三十七話 覚醒と契約
「さて、そろそろかな。」
ミルト達とアリナ達が修行をしている間、交渉を行っていたディンは、そろそろ相手に答えを出せと言っていた。
それこそ、それをしなければ精霊達の清廉潔白な歴史に汚点を作る事になるだろう、と話をして、半ば脅しをかけていた程、それは切羽詰まっている、と言えるのだろう。
元来不可侵の存在である竜神の、しかもその長が、その言葉を吐いてきた意味、というのを考えろ、と精霊達に猶予を与えていたディンは、そろそろ答えが聞きたいと感じていた。
「竜神王様、お話がございます。」
「ん。思ったタイミングで来てくれて助かるな。」
ディン達が泊っている宿のスイートルーム、その中でも、厳重に管理がされている一室、そこでディンは交渉相手を待っていた。
そこに、精霊が現れる。
その精霊は、精霊の歴史の中でも古い家系の持ち主で、ある種の年功序列が激しい精霊の中では、上の立場にいる者だった。
その名をアルファス、精霊達の中でも重鎮と呼ばれている、精鋭中の精鋭と呼ばれている精霊、そして、発言力が最も高い精霊の王の次に、発言力の高い精霊。
そんな精霊が、ディンの言葉だったとしても現れた、それは、世界が危機に瀕している、というのもあるのだろうが、余程精霊の潔白をはく奪されたくないのだろう、という意思も伺える。
「アリナ達守護者に力を与える、その会議の結果でございます。」
「それで?まどろっこしいのは嫌いだ、端的に結論を話してくれ。」
ディンが普段見せない高圧的な態度を取っている理由。
コルド相手にすら見せなかった、そして、ディンが生涯今までで何度かしか取った事が無い態度、その理由は、精霊達の在り方に起因する。
精霊達は、目上の存在というのが基本的にいない、基本的に自分達は君臨者であり、そして王の元に世界を統治する者達、という意識の元で生きている、それが竜神王という格上の相手が現れた事によって、態度を変える必要があった。
ただ、以前の時間軸において、ディンは一度精霊達になめられた、というよりは竜神としての発言を許されなかった歴史があった、それを危惧して、ある種苦手とも言える高圧的な態度を取っている、というのが現在だった。
「……。アリナ達守護者に覚醒の力を与える、それが精霊としての総意となりました。儀式の準備を現在進めております故。」
「それは賢い選択だ。……。じゃあ、俺からアリサに関する事を人間に伝える、それは無しって事で良いな。デュオやアリサの事は、闇の中。それが、お前達精霊にとって大事な事だろう?」
「……。左様でございます、竜神王様。」
「じゃあ、準備が終わったらアリナ達を向かわせる、それで良いな?」
「はい。」
そう言うと、アルファスは転移魔法を使って精霊の湖畔に戻る。
ディンは、普段取らない態度に関して少し疲れたのか、ため息をついて煙草に手を伸ばす。
「ふー……。」
精霊達による魔力の覚醒、それは重要事項だ。
しかし、精霊達の総意が無ければ、それは叶わない事だった。
アリナ達にこれ以上の力を持たせる事、それは、精霊達にとってはリスクでもある、もしもアリナ達が精霊に反旗を翻し、という事があった場合、精霊達も無傷では済まなくなってくるだろう。
しかし、それをしないと世界を守れない、それがディンの認識であり、精霊達もそう認識したからこそ、アリナ達に力を貸すという選択を取ったのだろう、という状況は推察出来る。
「……。」
後は、アリナ達が納得するか、精霊の力を借りる事、精霊に伝わる、覚醒の儀を行う事に納得するか、それ次第だ。
ただ、納得はするだろう、とは考えていた、アリナ達は、世界を守る為になるのであれば、それを納得して受けるだろう、と。。
「もう僕達から教えられる事はないかな。強くなったね、アリナ。」
「ありがとう、ミルト。貴方達がいなかったら、私達も強くなれてなかったと思う。」
夕方、修行を終えたアリナ達は、ホテルに戻る準備をしていた。
かれこれ修行を始めてから三週間、ミルト達に完璧に勝てる程度には強くなった、とミルトは感じていて、これ以上の修行は出来ない、とアリナに告げる。
ジンもアンナに勝てる程度の力を身に着けていて、ソーラは微かにジンの魔力を感じる程度になっていた、それは、ジンの持っている魔力が、膂力に変換出来る限界を超えて発露している、という事になるだろう。
