三十六話 魔力と実力
「ふぅ、ありがとう、ミルト。」
「いえいえ、守護者のお手伝いが出来るのならば、こちらも光栄だからね。」
ミルト達と修行を始めて三日、アリナ達は改めて連携を見直していた。
モートの回復魔法を必要としている事は今の所は無い、ただ、それを必要とする想定で、誰が前に出て、誰が後ろに下がって、という連携の仕方を模索していた。
ミルト達もそれに快く付き合っていて、他の勇者達は不服そうな顔をしている者もいたが、しかしミルトとアンナ、レオは快く修行に付き合っていた。
一度だけ魔物が現れたが、それはディンが対処していた、ディンにとってそれは当たり前の事であり、日常であり、責務でもある、と言っていただろうか。
「じゃあ、私達ホテルに戻るね。」
「うん、また明日。」
日が暮れるまで修行を続けて、そして日が暮れた頃にホテルに戻って、休憩がてら食事を取り、そして睡眠を取って、という習慣になりつつあった、ホテルが快適だというのは勿論あったが、若干の居心地の悪さを感じながら、しかしそれを享受していた。
「ん、修行は順調か?」
「あ、ディン。また何処かに行ってたの?」
「そうだな、ちょっと調べ物をしに行ってたな。」
ホテルのロビーで待っていたディンだったが、何処かに赴いていたのだろう、という形跡があった。
それがどこなのか、までは答えてくれそうにもなかったが、魔力の流れとして、ディンが少し離れた場所にいた、という事までは理解出来る程、アリナの魔力探知能力は上がっていた。
近くにいるかいないか、程度の話ではあったが、しかしそれがわかるだけ及第点だ、とディンは考え、そして切り替えて修行の成果を聞く。
「修行は順調だな。モートの身体能力強化もレベルが上がってる、そろそろミルト達には勝てそうだな。」
「そうなのかい?アリナ達は確かに善戦しているけれど、勝てる程なのかい?」
「魔力の総量としては、勝ってる位だ。後は、どうやってその魔力を引き出して使うか、どうやって体に巡らせて強化するか、そう言う話になってくるだろうな。」
モートの質問、それに対するディンの答え、それは明確なものだった。
アリナ達は、実力としてはまだミルト達と善戦する程度だが、魔力の総量、そして質としては勝っている、これ以上となると、ソーラがグランの座にいる者達と修行をする他、鍛える方法はない、と。
「確かにー、アリナ達の魔力は結構上がってきてるわねー。でも、ミルトに勝てる程かって言われるとー、ちょっとまだ早いんじゃないかしらー?ジンも、アンナにはまだ勝ててないと思うわよー?」
「魔力の総量、って言う話だから、それに実力が追いついてないだけだろうな。ジンの体内で生成してる魔力量は、この世界においてはウィザードレベルまで来てる、対外的に魔力を放出する術をしらないままだから、魔力を感じ取る事が出来ないだけで、その魔力量で言ったら、もうこの世界ではトップクラスだ。これ以上を望むのであれば、グランウィザード達に指導をしてもらう事になる、って言うレベルだな。」
無意識に魔力を膂力に変えているジンは、対外的にはまだ魔力を発露していない、ただ、そのレベルとしては、とディンは話をする。
モートですら感じ取れないレベルの魔力、しかし、膨大なレベルに達している、そんな事があり得るのだろうか、とモートとソーラは感じていたが、ディンの言葉に嘘はない、とも考えていた。
という事は、ジンは魔力を持たないという革の下で、ソーラレベルの魔力を持っている、という事になるのだが、それは些か信じがたい、しかしディンが嘘をつくとも思えない、と。
「俺ってさ、なんで魔力を外に出せねぇんだ?そんだけ魔力があるってんならよ、外に出せてもおかしくはねぇだろ?」
「それはジンの体質の問題だな。ジンは、魔力の殆どを膂力に変換してる、それは、無意識下での、って言う話だ。それに、ジンの身体能力がついていけてない、つまりは、これ以上を行使すると体に異常をきたすから、無意識にそれを抑え込んでるだけ、とも言えるな。身体的能力、機能の問題に、魔力が制限を掛けてる状態、って言えば話が早いか?」
「じゃあ、ジンの魔力は本当にソーラと同じ位のレベルになってるの?」
