、何も知らない。お母さん以外の人間と関わった事もない、だから、その手伝いをして欲しいんだ。」

「世界を守る……?守護者ってあれだろ?伝説に残ってるっちゅー、数百年前の勇者の凄い奴の事だろ?それが、あんたなのか?」

「実感はないんだけどね、そうだって言われたんだ。ディンは、竜神王様なんだって、この世界を守ってる竜神様の、その十代目の王様なんだって。今は、ディンに修行をしてもらってる最中なんだけどね?でも、街とか、人間との関わり方がわからないんだ。レンジャーとして、これ以上の依頼は無いと思うよ。」

「竜神様の、王様……?って、俺とそんなに年変わんねぇだろ?それなのに、竜神様を押しのけて来たのか?」

 竜神の逸話、それはどの世界にも残っている。

 世界を守る者として、童話だったり神話だったり、先代竜神王が成した偉業、世界分割の話は神話として語り継がれていたり、童話として残っていたり、そして、この世界では竜神と言うのは、世界を脅威から守る神様の呼称だ、というのが、広く伝わっていた。

 その統括であるディン、というのが、ジンには信じられないのだろう、数百年前にいたと語り継がれている竜神、その竜神を差し置いて、見た目の年齢の変わらないディンが、ここにいる理由、それがわからないのだろう。

「ん、俺の話か。俺はそうだな、今は千年位は生きたかな。竜神は、数百万年と生きる種族だから、見た目と年齢の差が出てくるんだよ。肉体的には君とそう変わらないけど、俺は今千歳ちょっとだよ。」

「って言われてもよ、信じるって方がむずくねぇか?竜神様だってんなら、その証拠を見せてくれよ。」

「これで良いかな?竜神剣、竜の誇り。」

 ディンはジンの疑問に答えるべく、竜の誇りを出現させる。

 竜神の剣、それはこの世界には存在しない形状の剣だ、そして、神話として受け継がれている中で、剣の形はその神話に記されていた。

 ジンはそれを知っていた、文献を読む事が趣味だったジンは、その形状を知っていて、それと同じ形状の剣を作る事は禁止されている事も知っていた。

「まさか……、ホントに竜神様なんか!?」

「そうだよ。まだまだ若輩者だけどね、俺は竜神王、十代目竜神王、ディンだ。」

「な、なぁ!その剣、もっと見せてくれよ!」

「構わないけど、触っちゃ駄目だぞ?竜神剣は、人間や他種族が握ると、その存在が絶対に握っていられない重量に変化する枷があるから。」

 竜神剣を見たジンは、目を輝かせてそれを眺めている。

 琥珀の宝玉が填まった剣、竜神剣は、それぞれの竜神が持つ、根底にある一番大切な想いを具現化した剣、という逸話、ディンは、竜の誇りと言ってそれを出現させた、それだけでも、ジンにとってはディンの事を信じる材料になるのだろう。

 触れてはいけない、というディンの言葉に従って、あちこちの角度から眺めて、満足そうな顔をする。

「すげぇ……。そんで、その竜神王様と守護者っちゅーすげぇ姉ちゃんが、俺に手伝って欲しいって事か?俺、魔力を持ってねぇんだぞ?役に立つか、なんてわかんねぇぞ?」

「……。守護者は、その仲間を魂で見分ける、アリナがジンに手伝ってほしいって言ったって事は、ジンにはその素養があるって事だな。確かに君は魔力を持たない、それは変えられない事実だろう。ただ、守護者とその仲間、って言うのは、何もそれだけの関係じゃないんだよ。アリナがジンに仲間になってほしいと願った、なら、それにはきちんと理由がある、それが、守護者って言うもんなんだ。」

「……。世界を守る、なんてすげぇ話に乗っかれるんなら、俺は嬉しいけどよ、ホントに俺で良いのか?」

「うん、君はなんとなく、私に近いものを感じるんだ。仲間になって、一緒に世界を守ってほしいな。」

「……。わかった、信じる。んで、他に当てはあんのか?これからの事とか、森に住んでたんなら、金だってねぇだろ?世界を守るって言ったってよ、そこらへんちゃんとしてねぇとダメじゃねぇか?」

 ジンは、アリナの言葉、そしてディンの言葉を信じる事を選んだ様子だ。

 そして、森住まいだった事を思い出し、これからの事を聞いてくる。

「それがね、ディンはお金は心配するな、って言ってくれてるんだけど、私は自分自身でしっかりしたいんだ。お金を頂くって、どういう事をすれば良いのか、そんな事も知らないんだ。だから、ジンに教わっても良い?」

「おっけ、わかった。じゃあ、取り合えず俺の寝床来いよ。って言っても、家みてぇに立派なもんじゃねぇけど、雨風位は防げる場所だからよ。これからの事とか、色々話を聞かせてくれよ。」

「ありがとう、ジン。ディン、それで良い?」

「アリナが思う様にやってくれればそれで良いよ、俺はサポート役だと思ってくれれば良いんだ。」

 ジンは、ディンとアリナと握手をして、寝床に誘う。

 街のはずれの方に行って、取り合えずこれからの事を考えようと、ディンとアリナもそれに従い、ジンの後をついて行った。

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