モートも、戦況に合わせて魔力の流し方を変えて、そしてアリナ達に支援を送るだけの実戦経験を積んだ、それは、魔王に通じるレベルと言っても過言ではないだろう、とモートは感じていた。
「ディン、誰かとお話してたの?」
「ん、丁度帰って来たか。さて、ミルト達より強くなった今、これ以上の強化をする為に、何が必要だと思う?」
「今以上に強くなる必要があるのかい?今でも、魔王デモスには十分通じるだけの力を持っている、と思うのだけれど……。」
「そうだな、皆は魔物に対する探知を出来る。ただ、魔王に対する探知や、比較は出来ない。ふむ、そうだな……。今のまま魔王デモスに立ち向かったとしても、勝てないだろうな。相手も、それだけの能力を身に着けてる、それが現状だ。」
アリナ達がホテルのロビーに戻ると、待ちかねていたという顔をしているディンがいた。
ディンは、誰かと話をした直後なのだろう、という感じがする、とアリナは感じ取っていた、誰かの、まではわからなかったが、誰かの魔力の残滓を感じ取っていた、それだけ、アリナの魔力探知が精密になってきた、という事だろう。
ディンは、これを承知してくれないと魔王討伐は出来ない、というニュアンスで話をし始める、それは、アリナ達を守る事に関しても、そして世界を守る事に関しても重要だ、と認識していたからだ。
「じゃあよ、これ以上強くなんねぇと、魔王には勝てねぇって事か?」
「そうなるな。そうなった場合、必要になってくる事。モートは知ってる事だな。」
「……。精霊の試練、それを受けろという事かな?」
「精霊の試練、って何なのかしらー?」
モートはすぐに答えにたどり着いた、それは、アリサから過去の守護者の話を聞いていたからだ。
精霊の試練、それを受けろとディンは言っている、とモートはすぐに気付いた。
「でも、精霊達が僕達に力を貸すとは……。」
「そこは大丈夫だ、モート。話はつけてある、精霊達の総意として、精霊の試練を受けさせる事が決まった。」
「じゃあ、ディンは精霊と交渉をしていたの?」
「そうなるな。抹消しようとした精霊と人間の混血、そして追放した精霊、魔力を対外的には持たない人間、グランの座に到達するだけの人間。皆それぞれの事情があって、受け入れられない事もあるだろう。ただ、精霊達は、それよりも世界の存続を選んだ、って事になるな。」
モートは、アリナは守護者であるとして、自分達の分まで試練を用意しているとは思わなかった、と驚いた顔をしている。
だが、ディンにとってそれは必要な事であり、アリナだけが帰還する、という状況を良しとしない、という意思が伺える。
守護者として育てるのであれば、アリナだけに試練を受けさせれば良い、ただ、そうなってしまうと、最終的に生き残るのもアリナだけだろう、とディンは考えていて、それを是としなかったから、という理由で、ジン達の分の試練を用意させた、という経緯があった。
「僕達まで良いのかい?アリナはまだしも、僕達はただの仲間なんだよ?精霊達が、そんな些末な存在の為に試練を用意するとも思えないんだけれど……。」
「そこは交渉したんだ、モート。条件を付けて、精霊達が毒にならない様に、精霊達にとっても利がある様に、交渉をしたんだよ。」
「交渉……。精霊達にとって、それだけの重要事項……。」
モートは何が精霊達をそこまで駆り立てたか、何を交渉材料に使ったのかい、それを精霊達の性格を覚えている限りの範囲で予測するが、それを思いつかない。
ディンが何をもって交渉としたのか、何をもって精霊に利する事と結論をつけたのか、それがわからない、と困惑した顔を見せる。
「じゃあ、私達も、その精霊の試練って言うのを受けるのかしらー?」
「そうなるな。それぞれが精霊の試練を受けて、そして覚醒をして。その後に、魔王デモスの居城に向かう事になるな。ただ、その前に少しだけ修行の時間を取ろうと思ってるよ。覚醒した、って言って、そのまま行っちゃったら、力を使いこなせずに倒される、がおちだろうから。だから、覚醒の試練を受けて、そこから三日、それが俺の最大限出来る譲歩だ。それ以上は、デモスの力が強くなりすぎる。」
「それ以上って言ったら、俺達勝てねぇのか?」