「ソーラと比べると、まだもう少し足りないだろうな。ただ、この世界のウィザードの門を叩ける程度、には魔力を持ってる、って事だ。アリナもそうだぞ?魔力を膂力に変えてるから、その感覚が無いだろうけど、いまのアリナは、ウィッチと比べても遜色が無い程度には魔力の総量としてはある。質の問題としては、まだまだ発展途上だけどな、それでも、人間の中では最上級に位置するだけの力を持ってる、それが皆の現状だ。」
アリナは、そう言えばと思い出す、ディンに言われてずっとやっていた、今では無意識に発動している、魔力を膂力に変える術、それを解いた場合の事を考えていなかった、と。
身体能力としては、ミルトに通じるだけの能力を持っている状態、それを魔力に転換した場合、確かに、それはウィザードやウィッチの領域に入っているかもしれない、と少し納得した顔をする。
それと同じ事をジンがしている、のであれば、確かに、ジンもウィザードの入門を出来る程度には、魔力を持っている事になる、と。
「でもよ、結局魔力を放出出来ねぇんだから、ウィザードにはなれねぇよな。」
「そうだな、ジンはそう言った道は選ばないと思うよ。もし、魔力に目覚めたとしても、それは変わらないと思う。……。レンジャーとして、誇りを持つと良いな。守護者の仲間に選ばれる、それだけでも凄い事なのに、尚且つレンジャーでありながら、ウィザードと同等の魔力を持ってるんだから。それは、誇っていい事だと思う。」
話をしながら、ホテルの食事場に向かう。
今日の夕食は、鳥の肝を人工的に太らせて摘出したものを焼いた、セスティアで言うならばフォアグラの様な料理が出てくる、とはディンは聞いていた。
ここはセスティアと違い、魔法による文明の発達をしてきた、しかし、似ている料理があったり、似ている生物はいたり、そもそも殆どの世界に性質は違えど人間はいるのだから、名にも驚く事はなかった、ただ、アリナ達としては食べた事が無い高級食材になるだろう、その反応を楽しみにしていた。
「ソーラって、全力を出した事ってあるの?」
「んー?唐突な質問ねー?全力ねー、無いわよー?」
「そうなの?いつも戦ってないから、どうなのかなって思った位だったんだけど。」
夕食の鳥の肝を美味しい美味しいと食べながら、アリナがソーラに質問をしていた。
現状、ソーラは修行をしていない、というよりは、レオとは組み手をしていない、レオが魔導士としてトップクラスだったとしても、ソーラの修行相手としては成り立たないだろう、という目測から、戦う事をしなかった。
魔物相手に戦っている時も、ソーラは中級魔法までしか使っていない、と言っていた、ディンとの修行では、上級の中では初心者向け、と言われている魔法を使っていると言っていたが、全力全開のソーラを見た事が無い、と。
「ソーラの魔力は、グランの座に到達するレベルだからね。おいそれと全力を出してしまったら、周囲に危害が向いてしまうんだよ。確か、ソーラが僕の元を訪れた頃だったかな、一度、ウィッチとしての実力を見てほしい、って言われて、全力に近い魔力を発動した事があったけれど、その時には大変な事になりそうだったからね。」
「そうねー。私も、研究所にいた頃は、殆ど全力でやってたけどー。あそこは、魔力に対して堅固な作りになってるから出来る事であってー、街中で発動しちゃいけないんだ、ってモートに怒られたわねー。」
ソーラが十五歳の頃、ウィッチとして研鑽を積んでいた頃、そして、その場を離れて自立した頃。
モートに出会った頃のソーラは、精霊から見て、ウィッチとしてどれ位の実力があるのか、それを知りたいという理由で、モート立ち合いの元で、全力の魔力を発動しようとした事が、一度だけあった。
その結果、周囲に天変地異を起こしそうになってしまい、それを慌てて止めた所で、何とか収まった、という経験があった。
だから、ではないが、魔王相手にでもしない限りは、全力の魔力を発動する事はないのだろう、とソーラは自分自身を分析していた。
「ソーラが十五っつうと、俺が九つん頃か。なんかあった気がすんだけど、覚えてねぇな。」
「あれは天変地異と言ってもおかしくないレベルの魔力だったからね。でも、一瞬の事だったから、誰かに目撃される事もなく、魔力を拡散して被害を逸らして、っていう事があったね。確かにそうだ、僕が怒った記憶、その中で一番新しいのは、その事だったね。」
「モートでも怒る事があるの?なんだか、そう言う所想像出来ないな。」
「怒る事、憤る事はたまにあったよ。それこそ、アリサがデュオと子供を成した、君をアリサが身ごもった時、何故精霊はアリサ達を庇ったり、匿ったりせず、穢れとして人間に殺させたのか、それに関して憤った事があるのを今でも覚えているよ。……。あの時、僕には発言を許されるだけの力が無かった、アリサを守りたかった、そしてデュオを保護するべきだと思っていた、でも、精霊達は、人間と交わったアリサを、穢れとして追放した。デュオの認識阻害の魔法が無かったら、そして忘却の魔法が無かったら、今頃アリナも生きていなかっただろうね。精霊であっても、精霊であってこそ、穢れは許されない、人間と交わる事は許されていない。それも、人間に殺させる事によって、自分達の高潔さを捨て去ろうとしなかった、自分達は上位存在、つまり、人間は下位世界の存在だ、というのが、精霊の中では一般的な考え方だからね。」
モートは思い出す、十八年前、アリサが人間であるデュオと子を成して、精霊の湖畔から逃げ出した、というよりは、元々が森に住んでいたアリサが、人間と子を成した事、それが穢れとして認知されていた精霊達の中で、会議が行われた。
それは、デュオとアリナを殺すか生かすか、という話で、もしも生かすとしても、精霊の湖畔には受け入れない、それが大前提だ、と言っていたと。
そして、結論として、デュオは人間達の手によって殺された、精霊達が人間を焚きつけて、デュオを殺させた。
精霊が下位世界の存在である人間を手にかけた、などという事実が残っては困る、だからこそ、精霊は人間に手を下させたのだ。
予想外だったのは、そのデュオが忘却の呪いを死の間際に放った事、その魔力が、精霊である自分達にも一時的に効果をもたらした事、だった。
結果として、アリサとアリナは生き延びた、ただ、精霊の湖畔に戻る事は許されず、アリサが住んでいた森の小屋に生きる事だけを許す、人間との接触を一切禁じる、というのが、最終的にアリサに遺された選択肢だった。
アリサは、アリナを守る為に、その為だけに、それを是とした。
モートは、そんな高潔さを履き違えている精霊達が嫌になって、精霊の湖畔を飛び出したのだ。
「アリサは、アリナを守る為、その為だけに、人間からも精霊からも忘れ去られて、そしてアリナを育ててきたんだ。アリサに関する情報、それは精霊の中でも厳重に管理されている情報だからね。」
「お母さんが……。でも、そしたらなんでモートは私の事を知っていたの?」
「そうだね、それは疑問に思って当然だと思う。僕はね、アリサに乳母として関わってもらって、恩があった。だから、精霊の湖畔を出た直後に、一度だけアリサの元に行ったんだ。アリサは、生まれたばかりの君を抱いて、独りで暮らしていた。僕も手伝おうか、と言ったんだけれど、そうしたら、僕まで迫害の対象になってしまう、それは乳母として嫌だ、と言っていたんだよ。僕は、その言葉にいいえと言えなかった、全てを捨て去っても守りたいと願ったその子供を守る為に行動したアリサを、咎める事は出来なかった。それからかな、僕は人間の街を転々として、最終的にあの家にたどり着いたんだ。」
アリナは、とても悲し気な目をしていた。
ジンとソーラは、身内でそんな事があったのだから、悲しんで当然だろう、そして、アリサは最終的に、アリナの力として魂を変質させた、それを、どう思っているのだろう、と考えた。
「アリナの母ちゃんってよ、良い人なんだな。って言っても、殺した側の俺達人間に言われても嬉しかねぇか。」
「私も、その頃は研究所にいたけどー。そうねー、小さい頃に聞いた、デュオの消失の真実がそうだとは、ちょっと想像が出来なかったわー?」
「……。ううん。きっと、皆を喜んでると思うよ。お母さんは、私と一緒に戦ってくれてる、そんな皆を守りたいんだと思う。私一人じゃ、世界を守る事も、お母さんとの約束を守る事も出来なかったと思うんだ。だから、きっとお母さんは、皆を恨んだりしてないよ。」
アリナは、そう感じていた、そう信じていた。
自分が祖父と同じ守護者であるのならば、そして守護者であるアリナが自分の魂に従って連れ添った仲間なのであれば、きっと喜んでくれるだろう、きっと、守ってくれるだろうと。
信じていた、母の事を、そして何より、自分自身の意思を。