「その認識で正しいと思う。デモスはどんどん闇を取り込んでる、これ以上闇を蓄えられたら、いくら守護者と言っても無事では済まないだろう。……。俺は、皆を失いたくない。その結果が喪失だったとしたら、俺は受け入れなきゃならないんだろう。ただ、それ以外の理由で、俺は皆を失いたくない。だから、これが最大限だ。」
無事では済まない、それは、勝てたとしても犠牲を孕むだろう、というディンの目測だ。
アリナが無事勝てたとしても、今のまま行ったらジン達が犠牲になる、そして、試練を受けてから三日、という期限を過ぎてしまったら、それは変わらない事実になってしまう、ディンの考えはそうだった。
だから、ではないが、力をコントロールするだけの時間、というのを定めて、そして戦いに向かわせる、それがディンに出来る最大限の補佐だ、と感じていた。
ディンは戦う事を許されていない、竜神は、守護者を育てるのが役割であって、守護者の代わりに戦う事を許されていない。
ディンが出来る最大限、それはそこが限界なのだ。
「……。精霊の試練、って何があるんだろう?」
「そうだな、精霊の試練は、身体能力と、魔力の覚醒、潜在能力と呼ばれる、自分の中に眠っている力を引き出す試練だ。それをしてしまったら、それ以上の成長は見込めなくなる、ともいえるな。ある意味、持てる全ての力を引き出す、と言い換えても良いな。それ以上の鍛錬となると、長い時間を掛けて修行をしないと引き出せない、そう言うレベルの覚醒をする、って事になる。」
「じゃあ、それをしちゃったらー、それ以上の成長は望めない、って事ー?」
「暫くはそうなるだろうな。潜在能力をフルで生かした状態、を超えるには、それ相応の時間が掛かる。成長出来ない、って事はないけど、それなりに限界値を迎えるって事になるな。」
ソーラは、自分自身の今の限界、それを知る事を嫌がる素振りを見せた。
それもそうだろう、離れたと言っても元は研究者、そして魔力を高める事を怠ってこなかったソーラにとって、それはある意味自分の限界を知ってしまうきっかけになりかねない。
それは、自分がどれ位のレベルまで行けるのか、潜在的にどのレベルまで魔力と能力を持っているのか、それを知る為の事柄でもある。
「うーん……。でも、勝てないってなったらー、それどころじゃないものねー。わかったわー、私は受けるわよー?」
「俺も。受けなきゃ勝てねぇっていうんなら、受けて勝ちてぇから。」
「僕も、それに反対するつもりはないよ。」
「そうだね。将来の事も大切だけど、今勝たないと将来は来ないんだもんね。」
四人は決める、それは未来を勝ち取る為には、ある程度限界を知らないといけないのだろう、と本能でわかっていたからだ。
ディンがそう言った、という事は、それが必要になってくるのだろう、ディンが無意味な事をするとは思っていない、という事は、それすなわち必要不可欠な事柄だ、と認識していたからだ。
「それじゃ、明日精霊の湖畔に向かって、試練を受けてもらう事になるな。今日はゆっくり休んでくれ。」
「ディン、聞いても良い?」
「なんだ?」
「私達、勝てるのかな。もしも、その潜在能力を全部発揮した所で、勝てなかったら……。もしも、もしもだよ?魔王デモスの力が強すぎて、勝てなかったら……。世界は滅んじゃうんでしょう?ディンは、それが嫌だって言ってたよね?なら、私達の事を恨んだりするの?」
アリナが、不安げな顔で聞いてくる。
ディンは、それに対する答えを持っていた、確固たる答えを持っていた。
「……。もしもの話、世界を守れなかったとしたら。それでも、俺は皆を愛してる。世界を守りたい、それは副次的な目的でしかない。俺はな、アリナ。家族を守りたい、そして、守護者達を守りたいんだ。世界の為に皆が戦わなきゃならないのなら、俺は皆を守りたい。だから、その為に出来る事は全てするんだよ。」
「……。そっか。」
恨んだりするものか、とディンは確固たる答えを話す。
アリナは、それを聞いて少し安心した様子を見せる、肩の荷が下りた、とは少し違うのだろうが、それに近しい感情を持った、と。
究極、ディンは出来ると思っている、出来ると信じている、だから、出来なかった場合の事を考えていない、が正しい。
守護者達は、どんな状況でも、どんな過酷な運命だったとしても、投げ出さない、そして、必ず勝って見せる。
そう信じていたから、それを出来なかった場合、に関しては考える事すらしていない、と。




